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 聞いたことを言ったのみかアクセントに難はあるが、構造は極めて簡単なものだった。火炎クォサウ大輪レイグ+グライヴ加速ディ、この三つの単語の連なりだ。魔法少年らが使うものがコンパクトのみなら、そのくらいの極端な手軽さも頷ける。


 火属性、赤と思考が連なり、笠井があの時コスチュームも伝えていたことを思い出す。だがいかんせん細かすぎていて忘れ、メモ帳とシャープペンシルを笠井に渡した。

 笠井から伝わる前から、魔法少年の行動形態は資料で分かっていた。火、水、土、闇、光の五種類の属性魔法を使い分ける五人集団、と、されている。


 属性魔法を使い分けるのは創作物によく見受けられるが、魔法学上そういった区分はどこにもない。確かに火が得意、水が得意な魔法使いはいるが、鍛冶屋か漁師の子供といった慣れが強い。コンパクトの機能として、最低限の動作で効率よく働くようにした結果だろう。

 実質少年らが使う魔法の他にも、彼らは内臓破壊匹敵の外傷を保護されたと証言している。一般人が認識出来ないレベルの結界をそれなりに張れるが、難度はさながら砂の城だった。

 オプションから見るに、最初から限定した魔法を使ったのは肉体労働のための温存。その温存してまで使う先がアレだった。柘榴と見てしまったあの光景を思い出す。魔物退治が魔法少年らへのまやかしであるなら、あの陵辱がメインだ。


 ――だからこそ


 松川が一般人か敵か、どちらにせよ松川が殺されて都合が良い理由はない。

 そっと笠井の方を見遣るが、描こうとする手つきが辿々しい。紙面を覗き込むが、一度試し描いた輪郭線が震えていた。

 笠井には他の隊員についてはまだ何も話していない。傍目分かる精神状態から突っ込むのも酷だ。最悪「魔法少年そのものが建前の存在」というただ一つの共通認識を否定したら捜査そのものも成り立たなくなる。

 そういった魔法使いもどきの人間は、過去に腐るほどに見ていた。彼らは決まって口から先に逃避したがるが、笠井の場合溜め込みやすい。それも厄介だった。

 笠井一点に集中させて目を凝らそうとするが、身体が異様にフラついて上手くピントが合わない。立ちくらみと似た、頭頂の血管がはち切れそうな虚無に襲われる。そして発汗、頬からでも分かる油っぽい水分。柘榴の捜査と連続的にやっているから、かれこれ識別は2時間程続けていたところか。


 諦めて、笠井からメモ帳を回収する。全体像を記憶しているのは高評価だが、所々線が歪に曲がって整った筆致もどこか不安定な列を成していた。今日はもう帰れと呟いて、懐に下げていたテープレコーダーを停止させる。そこから録音カードを抜き出し、笠井に手渡した。


「駅まで送れるが俺はやることはある……さっきのはここに録音したし、ド忘れしそうなら聞けばいい」


 手を掴んで笠井の状態を起こす。華奢と言う美よりも、不健康な、手折れた細い白だ。そして不穏を孕むようにして軽い。前髪から紫の瞳がようやく見えたが、焦点を自分に合わせようともしない。目尻から頬に涙線はない、その赤らみもないが咽頭のヒクつきが目立つ。


「……申し訳、ないで、す」

「いい、謝るな」


 まだ蹣跚まんさんとした、自分らの元へ行こうとする言葉付きだ。


「三輪さん、からは、俺が」


 ……が、理性的らしい。嫌と言うほどに、自分の養育者を父親だと甘んじない程に。


 あの後、一通り調べ尽くしたところで、笠井をやや強引に駅まで返した。改札機を抜けホームへと消えるところまでを見送った後、駅内部に建てられた柱に寄りかかり柘榴へ連絡した。ツーコール半で彼は飛びつき、いつも通り胡散臭い訛で出迎えられる。


『それな、松川について知ってたみたいやけどなんも言ってへん、蓮坊が調査するてーどなら重要でもあらへんし』


 何故と言いかけたが、柘榴の話し相手からして分かっていたことだろう。ただ即時出動は出来なかったのは、部長そのものの所有権は松山ではなく上であることだ。


 ――重要性


 柘榴の主観だろうが、松川の調査を許した時点でその見方は間違っていないだろう。だが、今はそれ以前の問題だった。


「部長に伝言してほしい」

『なんや?』

「笠井は極度のストレスを負い、嘔吐と軽度の意識障害を確認した。状況からして松川の死を受け入れていない部分がある為、精神状態の安静を図るため無意識に記憶の改竄及び捏造、及び機関への報告に虚偽が生じる恐れがある。以下の点から笠井を捜査から外せ……いるだけ迷惑だ」

『冷たいなあ』

「あと明日俺は用事がある、お前は部長と遊んでろ、以上」


 まるで苛々しているように言い捨てて通話を切り上げた。

 笠井の状態は盛ってしまったが、これであれば普通の感覚では彼は捜査を続行することはない。推測する事項には矛盾はない、あの現場で目撃者が笠井のみなら有り得る反応でもある。

 最低限の行動として録音機器は渡してしまったが、ただの事実確認としてであり情報交換ですらない。自分達との会話で発展することも真実に辿り着けはしない。松川が死んだの知識のみで捜査することになり、他の隊員については自分の領分だと追い払えば良い。


 実際明日の作業は柘榴がいれば心強いが、状況として彼は使えない。笠井のあの魔力の張り付きは例外だが、部長の側にいる柘榴も唾を付けられている。直ぐに反応を確認できる距離感なら、空気接触でも魔力は付着、そして遠隔観測は可能だ。だから部長が手を付けていない自分の知り合いを、明日のパートナーとして指定する。柘榴に明言していないのだから、当日松山に報告すること以外は慎重に選べば問題はない。


 笠井と帰って行った裏路地の仄暗い道を思い返す。整備される訳でもない、荒れた地が線となって暗闇の中を突っ走って消えている。我ながらやり方は汚いが、機関から任せられた仕事も、この先の任務よりかは遥かに奇麗だと自負する。

 理由は分からないが、部長は笠井を何かと構っている。だがあの化物の手腕は、性愛で鈍ることはない。そして精神的ショックを受ける部下を必要と感じるはずもない。そうして、笠井が機関の調査員として不適合とされるなら、日常に戻ることは可能だった。

 彼に対して絶対の悪辣を信じるが、理解出来ない本質のせいで酔狂さを考えてしまう。もしもそれでも笠井を現場に放り投げるとしたら、その恐れはゼロではない。とにかく部長の判断材料を極力少なくする。自分が魔法少年についての情報提供者であると手綱を握ることに集中したい。


 ――とりあえず


 まだ安心できる要素はないが、効率の点では笠井が除外されることは仕事として好ましい。事態の好転を願った。


 ◆


『松川の生存を確認しました。笠井の捜査取り下げの希望は先日聞きましたが、変わらず彼には松川の調査を継続させます』


 早々、事態が変わることはなかった。

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