5
魔法少年らが通う学校に最も近いT駅は、勤務先から片道30分程離れた都下にあった。ローカル線と私鉄が複数行き交い、国内滞在外国人が市内多く占めるか、駅内は雑多にひしめき合う。
青で塗りたくったオブジェが来訪者を迎え、電子掲示板は無機質なビビットピンクで広告を走らせる。
駅前のビルに設置された大型ビジョンには、奇抜な服装をしたアイドルが踊っていた。
黒と白を基調とした非現実的ワンピース、ゴシックロリィタのみ分かったが、声は聞き取りにくい。
皆が皆、彼女を壁の中で動く絵と認識している。辛うじて聞き取れる曲調は打ち込みの電子音、詰め込み過ぎだとモニターから目を離した。
「立派やな……」
「そうか?」
山奥引きこもりの老獪柘榴には刺激的か、せわしない挙動で観察していた。
柘榴には尻尾はない。出せるには出せるが、一種の演出としての幻覚のみで、生活に邪魔か九本削ぎ落として食ったらしい。
だが耳は狐ふうとしてのアイデンティティを喪失するとぬかす。黒い帽子で隠すが不相応にはしゃぐ。見目だけは垢抜けてるせいか、遠く見れば不審者の言葉が妥当だった。
――あれが千歳
記号「妖狐」、狐に似るが厳密には狐と分類できない。出生そのものは近隣大国のCではあるが、系譜が文字として存在するのは強欲国にある。
親はさておき当時は今よりも化物に対する恐れと、付随する憎悪は強く、出生直後隠居を余儀なくされていた。
異世界では生活できないから現実世界に逃げた、という理由ありの人間及び入り込める化物は多い。それらを捕捉する為にも異世界から人外が入り、機関はそれらを食い物にしている。
――あんな馬鹿騒ぎするのは珍しい
異世界と現実世界では言語死生観諸々、大規模なスケールで文化的価値観が異なる。それを理解して筆舌伝達を研磨することで、やっと人間たちと溶け込める。ただ魔法を極めた異世界でも、対物会話能力が武器になるのは変わらない。
普通異世界人は、科学の産物を目にすれど、移住か偵察志望者ならある程度は履修済みだ。
人は捕食対象の憤怒と怠惰国ですら、ここの科学を異世界科学とした学問があると聞く。
背中越しから冷え切った高架の鉄柵がつたう。冷静さを引き出され、柘榴を連れ出すか迷った。
山奥に何百も篭っては都会の情報過多さに気が狂うだろうが、好奇な視線は避けたい。同一色の瞳から誤解されるのも避けたくそっぽ向いた。
眼前には真下のロータリーに繋がる国道が太く地平線をゆく。道路沿いには真新しいビルが立ち並ぶが、視線を左右にずらせば古ぼけた建物もよく見えた。
数十年前、高度成長時代に煽りを受け、T駅中心に都市開発に着手した。駅ビルの開拓、風俗街が立ち並ぶ南部の整備は遂行したが、時代の流れで開発は緩慢に、停止した。
幸い路線の多さと、直通の田舎町からの需要の強さから荒廃は免れたが、計画頓挫の名残は強い。
数キロ先歩けば、新鋭の形を見せない閑静で質素な景観になる。この辺りが予想されるすみかだ。
都内の魔法少年に関しては、T駅にアクセスしやすい教育機関に皆在籍していた。
隊員については数そのものが少なかったため、特定の学校に極端な数の偏りはない。彼らの統一性のない思考や性格は、その他で繋がっていると考えられる。
――笠井はまだか
本人とは直接接触する気はないが、彼は松川を再度調べ上げ、他を瀬谷に任せた。
松川は隊員以外から省られていると推測され、隊員他の行方はよく掴めていないとのことだ。つまりは松川が魔法少年らと別行動していれば、彼らは何かしら事に及ぶチャンスはある。
――現地集合が早いな
T駅の乗降者数は一日にして約16万人いると聞いている、この人ごみの中では探しようもない。
仕方なく、眼窩に指を這わせ、痛みが走るまで中に指を食い入らせる。
鈍痛、視界に虹色の淡い飛蚊症がざわめく。網膜の黒い影を痛みと例えるより足りず絶えず圧迫する。
深く、目尻が裂かんばかりに爪立てた。
――10分で終わらせる
途端、視覚が変質して揺らぐ。眼球には損傷を起こしていないが、異常は既に脳に到達した。
魔法を作り出す物質――調査員的にはマホニウムと呼びたいが便宜上魔力――を任意で一般人よりも鮮明に可視化させる。
魔力、汚染経路は飛沫母子血液等、普通のウイルスと何ら変わりない。裏を返せばこれを利用して、場所の特定に役立てることが出来る。
――頭が痛い
