【瀬谷鶴亀/Sunday Morning】1
素頓狂な奴らと暮らすくらいなら、鶴亀のように長く生きたくないと思った。
奇抜な名前ごと捨てたいとも想ったが、人間らしく死ぬ気にもなれない。資料上の汚染という単語に、心なしか
視界の隅に映る風になびく赤い髪は、天然に柔らかくもなく毒々しく誇示する。26年間魔法魔術呪術に入れ込んだ結果だった。永劫絢爛の証と持て囃されたが、過去の栄光に縋る以外に特徴がない。
不本意に威圧を与える道具としては最適だろうが、いずれにせよ実用には程遠い。
ベランダから地上を見下ろす。時刻は早朝、既に一般人が黒の頭を剥き出しにして、平日向かうべきところに向かう。
どれもこれも年齢層は一定ではないが、禿上げった者を除いて、皆頭に黒を携えている。いっそのこと坊主にしてみようかと、自ら異端の髪を触りたくった。
――いや、坊主は
思い当たる人物が一人。彼は職場のストレスによりそのままスキンヘッドに魔法陣を書いて同僚を数名嬲った記憶がある。とにかく、無駄な知識を与えた人間は大抵ロクなことにならない。瀬谷も彼らも、小動物の殺し方より、処世術を磨いた方が現実どんなに最良なことか。
瀬谷と同じ程の裁量持つ者は常にいたが、現実世界で魔法に人生を捧ぐ者はやはり、どうかしていた。
他人と比較するがあまり、内輪だけで見苦しい意地と高慢の塊が、肉体と手を繋いで成長する。成長した口から漏れるは、底の見えた甘言と理不尽な憎悪のみで上っ面もない。
魔法と呼ばれるものは使える。それよりも金がよっぽど世の中には大事だ。そんな常識が罷り通るのが、己の界隈である。
名家の魔術師と関係者に扱われようが、何ら役に立ちそうにないとは嫌でも分かっていた。事実、煙草はライターで着けるが落ち着き、ペンは自分で持つ方が安定する。
風が涼しい。魔術師と呼ばれようが一般人と同じように感じる。最早それだけで良かった。
再び、手にした資料を読み返しては、個人で請け負った依頼と照らし合わせる。
無意識に箱を取り出そうとしたが、ポケットにはライターしかなかった。軽く舌打ちして、室内に上がり込む。
目当ての箱はすぐに見つかった――が、再び舌打ちをしかけた。箱は机上ではなく指上もしくは爪上、高速スピンを繰り広げてはぎゅるぎゅる音を立てる。
「おかーり」
掴みかかる前に、舞回る箱は静止する。そして何事もなかったのように懐にしまった。
柘榴、名の如くその色の血をしているとは思い難い化物はふてぶてしく、図々しい。
瀬谷と同じ程の背丈だが、色白で体格も描く輪郭は細い。本人の気性と相まって、シャツはサイズが合うはずだがどこか野暮ったく緩い。
ダウナーかアンニュイな印象を与えようとするが、本人の性格が無駄に出張しては否定する。
黒い髪には艶が生き、瞳は繚乱する菊の色を湛え、突き出た狐型の耳が絶えず動いた。妖狐と分類される彼には、代わりに人間の耳はない――いや、菊の色は落ち着き過ぎた形容だろうか。
ならば同じ黄の瞳を持つ瀬谷の方が菊に相応しい。せいぜい、性格と人格を考慮して、毒蟲色、そう例えるべきか。
「脳内完結しすぎや、人様に見せるモンちゃう」
瀬谷の目の前で柘榴は小冊子をぷらぷらさせる。また勝手に、幼時の異世界解説を読んでいたらしい。
ある程度は知り尽くしたことで用は済んだが、その分年季が入れ込んでいた。狭苦しい界隈には、教える相手以前に味方がいない。なら備忘録として自分用のみに作るしかないが、柘榴には関係がなく、分かった上で遊ぶ。
「無駄に千歳生きたか」
「ごーよくこくとか言われても分からん、老いぼれに分かりやすく説明出来へんか?」
「……エセ関西弁は嫌われるぞ」
「鶴坊俺のこと嫌いん?」
沈み黙り、柘榴と向かいの席に腰掛けた。
狭く敵が多い職業上、事実上味方が近くにいるマンションの一室に住まわされている。そこは柘榴を一人の男性として、二人暮ししていると仮定したら丁度いい広さではあった。
煩雑したごちゃついた外国狐化物を除いては、部屋は瀬谷の性格を表している。無駄な雑念がないように、資料が氾濫する笠井宅とは逆に、現在必要なものしか置かれていない。
ミニマリストだの柘榴が宣っていた。そのつもりは瀬谷にはなかったが、柘榴が唯一の散らかり物の権化なら、一理あると思える。
「強欲国、正式めーしょー、イェルハトピルズカイやっけ、それだけ覚えたんよ」
知らないと言いつつ、実際は殆ど読み込んだ上でうそぶく悪癖は健在している。
そもそも、伝承上では妖狐発祥の地とされるC国出身、その地の言語が母国語のはずだ。それなのに日本語を会得して関西弁ごっこで遊ぶ余裕を見せつけられる。
おまけに瀬谷が柘榴の母国語を口にすれば、rの発音を繰り返し言わされる。頭の回転が早い従者は瀬谷としては助かるが、それ以上に気に障っていた。
だが、理解力は申し分ない。細かい説明を省き、今回の依頼を説明するだけで充分か。
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