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――推測については問題なし
半年前部長から、いくつか笠井について聞いている。
中学三年辺りで母親が急死して、現在部長が本国の一般人の後見人として同居。自分の父親を確かめるため機関に従事するアルバイター兼学生らしい。
もっとも、情報収集をアルバイトにするなど理解不能にもほどがあるが、役目は果たしている分問題はない。
問題は魔法に対する知識がこちら側に大きく欠けている。これをあらゆる観点から魔法の術式、所作を導き出す瀬谷の手腕への信頼と言えば聞こえが良い。
だが現実、魔法を探す人間に対して、過度な人的情報と過小な魔法要素しかなかった。わざと、意図的にやる人柄ではないが、やることはやったの性根が滲み出ている。
笠井蓮。見た目は弱々しいが妙に意地が張り、卑屈な精神を真っ当に真っ直ぐ突き進んでいる。関係はどうあれ部長の義子なだけはある。
仕方なく、現在書類で確認出来るものに努めた。笠井については本人と出会ったら、腹いせと挨拶代わりに髪をぐしゃぐしゃにしようとのみ留めた。
――組織名書いてあったな
「Sorcery Next Peace International Unit」、通称「S.N.P.I.U」。
これについては瀬谷には見に覚えのない組織かつ、架空団体と上司から断定されている。
何も人間と接触するのに、架空の団体や組織を作り上げるのは珍しくはない。創作物という誤解の大きな要素さえあれば、いくらでも欺瞞は作れる。
――だが
昨今の魔法少女界隈には、魔法の言葉が定番として流れる。
魔法少年少女のような対人限定無償慈善人外は存在しないが、言葉が魔法を創る点では同じである。
それがこの資料にはどこにもなければ、笠井はこれを聞き漏らしたか、あるいはなかったか。どちらにせよ、目立った活動をするには必要な動作が欠けていた。
――新エネルギー、か
だが机上の空論でしかない。魔法は謎は孕むが、謎の法則性には基づく点で未解決物理現象と相違ない。
何故この世界に重力があるか解明できていないが、とにかく重力はそこにあると同じだ。
一部を除けば、練習さえすればファイアと言えば火が出てくる。魔法を出すのは簡単だが、何故「ファイア」と火の英単語で火が出てくるかは分からない。が、人生そんなものであり、この件で何故かを問うものでもない。
この認識自体が、魔法学と魔法の最先端であり限界だ。異世界には魔法に関する魔法学がある。世俗的には対極の関係にあるが、魔法学と科学は同じ形態にある。
科学は自然現象に対して見出した一時的な適当考察であり、それを元に組み上げた擬似体系とされる。魔法学もそれに然りだ。
魔法の新たな発見とやらは、強欲国の研究者のようなエリートに任せる。そうして革命的発見が出るまでは、瀬谷ら調査員は今のところ妥当な魔法学に乗っ取り調査する。
兎角魔法学から見れば、架空団体が使用した単語にも、魔法が含まれている可能性はあった。
それを瀬谷ら、魔法に携わる人間に解読されまいとある程度は暗号化されている。ある時は鏡文字、ある時はアナグラム、ある時は16進数として隠される。
今日まで、呪術や秘宝の在り処なんぞやは暗号によって隠される。
――筆記か
詠唱はリアルタイムだが、筆記に関しては前もって準備することが出来る。精度と性能は肉声には劣ってしまうが、呪詛は持ち主の教養次第で言語の重ね合わせは可能である。
端的に、魔法を物にするのに手っ取り早いのは言語だ。だから、無効化されない為に言語そのものを暗号化するのも道理である。
空間遮断となれば、対象の空間に移動するパスワードを解読するが最良だろう。
――コンパクトに刻まれてる、って言ったな
現在笠井の資料と機関からの要請で分かるのは、
「何らかの目的で魔法少年を名目に一般人を利用していた」、
「それには強欲国が関わっている」、
「魔法少年達は空間の中で行われた」、
「何故かコンパクトに架空団体名を刻んでいた」等の数点であった。
資料曰く、一般人の前に敵が現れると必ず空間が遮断される。それが異世界人からの舞台なら、空間遮断は変身を促す小物及び、刻まれた組織名に直接関係する。
魔法少年の汚染に関しては、当該の組織が大きな要因なら、素質より小道具での起動が重要なのだろう。
まずはと、瀬谷は団体名に手を伸ばした。団体の正式名称については莫大な名前であり、それらで特定の魔法を結びつけるのは難しい。
次に略称をスマートフォン片手にアナグラムを模索する。該当するは「Pinus」、松の学名であり偶然にも名前が被る関係者はいた。
が、これだけでは影響が弱いのと、無意味な偶然と思われる。そして何より厄介な人間の名字の一部とも一致してしまう。早々に却下した。
ふと、瀬谷は頭文字を小文字に書き直し、そのまま逆さに返す。「snpiu」、逆にすると「nidus」に見えなくもない。
「nidus」
「にーだす?」
「ラテン語で巣だな」
早い解決ではあるが今のところこの暗号が状況として近い。
巣、という単語と空間遮断、創作的に結界、亜空間と関係するものなら結びつきやすい。
――狭い領域での不正
そして魔法少年役として一般人の起用。暗号が示す単語から見るに、本来の目的は少年らの生ぬるい理想は所詮理想だと思わせる。
「居場所は絞れる、拠点は人通りの少なくて、高校の半径1キロ以内、ポイントは廃屋一件……または数件」
独りごちるが柘榴はからかわず、代わりに笠井の資料をじっと覗いている。平常口を開いた字数の倍回殴りたくなるが、ここぞとばかりに落ち着くゆえ瀬谷は憎めなかった。
瀬谷が危惧する通りに起こるとなると、不干渉になるであれ現地に赴く必要がある。ピンポイントに当てるには見聞より、肉眼とその視神経に勝るものはない。
「待ち伏せか」
クスッと、本性らしく柘榴は笑った。
「助けるん?」
「まだ武力行使は無理、良くて侵入くらい」
そのまた更に良くて救出だろうが、そこまで機関が許可してくれるかは難しい。何やかんや、詳しく知らず、フラットにグレーを歩く体で行くことは強いられるだろう。
恐らくは、いや、確実に良くないものを押し付けられた。ただ笠井が誤って足を踏み込んで、そのまま消えてしまうよりかはマシであった。
――アレを除けば
空間遮断が行われているならば、切り離された空間に侵入することになる。
言わば侵犯、中立を重んじる機関には重々しい言葉である為、上司に直接掛け合わなければならない。
それもメールでも電話でもなく対話で。
今すぐなら社内ではなくここで。
瀬谷の隣室にいるであろう、彼に。
瀬谷が柘榴をチラリと見るが、柘榴は平然とした顔でトイレに駆け込む。狐の化物の彼に排泄欲やその必要はない。何を言おうが瀬谷がやらなければならないらしい。
一際、大きな溜息を瀬谷は吐いた。
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