第5話 野生

マイナは僕を見ると、もうスピードで襲ってきた。

軽く下ろされた拳が僕に向かってくる。咄嗟とっさけると、マイナが叩いた地面はへこんでいた。

「軽くやってあれかよ」

悲鳴をあげながら逃げる女子や、我こそはとマイナを倒そうとする男子達で、フィールドは混乱している。

腕を上げてこっちを見るマイナの目は、まだ正気には戻っていない。

野生化ワイルダーか」

腕を組み、ジェノス教官が呟いた。

野生化ワイルダー。本で読んだ事がある。ストレスが溜まった状態で攻撃を受け傷付くと、我を失ってその動物の本能のままに暴れる。それが野生化ワイルダーだ。確か戻すには、気絶させて傷が癒えるまで休ませる事だったはず。

つまりは結局、マイナと戦うことは免れないということです。

マイナがもう一度僕に襲いかかると、右からきたがマイナに衝突した。

右から左へ受け流す歌を頭に一瞬流し、僕はすぐに現状を理解する。

「あんた、試験の途中で相手変えるんじゃないよ」

ウラージだ。

長い髪を後ろに払い、ウラージはマイナに再び攻撃。マイナもぶつかったあと転がったが、すぐに起き上がってウラージに攻撃をした。

これが大型同士のぶつかり合い。熊と鹿のガチ。兎の僕は吹き飛ばされそうな程の衝撃波が風として伝わってくる。

「すげぇ……」

その凄まじさに、つい言葉が漏れた。

マイナとウラージの殴り、蹴りの猛攻が、互いを譲らずに続いている。

周りを見ると、大型だけでなく小型や鳥類も皆集まって来ている。フィールドのすぐ横で見ていた僕も、一旦他の動物がいる位置まで下がった。どの動物も目を見張っている。

きっと今日は、もう座学の授業はないだろうな。


十分程経ったが、決着のつかないままだ。どちらかと言うと、ウラージが消耗しているように見える。

そんな中、今僕は人生最悪に出くわそうとしている。

盲腸が痛い。

この状況で胃の何倍もある盲腸に激痛が走っている。死にそうだ。

「せ、先生……。医務室へ、……い、言っても、よろ……しいでしょう、かッ……」

「お、おお。行ってこい。……」

先生や数名の僕を見つめる動物の視線が冷たい。盲腸も視線も凄く痛い。

僕はこれ程、兎に産まれたことを憎んだ経験はなかっただろう。

僕が医務室に向かおうと振り向いた瞬間。すぐ後ろから鼓膜が破れそうな程の大きな音がした。

痛みをこらえ、さらに振り向く。

僕のかかとのすぐ先に、ウラージが落ちていた。可能は白目をむき、自慢の髪の毛もボサボサになっている。

さらに攻撃しようとマイナが飛び跳ね、ウラージに襲いかかる。狂気の目が光り、視線はまっすぐウラージを見ている。

「もうやめろ! マイナ!」

僕は思わず叫んだ。

そしてまた衝撃波。

激風で閉じた目を開くと、目の前にあったのは巨大な壁。人間達が作りあげた伝説上の生物、『龍』が描かれた壁。さらに上を見上げると、太陽に照らされる球体。

よく見るとそれは、龍の刺青いれずみを入れた、上裸じょうらの、スキンヘッドの……、

「人間?」

敵だった。


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