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松山の会話を終えて、控えている役員に支持を仰ぐ前にノートパソコンにて情報屋と接触する。
電子工学媒体系情報の収集担当、いわゆるネットの
『――松川については同一人物とみられるインターネット媒体記録はちらほらあったよ……僕が見る限りでは彼は愛情欠損、家庭機能不全から見られる暴力行為が散見される……なんというか、君の周辺情報が微妙かな、好青年とは言い難い』
テレビ通話から見ても、相変わらず青年ふうの顔に似合わない姿をしていた。画質の低い画面から映し出されても、取り付けられた獣の耳はひとりでに動くことが分かる。
ゆったりとした服が貧相さを際立たせる痩せぎすった胴、華奢ではなく最早餓鬼の肢体。色の薄い色素がより際立って、ぶかぶかな赤い首輪。如何にもサマになった動物の、同い年ほどの見た目をした男だ。
とは言え情報屋自身曰く、病的な細さは今の上司からではなく前の職場の後遺らしい。部長は飼育よりも世話をしている、とも君の悪いレトリックを供述していた。
『送ったやつ見てきて、パスワード限定だけど2116で通るはず』
「不正アクセスじゃないのか?」
『これは彼らの集会場下四桁、彼らは善良かつ良心的な合法的提供者だ』
「プライバシーガバガバの馬鹿じゃなくて?」
『魔法使いって人間見下しすぎてない?やだなあ』
家畜を模したコスチュームプレイでもこの減らず口は部長の手下なだけはあるのだろう。動物の要素を排除したとしても、庇護下に置かれるであろうその容姿が怯懦することはない。家の中の猫、寡婦よりも、むしろ守られていることを当たり前と思う姫君。その片鱗光が瞳として眼窩に嵌め込まれている。
その目はカメラでは下部へ付されている。ゆらりと、長い睫毛がまた騙しにかかろうとしていた。
チャット内にすぐに添付されたリンクページを踏み、指定されたパスワードを打ち込んでいく。背景は無地のどぎつい黒いに、短い文と数点の写真。暗所か撮られた場所は特定し難いが、周囲の状況はどこも似ていた。『一律して品性を欠いた文章』『日常生活とは逸脱した衣装』、『夜間や深夜帯に行われる撮影』、『明らかに人工的洗髪料を使用した毛髪』、『しばしば地面に散見される血溜まり』――該当しうる環境、仮に松川の状態が人ならざる者としたら、この時点で本人と挿げ替えることは可能だろう。
写真の中に松川と思わしき人物が映る、この時点で人体を顧みない事故により……ということは有り得ない話ではない。
――恐らく当事者か、関係者のやつか
掲載期間から考えて、およそ2年ほど前にネットに配信されていたことになる。その時期であるなら、個人間での閉ざされたインターネットチャットサービスは既に知られていたはずだ。限定公開として留めているのであれ、何故配信を実行しただろうか――だが、それについては然るべき治安警衛組織に委ねるとしてだ――ともあれ、蓮に出会った松川が人間でない懸念なら、重要視するのは『いつからの潜伏』だ。情報屋はこちらの松川の人間像を否定していた、ならば過去と現在のかけ離れた姿は証拠として強い。
触手、挿げ替え、外見の擬態、笠井の体験と松川の経験から該当する異世界人は存在する。候補が、10から2つに絞られた。
『服装についてはイラストだね、半年前からクリエイターが趣味で描いてたものを使ってる』
チャットに新着メッセージが届き、情報屋との交信欄を開く。キャッシュ保存ですらない、普通のSNSから送信されたブログのホームページ。その記事に赤い露出した衣装の少年が描かれている。ブログ開設者らしき人物からの備考欄に、「魔法少年」と書かれていた。
――これは
インターネットには明日の予報ぐらいしか使わない自分でも何を意味するかは分かる。
ブログにせよ何にせよ、探すのが簡単すぎる。
情報屋に依頼したのは犯罪に触れない程度、部長が深く詮索されないだけのもののみだった。だが役員どころか一般人に察知される程に軽率に取っていた。
――しかも魔法少年だ
今日にいたり魔術と芸術との関連性は、人間の想像と思念の媒介物として見做される。機関か大罪に関わった絵師であるなら、偽名ごとリストアップされるが、この作者は見覚えがない。
――怠ったと言うのか?
サブカルチャーの多様性により、「魔法少年」という性嗜好は一部の界隈ではそう珍しくない。検索エンジンに掛けてしまえば出て来る程度の発達だ。
被害者の魔法少年ら、彼らの誰かが、この幻想に異を唱えて調べる可能性は大いにある。そもそもは多少の現実的情報を嘯いてまで、魔法少年とやらを設立した。現代人がそれを認識する以上、その年代に見合った確認をする。
情報屋に確認する前に、自ら検索エンジンに魔法少年と打ち込んで画像検索にかける。カラー指定に赤を選べば案の定、画像欄の上段からあの画像を見つけた。絵のタッチからして、性癖は理解出来ないが綺麗や繊細だと賞賛される絵柄だ。
――クリエイターは一般人だ
単純に考えて、彼らは適当に盗用した、と言うことだろう。つまりは魔法少年自体、人間を騙すものとして値しないどころか、機関に挑発する態勢でもある。
『手伝ったからには部長に報告なんだけど』
「例のチームの催眠補助、コスチュームの細部を設定した、ということで」
つまりは大した収穫はない、念には念を入れた事実確認としての処理だ。それが今の自分、調査として考える仕事の瀬谷鶴亀の妥当な判断だろう。別の件で、まだ情報屋にも渡していない研究成果が頭を怠く垂れ下げてくる。
これ以上深い考えをしたら、口を滑らせてしまいそうな動揺と波紋。それを掌握して宥めながら冷静になる必要がある。
『松川は?』
「これ以上は俺達の専門になる、松川の状況は、魔法学の観点から複数の事例が伺えるが、まずは松川との接触を図りたい。部長が接触するにはデリケートな領域だと愚考する」
情報屋は、一つ二つ頷いて了解とだけ呟いた。
今までは画面の別の方を覗き見ていたが、カメラに目線を合わせると顔がどこか新鮮な色を見せる。虚弱のトルソーには変わりないが、顔立ちは飼い主の好みか整ってはいる。雄々しさ、益荒男といった圧や蒸気を見せない、だが女性的とは言わせない中間。
うすい唇がちいさな空洞をつくって返事をすれば、瞳が、ああ緑だった、緑色の瞳がよく見える。鼻も高いことから西洋人の造りではあるが、本国のイントネーションが完璧でどうもこそばゆい。
その細やかなこそばゆさが、瞳の色を清楚にしていくか、さながら野うさぎを隠す草原を湛えて――
『――でも俺達ってさ、君一人で行くんでしょ?』
草の根狩り散らす猛禽の感情を添えた、男の声だった。
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