第10話 クラス一番の美女

 昼休みを告げる鐘がなると、俺は楓が作ってくれた弁当を手に持ち七組へ向かう。

 目的はもちろん楓に、容姿がなぜ変わっていないかを聞くためだ。

 今の楓は身長も、髪の長さも、顔の形も、あの真っ赤な目さえも吊り橋で会った時と同じなのだ。

 楓は実は生きていたのではと最初に思ったが、春香さんの話や、あの高さから落ちた事を考えると、傷一つなく生きているのはどう考えても不自然だ。

 どんなに考えても答えは見つからないので、楓に直接聞くしかない。 


 七組の教室の前で楓を探す。昼休みということもあって、授業の片づけをする者、購買に行く者、友達と机を合わせる者など騒がしく動きがある。

 なかなか楓を見つけられないでいると声をかけられた。

「あの、そこに居られると教室から出れないんだけど」

 楓を探すので必死になっていたため、目の前にいる琴珠に気づかなかった。

「あー、ごめんなさい」

 自分が出入りの障害となっていることを確認すると、すぐに体をどかす。

「今朝、楓と一緒にいた人……楓になにか用?」

「ああ、ちょっとな」

「楓ならあそこにいるけど」

 琴珠の指さす方に楓を見つけることができたのだが、少し予想外の事が起きていた。

 楓は女子数人と机を並べ、楽しそうに弁当を広げていたのだ。

 楓は物静かなので、てっきり一人でいると思っていたのだが、

「もう友達できてたのか」

「うん、いい子だし私が誘った」

 道理で一人でいる人を探しても見つからないわけだ。


 そうだよな。普通の高校生は友達と一緒に食べるよな。俺の場合一人で食べるのが当たり前になっていたが、よく考えれば一人で食べる奴なんて教室に一人か二人ぐらいだろう。

「用事があるなら呼んでくるけど?」

 琴珠は手に財布を持っているので、これから購買に行くつもりなのだろうが、丁寧に接してくれる。けだるそうな目もとと、サバサバした性格から特に男子に怖がれがちだが、実際は意外と世話好きで優しい奴だ。

「急ぎじゃないから大丈夫だ」

 これ以上琴珠の時間を割くのは申し訳ないし、楓もせっかく出来た友達との昼食を邪魔されたくないだろうと思い、大人しく自分の教室に戻る。


 弁当をひっさげて、いかにも誰かと食べる雰囲気をだして教室を出たため、少々気恥ずかしかったが、一人でいつも通り弁当を食べ始める。

 半年間ぼっち飯だったため、慣れたものなのだが、生き返るなんて奇跡のような経験しても、ここまで学校生活が変わらないとは正直思わなかった。


 クラスの様子を見ながら弁当を食べていると、クラスメイトの会話が耳を抜けていく。

 そんな中でも、悪口というものは特に耳に残る。もちろん断片的に聞いているものだから、誰に対して言ってるのか、冗談半分なのか、本気で言っているのかは判断できないが、どうしてもその対象が自分なのではないかと思ってしまう。自意識過剰なのはわかってはいるのだが、もしいじめの対象になった時に、自分一人しかいないと思うと、どうしても怖くなってしまうものだ。

 俺以外の人は、席の近い友達同士と食べている感じで、基本的男女別々だ。

 ちなみに葵は、昼食はソフトボール部で集まって食べるとういう決まりがあるため、ここにはいない。


 クラス全体をみていると、廊下側の席で、唯一男女混合で集まっているグループに目が留まる。構成員はイケメン三人とギャルっぽい女子三人。声も他のグループよりひとまわり大きい。差し詰め、あそこにいる奴らがこのクラスの一軍というところだろう。

 じっと様子を見ていると、その中の一人の女子と目が合った。

 着崩した制服の下に茶色のセーター(おそらく学校指定のものではない)を着て、耳には星型のピアスをしている。一軍だけあって普通にかわいいのだが、陰キャである俺は、ああいうキラキラした女子が苦手なため、好意はわかない。

 彼女は俺と目が合うとニコッと笑うと、何事もなかったように話の中にもどっていった。

 チャラついた感じの女子だと思ったが、彼女の笑顔はだいぶ大人びていて、どこか退屈そうだった。


 そんな笑顔を見せたのが意外だったため、そのまま彼女を観察していると、

「なーに?奏海に見惚れてるの?」

「うおっ」

 昼飯を食べ終えたのか、葵がニヤニヤした顔で真後ろに立っていた。

「驚かすなよ……奏海って言うのか?」

「片瀬奏海ちゃん。このクラス一番の美人って言われてるよ。なに⁉ 私がいながら奏海に惚れたの⁉ 」

「いや、普通にかわいいなぁと思っていただけだ。あと、お前にも惚れてない」

「またまた照れちゃって~まあ奏海はモデルやってるし実際かわいいよね~」

「山梨でモデル活動なんてできるの?」

「放課後とか休みに東京行くんだってさ」

 ふーんと相槌を打ち、食べ終わった弁当をしまい始める。いつもよりゆっくり食べていたため五限の予鈴がなってしまった。


「次は講義教室Ⅲで授業だから、遅れないでね」

 葵はそう言い残すと、足軽に教室を出ていってしまった。

「俺じゃなきゃ講義教室Ⅲなんてどこにあるのかわからんぞ」

 ぼそっと小声で呟き、俺も移動を始める。

 そのあとの授業は楓の事は気にしなくなったものの、クラス一の美女の笑顔が頭にずっと残って、全く集中できなかった。

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