第11話 どうしてそうなった

「気を付け、礼」

 委員長の号令が終わると、途端に教室が騒がしくなる。朝はボロが出ないかと心配だったが、無事放課後までくることができた。

 考え事ばかりで全く授業の内容は覚えていないが、明日から本気出すから大丈夫。他の生徒より半年遅れているけどきっと大丈夫……


 勉学という現実的な問題を思い出し、少し鬱になっていると、

「じゃっ真人またね!」

 ぽんと俺の肩を叩き、葵は振り向くことなく廊下を駆けて行く。

 葵は相変わらず前を向いて、楽しそうに、我が道を進んでいる。そういうとことは俺も見習わないとな。

 後を追うように荷物をまとめて教室を出ると、今度は女子生徒に手を引っ張られている楓がいた。

「あっ真人さん!すみません、これから生徒会の見学に行くことになってしまったので、先に帰っていてください」

 楓は慌てた様子で用件を伝えると、俺の返事を聞くことなく連れていかれてしまった。

「みんな楽しそうで何より」

 授業から解放され、ようやく自由が許される放課後。部活にいそしんだり、友達とだべったり、真っ直ぐ家に帰ったりと過ごし方はさまざまだ。

 前と違い家は歩いて帰れる距離なので、まっすぐ帰ってもいいのだが、

「やることもないしな」

 今日は学校を見回ることにした。 

 生き返ってまだ二日目。この学校が本当に俺が過ごしていた学校なのかを判断するには、もう少し情報があってもいいだろう。もしかしたら、前の学校と似ているだけで何か大きな違いがあるのかもしれない。


 変わっているところを見逃さないように、ゆっくりと歩き始める。

 この学校は北棟、中央棟、南棟があり、渡り廊下がそれぞれの棟の真ん中をぶち抜いている。真上から見れば丁度「王」の字の形をしている。

 どの棟も三階建てで、屋上にソーラーパネルがのっているのが特徴だ。

 学年教室、図書館、職員室、視聴覚室、体育館など、隅々まで見てきたが特に気になるようなことはない。変わったことと言えば、知らない教師や新入生がいることだが、新年度を迎えれば当たり前だ。


 最後に足を運ぶのは、北棟三階、西の端っこにあるこぢんまりとした休憩所だ。休憩所といってもあるのは木製のベンチと机だけで、他にはなにもない。

 なぜ最後にこんな殺風景な場所にきたかというと、ここが俺の一ページしかない青春を彩った場所だからだ。


 入学当初はバス通学で、待ち時間を過ごすために人気のない場所を探しているうちに、偶然この場所を見つけた。ここの良いところはとにかく人目につかないところだ。学校の廊下は真っ直ぐで、教室に入らない限り端から端まで見えてしまうのだが、凹凸になっている所にこの休憩所は位置しているので、近くまでこないとそもそも存在自体に気づかない。さらに、北棟三階は空き教室が多く、文科系の部活が静かに活動しているぐらいなので、本当に誰もここに来なかった。

 最初こそ俺しかいなかったが、何の因果か、まず葵が踏み込み、次に琴珠に見つかり、最後に高橋千と出会った。

 三人ともそれぞれ部活に入っていたので、四人が揃うことはあまりなかったが、たまに全員が揃うと人目を心配することなく馬鹿みたいに笑っていた。今思えばこの場所でなら自分のありのままの姿でいられたのだろう。

 

 そんな思い出の場所に着くとすぐに小さな変化に気づいた。

 年季の入った机の上に、一輪挿しの花瓶が置いてあったのだ。

「なんだこれ」

 三十分歩き回ってようやく見つけた違和感をベンチに腰を掛けてから、じっくり観察する。花瓶には赤と白のチューリップが窮屈そうにさされている。花が少し下に向いているが、花びらの色はとても鮮やかだ。質感と花の匂いから造花ではなさそうなので、おそらく定期的に誰かが花を交換しているのだろう。

