第3話 友人は一人だけのお話
大家さんとの会話を終えると、子猫もゆっくりと起きて来た。たとえ寝起きであろうとも、その毛並みの美しさは変わらないのが不思議だ。人間のように寝ぐせとかつかないのだろうか。なんてことを思っていると携帯が再び動き出した。一日で二回も携帯を使うなど、今まででは有り得ない事態である。無職となった俺に一体何の用だろうか。ディスプレイには〝
「もしもし?」
「おぉ、凛空か。久し振り、元気だった?」
「会社クビになって絶賛うつ状態ですがなにか?」
「え、ごめん。ちょっと何言ってるか分からない」
「だから、会社クビになったんだって。無職なんだよ今」
「マジで?」
やっぱり驚くよなぁ。いや仕方のない事なのだろうけど。
「マジです。世間で言う所のニートってやつ?」
「じゃ、お前今何やってんだよ?」
「子猫と戯れてるよ」
「なんだ、子猫なんて飼ってたのか。独り身は流石につらかったんだろ?」
「別にそういう訳じゃないさ。それに飼ってたじゃなくて、正確に言えば飼い始めるって感じかな」
「ということは、お前その猫拾ったんだろ?」
大家さんにしろ志野にしろ、どうして俺の周りの人間は俺の行動が分かるのだろう?これは流石におかしい。何故分かったのかと聞けば、返ってきた答えは〝お前の事だから〟だそうだ。俺はそんなによく猫を拾いそうな奴なんですかね志野?返答には納得いかなかったが取り敢えず経緯を大まかに説明した。
「成程ねぇ。いいんじゃないの?」
「一体全体何が良いんですか志野さん?」
「まぁ今後お前の助けになるはずだぜ、その子猫」
「何を根拠に行っているんだお前は……」
「そりゃ、俺の勘だな。でもいつか必ずその日は来る。そしてお前は感謝すんのさ、その子猫にな」
勘の上に何やら気になることを言うじゃないか。だがまぁ、実際こいつの勘は昔からよく当たるし、この変な言い回しも昔からだ。やっぱりこいつは今も昔も、俺のたった一人の悪友の〝九條志野〟だ。
「てかあれ?そういえば動物病院には行ったのかよ凛空?」
「動物病院?行ってないよ」
そもそも動物病院なんざ場所も知らないし、聞いたこともない。何故なら今まで俺とは無縁の施設だったからだ。動物を愛でる感情が……いやその余裕がなかったからな。それが今となっては時間が手からこぼれ落ちるくらいに余っている。
「う~ん。捨て猫ってこともあるし、念のため検査してもらった方がいいかもな」
「近くに在ればいいんだけど」
「近くに在ろうが無かろうが探せ。捨て猫とは言え、お前が飼うって決めたんだったら責任もって面倒見るんだぞ」
……それも確かにそうだ。捨て猫とはいえ、飼うと決めたのはこの俺なんだ。志野の言ったように責任を持たないとな。動物を、命を預かるということに対して。
「ありがとう、志野」
「別に構わねぇよ。てかその子猫名前は決め……てないよな。うん、そうだと思う」
「その通りです」
「だよなぁ。折角だし動物病院行きながらでも考えてやれよ」
「そうだな。良い名前を考えるよ」
「おう。じゃぁな。また今度一緒に飲もうぜ」
ありがとう、ともう一度言って悪友との通話を終えた。
それにしても名前かぁ。一生背負っていくもんだし簡単には決められないよな。ううむ、どうしようか。悩みに悩んでいる俺の気を全く知らないかのように、悩みの種は胡坐の上でのんびりとしていた。その身体は思っている以上に温かく、むしろ熱いくらいだ。それにしても綺麗な毛並みだ。雪の妖精のように白く輝く姿は、例え胡坐の上であろうと本当に美しい。というかこいつまた寝るのではないだろうか。寝るなよ、今から病院に行くんだからな。そういうと〝ふみゅ~〟という情けない声だけが返ってきた。こいつ本当に寝そうだな。このまま二度寝されても困るので、ゆっくりと持ち上げ床に下して俺は立ち上がった。こうすれば大丈夫だろう。〝何をする!〟と眼が訴えてきているがこの際無視。洗面台に向かい鏡で自分の姿を確認した。しわだらけのスーツを着ているのは仕方がないとして、髪の毛が酷すぎる有様だ。それに髭も気になる。よし、一回風呂に入るか。着替えを探しにリビングに行くと、あいつはまた眠そうに眼を擦っていた。
「五分だけ。五分で上がるから待っててくれよ」
そう言うと、〝にゃぁ〟という返事が欠伸とともに返ってきた。これは本当に五分で上がらないと、また眠ってしまうな。身体と髪を手早く洗い、髭をザックリ剃って、顔だけは丁寧に洗った。二十五年の人生で一番短い入浴時間だったと思う。急いで着替えてリビングに戻ると、あと数十秒で夢の世界に旅立ってしまいそうな感じで、あいつは寝転がっていた。これは間に合ったのだろうか?ゆっくりと持ち上げて左右に揺さぶる。
「おい、起きろ。起きてくれ出かけるぞ」
五回ぐらい揺さぶれば何とか起きてくれたが、少しだけ不機嫌そうだ。そういえば猫ってどうやって外に連れ出すんだろう?犬のようにリードをつけるのだろうか?そのあたりも動物病院で聞いてみるとしよう。取り敢えず今は、スーパーでもらったエコバッグにでも入れていくとしよう。
さてここからは足とスマホを頼りに新しい仕事といきますか。コートを着込み、子猫を入れたバッグを抱え、俺は玄関の扉を開ける。北風が赤い葉を連れて行く。澄み切った空気が背中を押し、太陽が活力をくれる。誰かのために足を進めるのは、これが初めてではないだろうか。そんなことを思いながら、俺は足を進めていく。
全くクビになってからの一日目はかなり大変そうだ。
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