魔力は大気に浮かぶ。「nidus」と書くだけで出来上がる曖昧さだが、本人の素養、定義や意味が存在して成せるのが前提だった。
一般人が魔法魔力を認識しない場合にも魔力は反応する。ただ対象は夢と似た、妄想とも言えない思考の残骸しか主としない。言語や言葉には満たないイメージで処理される。
魔法は、言語や文字と魔力の化学反応と言われても大差がない。考えるだけのものにも魔力と反応はするが、それが曖昧模糊なら力はほぼない。ただ脳に鮮明な色とフォルムを描いてくれるだけだ。
それがただ知らぬ間に消費されるならまだしも、瀬谷はそれらから得たい一部を五感で感じとる。
眼前推定200超の人間の他愛ない躊躇ない妄想を、暴力的に叩き込む。馥郁は身を裂き、音から劇薬を嗅がされる苦痛から耐える。
横に座るセールスマンの眼球が細い針となって、瀬谷の腹部を貫いた。死の心配はないが、現実瀬谷を彼は嫌悪していたらしい。
目の前も国道は黒く歪みとぐろを巻き、タクシーの一台は膨張して赤子の手足で悠々闊歩する。エスカレーターに乗る群衆、群青と赤の単色固形に分離。一歩歩けば灰が振りかぶる。
うち赤青のペアは同化して、透明羽を晒せば羽ばたく都度に固形は髑髏に。書いて時の如き紫煙が辺りを霧にして女郎の顔を造り、彼女は桃色の泡を吹き砂に崩れた。
頬骨に魚鱗をしたためた幼女の頭蓋が、瀬谷の前で爆ぜる。現実幼女は死んでいない、驚かないように瀬谷はそれを無視した。
立て続けに、聴覚に異変が生じる。言語や記号をなさない雑音のみが瀬谷を取り巻く。
破れぬ鼓膜に指を這わせられ、しゃぶられる音と色の蠢動。幻影なる指が、鼓膜を突き破ったと瀬谷に騙る。
何も聞こえない訳ではない。嬌声と雑音と肉と肉をすり合わせて、焼く音だけは聞こえる。
迂闊だったと、察する。都下とは言えそれなりに人がいるなら、氾濫は免れなかった。脳への刺激は送ったことで目への痛覚は必要としない。
指には用はないが、痛覚が独立して神経を揺さぶりにかかる。
思わず、空を仰ぎ見た。
清涼な、白き悩みない青。霧中を晴らす高陵。この状況になってもここだけは変わらない。
吐き気と頭痛が酷い。どくりと、血が管の内壁を上擦る。
そこに、まだ正常な瀬谷の頬に冷えた指が当てられた。ヒトの狂気をつくらない、人体の骨格はしていれど、夏にしては冷たく心地いい。間延びした声が聞こえた気がする。
息を絶え絶えにしつつ、内ポケットにクシャつかせた千円札をその手に握らせた。
彼が離れた後、釣りの扱いをすぐに言い忘れたが、痛みの前にはどうでも良くなっていた。
「……矯正、内在型排除」
発声、詠唱と指令は何かと隙はあるが、ペンやスマホで代用できない今には最適だった。
瀬谷が直接脳に下した直後、徐々に正常な五感へと戻る。潮の満ちが引き下がって行く気分が、光る瑠璃色の鱗粉が虚空を舞うのと相乗して心地がいい。この痛快かつ後に来る清涼が、高揚を唆らせた。
空中に浮かぶ粉を拾う。金粉はないが、深くぬかるんだ深海色に光沢を放つ。漂う方向を辿る。素知らぬ顔をして通り過ぎるOL、その後ろにいる中年男性……以降、左側の通路を使う人間には、身体のどこかに付着していた。
彼らが辿った方向と風向きと風向、瀬谷が事前に推測したエリアを参考にすれば地点はかなり絞れる。
――大体分かってきた
情報を元にスマホにマッピングする。新しく改装された駅や商店街とは別の、地方との国道の通り道になった場。ひとまず、考えに狂いはないらしい。
その方向に柘榴がビニール袋を提げながら駆け寄る。テレビを滅多に見ない瀬谷でも、袋のロゴには見覚えがあった。駅ビルに備えられた、人気のアイスチェーン店。甘ったるいとしか記憶にない。
「アイスこうてみたかったんよ」
それは高いと聞いていたが、他人の金で買うのは良心が痛まないのは、柘榴も同じらしい。
聞いてもない理由を述べては、カップを二つ取り出し、どっちが良いかと有無を言わさず問う。
丁度柘榴の左目が日差しに反射して、ファセットな輝きを引き起こす。不意に左と応えれば、柘榴は右目の方とスプーンを差し出した。
「釣りは?」
「……ナンパされたんや」
あの時指を二三本折れば良かったと後悔した。
左も右もチョコアイスだったが、無意味な悪戯は柘榴が好んでいる。一口咥えれば現実にまた引き戻され、大人としてどうかとも冷静さが込み上げた。
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