「あの中に花を愛でるような奴がいたか?」

 やるとしたらこの場所を知ってる三人の誰かだろうが、花のことが会話に出てきたことすら一度もない。まあここは公共の場だし、誰がやってもおかしくはないのだが。


 歩き疲れた足を休めながら、心当たりをあさっていると、

「ふー、疲れた~」

 深いため息とともに見覚えのある女子が真向いに座ってきた。教室で見た時より随分脱力していてすぐにはわからなかったが、クラスメイトの片瀬奏海だ。

 奏海は俺の事に気づいていないのか、机に突っ伏しながらスマホをいじり始める。

 うん、まあここは公共の場所だし?座るなとは言えないんだけど……


 話したこともない相手と相席する気まずさに耐えきれず、恐る恐る声をかける。

「あ、あのー」

「あれ?いつのまに転校生君が?」

 奏海は本当に俺に気づいていなかったようで、目をぱちくりさせている。

「いや、最初からいたけど……」

「そうなの?ごめんねー。全く気付かなかったよ」

 自分で声をかけておいてなんだが、一軍の女子と話すのはすごく緊張する。なんというか下手なことをしたら、すぐにいじめられそうな気がするんだよな。なんで話しかけたんだ俺。


 しかし、そんなことを気にするのは陰キャの俺だけで、奏海に気にしている様子はない。

「転校生君はこんな所でなにしてるの?」

「あーえっと、学校探索してたらここにたどり着いた感じ」

「はははっ!学校探索って小学生みたいだね!そっかそっか、転校してきたばかりなんだから案内するべきだったね」

 そう言うと奏海は昼休みと同じようにニコッと笑顔を見せる。

 なんだこいつ。気安く案内してやろうかなんて言いやがって。冗談でも惚れるからやめろ。


 美人の笑顔に狼狽えていると、突然LINEの着信音が鳴りはじめる。俺は春香さん以外の連絡先しか知らないので、鳴っているのは奏海のスマホだろう。念のため俺もポケットからスマホを取り出すが通知は一切来ていない。

「あっごめん電話」

 奏海はそう断ってから席を離れると、楽しげに電話の発信者と話し始める。

 やっぱりスマホは楓に渡しておくべきだろうか。このスマホは楓と共有なのだが、楓はあまり機械が得意ではなく、使いたいわけでもないようで、基本的には俺が持つことになっている。今どきの女子高生がスマホを持たないでも平気なんて、もしかしたら楓は箱入りのお嬢様なのかもしれない。とはいえ、楓は俺と違って友達がいるからスマホがないと色々不便だろう。俺が一日持っていてもLINEの友だち欄には春香さんと葵の名前しかないし。

 いや、待て。なんで葵が登録されているんだ。電話番号もラインも教えた覚えないんだけど。あいつ勝手に人のスマホ開いて登録しやがったな。

 

 葵のプライバシー完全無視な行動に腹を立てていると、電話を終えた奏海が俺のスマホをのぞき込んでくる。

「友だち欄なんか見てどうしたの?もしかして私のLINEがほしいのか~?」

 ぐっと顔を寄せ、口元を二ヤつかせながら小悪魔っぽく絡んでくる。俗に言うウザ絡みというやつだが、奏海の顔がすぐ目の前にあってそれどころではない。

 気恥ずかしさに耐えられず、ぐっと体を後ろにひいて奏海と距離を取る。

 そんな反応がおもしろかったのか、奏海は机に乗り出し、ますます近づいてくる。だからそういう距離のつめかた惚れちゃうからやめて。いや、ごめん。もうたぶん惚れてる。


 奏海のペースにのまれないように急いで話題を変える。

「さっきの電話、彼氏からか?」

「あっ話そらしたねー。残念ながら私の彼氏じゃないよ、太一は同じ七組の琴珠ちゃんと付き合ってるから」

 ん?こいつ今なんて言いやがった?

「そっか転校生だから、そういう話も知らないのも当たり前か。二人は学年中が知るラブラブカップル……」

 続きを言う前に奏海の肩をがっしり掴んで遮る。さっきの気恥ずかしさも忘れ、今度は俺が奏海と距離を詰める。

「えっ⁉ えっ⁉」

 まさかのカウンターに今度は奏海が動揺しながら目を泳がせるが、そんなことに構う余裕なんてない。

「琴珠が付き合ってるってのは冗談だよな?もし本当だったら俺笑えないよ?一生」

 質問より懇願と言った方が正しい問いかけに、奏海は申し訳なさそうに答える。

「えーと、うん、そのー何か奢ろうか?」

 優しさから生まれる遠回しな肯定に、俺はその場に崩れ落ちた。

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紅い彼女の瞳が異常 ようかん @yokan22365

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