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 冊子を開いて記憶を掘り起こしては、知識として展開させる。10年前そのものの情報は役には立たないが、8年ほどの経験で、補完と噛み砕いた解説は容易だった。


「……魔法への脅威に気付いた国、国の管理のもと研究を続けている。現実世界との関わりが強いからな、魔法の管理については過敏。高度かつ研究段階のものを勝手に使えば国家ぐるみで消される…………ある少数チームが失踪した、国内で探しても見つからないから協力しろのこと」


 魔法はあっちでは科学の代わりになる。親しみやすく、それでいて同時に予測不可能の暴発や、過失からの事故等の危険を孕む。


 研究者はそういったモノを扱うなら、あの国では重宝されている。

 ただそれは、優秀であり可能性を展開すればするほど、束縛する枷は強い。優秀な鍵屋は王に殺される、その一歩手前の扱いと言うべきだろうか。


 国交は瀬谷には付け焼き刃知識だが、強欲国の概略は多少覚えている。

 まず前提として、あの異世界はある時点までは人外相応の容貌と性能をしていたが、ある時点までは、である。現在に至るまで彼らは一部の種族を除き人間の姿に変えられている。未曾有ではあるが、生命体の機能画一化だ。その災害が始まり、本来種族により差別化の激しかった市井でさえも「人間的」に姿を変えられてしまっている。そこから紆余曲折を挟むが……今は大国の総称たる「大罪国」はその混乱を克服しているのは言うまでもない。そして、この天変地異を逆手に取り「奇跡」と取るか「呪い」と取るかにより、治世を盤石の物にしている。

 人や生物の体を成さない人種がかつて多く、突然変異を「呪い」としている憤怒国。それを筆頭に各々の個体の強固さと、忠誠心を誇示する傾向にある怠惰国嫉妬国の「人外至上主義派」。対して、変異を神が齎した「奇跡」とした「人類至上主義派」。傾向としては後者が現代社会に高い関心と積極的な交渉を繰り出しており、その中でも君主が唯一人型の人外が統治する一国が強欲国とされている。


 人型は極めて弱く、それが現実世界への干渉を強くするのは概ね間違ってない。

 何故なら例えば、君主が不定形の怠惰に比べて、圧倒的に個体として形ある生物は弱い。細胞や器官が明確に有りすぎる彼らは、魔法なしでは生存し得ない。

 魔法で強化するのであれば、外界からでも友好的に築いては極秘に魔法を研究する。こう行き着くのは何も理不尽ではない。それは「奇跡」とやらを経験した上なのだろう。彼らは周囲の他の他国と戦力に肩を並べるべく、特に魔法の研究について精力的に行っている。


「専門家なら予測とか分からんの?」

「……強欲国は魔法について最大の注意を払っている。研究職は狭き門、合格者平均年齢は200程、倍率はよくて年間50体中1体」


 それらを加味した上で、脱走するのは馬鹿以前の問題だった。

 彼らは国単体で必死に生存し続けようとしている。地から学力と素養で頂点に這い上がったエリートを、奴らが簡単に逃すと思えない。


 現実世界が科学でGPSを作れるなら、異世界も魔法で似たような物を作る意義はある。なら、その似たような物で監視しているのはあり得るとして、逃すのはおかしい。


「脱走は深刻な状態だ。本当にそうなら下っ端に頼まない……あえて言うなら、『脱走したから調査しろ』って任務を、専門の中でも面子が潰れても変えの効く俺が失敗することが研究の狙い、とかな」

「考えはるな」

「考えてるよ」


――まあ、決められた仕事をやるだけ


 その考えで行くと、前者の思惑なら新エネルギーの開発、後者なら隠蔽魔術の開発が妥当か。

 だが、動機が純粋な研究のみで現実世界に利用するのも言い難い。異世界で済む魔法なら、異世界で済ませる。


 友好的であれ、現実世界と異世界強欲国はあくまでも表上では無関係だ。そもそも現実世界の人間らは異世界を認識していない。現実世界と異世界は繋がってしまったが、あくまでも一部の問題だと処理しきっている。


 自称私的団体『機関』が、この世界の魔法使い代表としているだけ。現実世界と異世界との関係を監視しては、手繋ぎの手伝いと称して介入する。


 異世界は国の長が、機関では本部長らが勝手にやったのだ。勝手に約定を掲げ、考慮せざるを得ない懸念を無視して、過度な侵犯を禁じた平和を維持し続けている。


――ダーティーには変わりない


 瀬谷から見てもこの関係は破綻している。というか矛盾している。異世界側から見れば弱小人類がうろうろいる現実世界を利用する手立てはいくらでもある。彼らはそれらを手放して、あくまで友好的に手を結んでいる。

 だが何はともあれ、だ。現実世界が魔法には無縁なのが常識としているのが当たり前の認識なら、探らないが無難だ。恐らくこの関係は狂人らの凶事、彼らの歯車にされると強く認識するのは、瀬谷には耐えがたい。


 機関が公にしない方針で居続ける限りは、そもそも認知しない現実世界に対して深い影響は与えない。魔法も、いまだ一般人の間では幻想。

 だが魔法が当たり前だった異世界側ではそうは行かず、強欲国がいい例だった。そして現実世界でも魔法が使えるとなれば、国交の相手として選ばれるのは考えやすい。


――だからだ


 それが前提なら、この依頼は元々は重要度の高いものに設定されるはずだ。異世界の国家中枢機関に関わるほど、立ち位置が強いわけではない。都内調査を担当する瀬谷の手に行き渡ること自体がおかしい。もっと上層部の、瀬谷の所属先の末端ではなく、首都へ。または部長だけが管理して、その残りカスを枝の枝の末端にこき使わせて調査させたほうが妥当だ。


 だが、と、気晴らしに眼鏡を拭いた。笠井からの資料と、今回の件はおよそ同時に送り込まれた。釣り針にしては大きい気はするが、些少な件に対して法外な報酬を得るのもまた機関である。

 酷く都合の塊にいると自嘲しながら、笠井の資料を見返した。不眠可能、人間の血肉に潜む僅かな化物の要素を利用して叩き込まれたのは、対人情報収集及び分析。


 ケースバイケースだが、笠井は異世界人か、干渉した人間の交渉を得意としている。目的は事件への詳細や裏付けであり、重要度としては低いが対人として接触する分侮れないものもある。

 性質上、最小限の世情は知っている前提ではあるが、魔法は最低限の知識のみだ。


――やっぱ詳しくないよな


 それがこの資料をよく物語っている。分かってはいたが、笠井は魔法について鮮明でない。

 背景こそは忠実に書かれているが、対人関係のツールや物として見なされている。魔法そのもの解析は瀬谷の領分だ。


 彼は対象者にぼかしたらしいが、瀬谷の手に二件届いたことで組織と強欲国は関係している。

 情勢は知っているはずだが、内容からして徹頭徹尾、一般人に対しての収集に努めていたのだろう。今の彼の立場らしい、末端の処理だ。

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