2
ファミレスから出た後、駅ビルを掻い潜り、反対側の南口へと辿り着いた。北口方面はビジネスホテルや教育施設が立ち並び幾分整備されど、ここは昔の名残が強い。
中途に終わってしまった都市計画が残した、煩雑多とした店の連なりが見せる。駅内は時々現れる清掃員から清潔感への思慮は見られたが、外に出た途端に妙な異臭が立ち込める。
排気ガスか飲食店からの生ゴミがないまぜにされて蓮の鼻腔を刺激する。害虫の類が徘徊しないのが不可解だった。そこから迂回、松川の後を松川の後を追うかたちで路地裏に入る。幅は二人分入れるくらいには広いが、店の合間か湿った淀みが重ねて蓮を包んだ。
部長と瀬谷に連絡することはしなかった。前者については予測不能の過保護につき、後者は予測可能な心配性を晒しだす。そして何れも回避不可能な保護をしだす。
ある程度の危険は自己責任とは言われている。瀬谷らはそれを了承してはいるが、想定外の自体については例外とする。
「……魔物は、人間の思いとか感情で出来上がるらしい」
例えば、松川からの勧誘。そういう設定だったと重ねて理解している。蓮が推測した範囲だと、フィクションを盾に人間の性善を利用した架空団体。機関がそう判断しているとは言え、松川側にはまだマスコットが失踪したで事態は停止している。
人間の感情が魔法を左右しているのは事実だと、瀬谷から聞いている。その方面は疎いが、人間の感情で魔物を生産する「設定」ならば、それに準ずる魔法の事例はある。帰還したら、瀬谷に適当な与太話として流しておこう。
「いつから調査とかやってる?」
また、その話題を持ちかけるとは思いもしなかった。
何度言えば気が済むのか、後を追うのは止め、追い越して松川の顔を伺った。愛嬌ある黒い丸い瞳には、不釣り合いな神妙な顔をしていた。
「聞いてどうするの」
「無言とかマジでなしな」
「……最近、とだけ」
ふうんとだけ松川は返した。無言はなしと言ったそばから、当事者は何も返そうとはしない。
「魔法少年が良くて、俺みたいなのは駄目?」
「……駄目っつーか、それ楽しいか?」
「煽ってる?」
「そういう意味じゃ、なくてさ、純粋に……バイトとか金が欲しいとか、楽しそうで就くけどよ、今のところお前は仕方なくとかじゃん、頭良いし、普通のでも重宝されそうなのにさ」
溌剌とした声色が途切れ途切れになると、どこか滑稽に聞こえる。松川、高校二年生としての視点だとそういった意見にはなるだろう。学生という職業と身分であるなら、何もアルバイトを全力でなげうつ必要はない。
――けど
不意に、らしくなく苛立ちが湧き上がった。
「……そっちだって、金にもならないことに浪費してる」
渦中にいる存在が脳天気なことを呟いてて良い迷惑だが、蓮の本音だった。
「そりゃ、青春したいし……格好良いから?」
ただ思う以上に、松川太陽は酷く蓮には苦手な性格だった。誰にでも明るく接することは穏やかだが、緊張感のないものは時に毒として感じる。
松川の声を聞くたびに重々しく鬱陶しい物がもたれる。何故かはよく分からないが、不快感とにたエグみが込み上げる。
――ウザったい
だが、否定も避難も出来なかった。松川が客観としておかしいとする以上に、主観の立場にいる蓮も自覚していた。
ただ、それ以外に自分には何があるかと問うにも、自答はない。答えられた時点で、働く意味はない。自分が青春を謳歌する願望は抱いたことはあるが、明確なビジョンがそこにはなかった。
「あと、頭良くないから、それなりに馬鹿」
「模試何位だった?」
「……とにかく、馬鹿なんだよ、どうしようもないくらい」
「どのくらいだよ」
軽口には軽く答えようと、松川の唇を塞いだ。幸い、路地裏と歩道側には松川が盾になってくれる。一目くらいでは蓮は見えやしないと襟を強く引き寄せた。澄んだ、青少年の汗の香りが、腐臭に浸りきった鼻を癒やした。
生理的に、意中でもない他人の口付けは嫌悪をもたらすことは分かっている。だからそうしたと、言葉の代わりに唇を軽く噛んだ。お前が踏み込もうとする人間は、ただの化物と教える術は、一年いれば見につく。
ミステイクだのアクシデントだのの詭弁を殺そうと腰に手を回したが、体格で上手く掴めない。仕方なく、学ランの背を強く握った。
走行車のドップラー効果が経時を演出する。松川本人は背を固くしては、何も応えようとしない。拒絶するか否かの思考回路が止まっていと感ぜた。だが、喰える価値があると舌を入れるような輩よりは丁度いい。
惜しいが心地良いと、夢見心地に襟から手を離した。まだ止まったままの松川のカバンから、取り上げられたスマホを引き抜く。
「このくらい」
このくらい、お前は深入りしすぎだと警告した。同時に、軽蔑しようともしたが、それは部長の言う通り妬心の何物でもなかった。
きっとどこかで、正確には魔法少年に従事した者皆、どうしてか羨ましいと感じてしまっている。
――否、それは思い違いだと、それらを消すようにして頭を振る。固まった松川を一瞥した。
「――そうかよ」
予想に反して、その一言のみだった。
「……敵が来る、お前も来て」
続けて、時間がないと独りごちると蓮の横を通り過ぎた。機嫌を損ねたと蓮には見受けられるが、また掴まれた手は強く逃すことを許さない。痣の出来る痛みではないが、逃げるなと克明に教えていた。
多少不機嫌さはあれど勧誘は続けるらしく、ちょっとと呼ぶと、何と返される。良くも悪くも、その声だけは、歳らしい子供っぽさを感じさせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます