第7話 朝の一コマ

「ふっふふ~ん♪」

 私はすこぶる上機嫌に通学路を歩いていた。こんなにわくわくするのは何か月ぶりだろうか。 

 ご機嫌の理由は転校生が来たこと。しかも双子!片方はすっごい美人で、もう片方はぱっとしないけど懐かしい感じがする。


 あの二人はどんな人なんだろうか。

 昨日電車の中で事情を聞いた限り、彼らの家庭事情は普通ではない。

 二人の両親は一時期とても仲が悪く、長い間、兄の真人は母親と、妹の楓は父親と一緒に別々の学校で過ごしていたらしい。

 しかし、父親の海外転勤を機に両親は関係修復を決意。両親そろってドイツに行くことになったのだが、国内にとどまりたかった二人は、両親にはついていかず、祖父の経営しているアパートに身を寄せたという訳だった。


 しばらく歩くと開けた道に出た。ここは駅から高校に通う者のほとんどが通る道だ。

「えーっと、ここで待ってれば来るかな」

 昨日だけでは聞き足りないことばかりなので、さっそくあの二人を待ち伏せ。

 面白そうなことを見つけたらまず行動。それが私、浅川葵です!

 

 歩道の隅でスマホをいじりながら待っているとようやく目当ての人を見つけた。

「おーい! 楓ー!」

 手を振って呼びかけたが、楓は下を向きながら歩いているためか、気づく様子がない。

「もうちょっと近づかないとか」

 小走りで楓の方へ向かっていくが、タイミング悪く赤信号だ。

 もどかしさを感じるが、右方からトラックが走ってきている事もあり、足を止めるが、

 楓は信号が赤になったことに気づいていないのか歩みを止めようとしない。


「楓! 赤信号!トラック来てるよ!」

 さすがに様子が変なので大きな声で危険を知らせるが、全く気付く様子がない。

 トラックも楓が止まると思っているのか、スピードを弱めることはない。

 

 このままではトラックが直撃して、楓が――

 楓がひかれる光景が頭をよぎった途端、私の体は動かなくなってしまった。

 足は震えるだけで踏み出せない。嫌な汗が頬をつたう。

 さっきまで出ていた声も出ない。

 このままではまた、

 

 また、人が死ぬ


「ばっか、赤信号だろうが」

「わっ⁉ 」

 いつのまにか楓の後ろにいた真人が楓の襟首を掴んで停止させていた。

「すみません、少しぼーっとしてしまって」

「少しどころじゃないだろ、ちゃんと前見て歩け」

「はい、ごめんなさい……あっ葵さん、おはようございます」

「おはよう」

 私の心情をを知る由もない二人が青に変わった横断歩道を渡り、何もなかったように話しかけてくる。

 二人の言葉が徐々に固まっていた私の体を溶かしていくように感じた。


 もう大丈夫。震えも止まったし、声も出る。

「おっはよー!もしかして楓、寝不足? 夜中にお兄ちゃんに何かされたのかな~?」

 私は不審な態度を悟られないために、いつもよりおちゃらけた声で返した。

「変なこと言わないでください! 何もされてないですよ!……たぶん」

「いや、何もしてないから」

 そんなくだらないやりとりでも笑顔になっている自分に気づく。


 あの日、何か大事なものをなくしたような気がした。

 私はそれが気になって、家でも学校でもどこか上の空。ずっと後ろを向いたまま前に進めてなかった。

 けれど、この二人を見ていると、不思議と前を向ける。

 ずっとなくしたと思っていたものが、いつのまにかすぐ傍にあった気がした。


「それじゃあ行こっか」

 これはきっと自分自身に言った言葉。

 私の日常は再び進みだした。

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