第8話 生前の友人2

「うん、逢坂真人君と楓ちゃんね。これからのことを説明するからこっちに来て」


 翌日の朝、俺と楓は八白高校に登校していた。

 正直、生き返った翌日に学校に行くとは思っていなかったが、春香さんから登校するように指示され、反抗する理由もないため素直に学校に来た。

 案内された先は、職員室の片隅に設けられている生徒面談室と呼ばれるところで、主に生徒の説教なんかに使われている。室と言っても、ソファと机を薄いしきりで囲っているだけの簡単な作りだ。


 校則や部活動などの説明を、楓は真剣に聞いているが、既にこの学校のことを知っている俺は、これからの立ち振る舞いについて考えていた。

 この学校に通っていた俺が一番注意するべきことは、俺が小尾真人であることを気づかれてはいけないということだ。

 転校生である訳だから、この学校に関してのことは知らない様に振る舞わなければいけないし、同級生との接し方にも慎重にならねばならない。

 実際に昨日も葵と別れた後に、「もう少し初対面らしく接してください」と楓から注意を受けていた。

 とは言ったものの、俺が注意すべきなのは葵を除いて、あと二人ぐらいで、他の人は顔は知っていても話したことがない人ばかりなので問題はないはずだ。

 全校生徒約九百人の中で、三人しか俺の事を特定できないとか、さすがの人間関係の狭さですね俺。


 まあとにかく、正体がばれないように、知り合いはなるべく避けた生活を意識して…

「ああ、そうそう、クラスは真人君が六組、楓ちゃんが七組ね」

 ぐっ、さっそく詰んだ。六組には葵がいるじゃないか……

 実は、葵が六組であることは今日の登校中に聞いている。

 どうやら葵は俺たちに目を付けたらしく、今朝も通学路で俺たちを待ち伏せし、根掘り葉掘り俺たちの事を聞いてきた。

 まあ、目をつけているのが、葵の時点で、回避のしようがないわけだが。


 先生の説明が一区切りつくと、ノックと共に女子生徒が訪ねてきた。

「失礼します。千代里先生はいらっしゃいますか」

 千代里先生呼ばれてますよーと思ったら目の前の先生が声を上げた。

「はーい、こっちだよ」

 あなたが千代里先生なのね。

「最初に言ってましたよ?神崎千代里先生。年齢は二十八歳で弓道部顧問。国語の教員で真人さんの担任です」

 なぜか俺の心を読んだ楓がやや呆れ気味に言ってくる。

 そう言われると言ってたような気もする、というか楓さん詳しすぎません?


 女子生徒は千代里先生を見つけると、数枚の紙を持って近づいてきた。

「弓道部の部員名簿と活動計画を持ってきました」

「ありがとう。確認するからちょっと待ってて」

「はい」

 目の前の女子生徒は制服をきっちりと着こなし、背筋もピンと伸び、しっかりとした印象だが、ボブカットの明るい茶髪とけだるげな目元がクールでかっこいい雰囲気を醸し出していた。

「……」

「真人さんどうかしましたか?」

 俺の様子を見て不審に思ったのか、楓が耳元でささやく。

 ふんわりとした石鹸のにおいが俺の鼻孔をくすぐる。同じシャンプー使ってるのに何でこんないい匂いするの。ってそんなことはどうでもいい。

 俺は突然の事に滅茶苦茶動揺していた。楓の顔がすぐそこにあることではない。目の前の女子生徒が、俺が気をつけねばならないうちの一人、葉月琴珠だったことにだ。


 琴珠とは保育園から高一までの一四年間の仲だ。

 幼馴染……と言えなくはないのだが、田舎の学校だと一クラスしかないこともよくあり、保育園から中学校までクラスメイトがほとんど変わらないことがまれにあるので、特別な感じはしない。むしろ琴珠を幼馴染とすると俺には幼馴染が三十人近くいることになる。


 じっと見ていたためか、視線に気づいた琴珠と目が合う。

 何か話したほうがいいかと思ったが、この心理状況だと、下手なことを言って正体がばれかねない。ここは黙りのターンだ。

 たった数秒の時間だが、見つめ合った中での沈黙はとても気まずい。

 しかし、そんな気まずさも千代里先生の声で解消された。


「あっそうそう、琴珠ちゃんたしか七組だったよね?この子、逢坂楓ちゃんって言うんだけど転校生で七組だから仲良くしてあげてね」

「あ、逢坂楓です、よ、よろしくお願いします!」

「逢坂さんね、私は葉月琴珠。わからないことがあったらなんでも聞いていいから」

 楓は緊張しているのか少し声が裏返っていたが、琴珠は淡々と、しかし優しく微笑みながら答えた。

 千代里先生は琴珠から受け取った紙を確認し終わると、

「うん、説明もあらかた終わったし、あとはクラスメイトと対面するだけだね。私は学年主任にこの紙渡してくるから、迎えに行くまで二人はここで待っててね」

 と言い残して職員室の奥の方へ消えていった。


「それで逢坂さんはさ――」

 用は済んだはずの琴珠だが、帰ることはせず、楓に話しかけた。

 琴珠はクラスカーストは上位に位置するが、先頭に立ってみんなをリードするタイプではなく、どんな人でも分け隔てなく接し、みんなをまとめる様なタイプだ。

 最初こそ緊張していた楓も、琴珠の優しい物腰のおかげか、だんだん自然に話せるようになり、会話に花を咲かしている。

 楽しげに話している二人と、その様子をただ黙って見ている俺……

 うーん黙っていたのはいいが、俺だけ完全に蚊帳の外で、居場所がないんだよなぁ。

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