第4話 新しい生活

 部屋の間取りを確認した。

 一○八号室には四つの区切られた空間がある。まず入るとキッチンと廊下のある玄関、そこからトイレ、風呂、リビングに通じる扉がある。リビングにはテレビと低めの白い丸テーブルに、重ねられている段ボール、そして二段ベット。

 個人的に風呂とトイレがちゃんと別れている所はポイントが高いがそれだけだ。

 ほんとにそれだけ……

 俺と楓はテーブルを挟んで向かい合い、黙りこくっていた。座布団もないので硬いフローリングに直に座っているわけだが、そんな些細なことはどうでもいい。


 年頃の男女が同棲するのに比べれば


 俺が間取りを確認にしている間に、楓は超一流ビジネスマンの如く、部屋にある資料に目を通していた。

 資料によると、このアパートは俺たちの様な人の保護、監視を目的として国が極秘に管理しているもので、基本的に移転は許されていない。国の管理内にあるアパートなら他の部屋を借りることは可能だが、その場合生活費に特別な補助金は出ず、とても高校生が払える額ではなくなってしまう。

 一応あいさつを兼ね大家さんに確認しに行ったのだが、一○八号室に俺と楓が住むことは間違いではなく、他の部屋も借りるのは難しい状況だった。


 お互いに黙ってから数十分、その間俺は、頭の中で同棲をするのかしないのかを、延々と自問自答し続け……ついに思考が暴発した。

「しょうがない、一緒に住もう!」

「えぇ⁉ 」


 もういいじゃん、一緒に住もう。何か問題ある? だって楓めっちゃ美人だよ? 性格も悪くなさそうだし、理想の女の子じゃん。 

 そもそも何で年頃の男女が同棲しちゃいけないんだよ、言っておくけど二次元好きのコミュ障は女の子に手なんか出さねえよ。というか出せねえよ。都会のイケイケ男女はどうなのかは知らないが、こっちはいたって健全なんだよ! そんなことばっか考えている訳じゃないんだよ!


 勢いに任せて言ってみたが、楓は物凄くテンパっている。両手をあわあわと動かし、目も泳いで、顔は真っ赤。楓のそんな反応を見て、急に自分の理性が自己主張をしだす。

 落ち着け俺。そもそも、いくら俺が良くてもあっちが嫌だと言えばどうしようもない。    

 この体には失礼だが、顔はイケメンではないし、少なくとも生前の運動能力も学力も中途半端で、何も秀でているものがないのが俺だった。

 そんな自分と可憐な彼女が同棲とか、烏滸がましいにも程があるのでは?

 そしてなによりこういう場合、男に決定権は持たされていない。


「決定はお前に任せるよ。嫌ならどうにかして他に住むところを探すから」

「いえ! ……その、真人さんはどうなんですか?」

「ん?」

「私なんかと一緒に生活なんて……私があの場所にこなけれ――」

「俺としては、黒髪赤目の美少女と同棲なんて夢のような展開だよ」


 さっきとは打って変わって重苦しい声音を察し、心にもないことを冗談めかして言う。

 本当は女子と二人で生活とか気まずそうで嫌なんだけどね。

「そ、そうですか」

 美少女という言葉が刺さったのか嬉しさ半分、困惑半分といった表情だ。

 まあ、無理に話を遮って、どうでもいいことを言えばそんな表情にもなる。

 ……重苦しいのは何となく嫌いだ。


「で、どうする? 俺はどっちでもいいよ」

 再び楓に答えを問うと、控えめの笑顔を向けながら、

「えーと、あの、それなら、これからよろしくお願いします」

 黙りこくっていた時間とは反対に俺と楓との同棲はあっさりと決まった。

 少し拍子抜けだが、これでひと段落。思っていたより簡単に同棲決まったな。楓は少しガードが甘いのでは? それとも女子高校生ってこんなもんなの?

 疑問は残るが頭をフルに動かしていたためか、疲労感を感じたので、ふーっと、息を吐きながら後ろに倒れこむ。

「あ、あの・・・真人さん?」

「ん?」

 呼ばれたので寝転んだまま首だけ楓の方へ向けると

「わ、私、恋もしたこともないので、その……赤ちゃんだけは、もう少し大人になってからで」

「……」

 楓に俺自身の安全性を証明するまで、また数十分掛けることになった。


  百科事典のような厚さの資料に目を通しながら、楓からこれまでのこと、これからのことの説明を一通りの受け、

「悪いけどちょっといろいろ整理させてくれ」

 そう断ってから、二段ベットを目指す。下は楓が寝たであろう痕跡があるので二段目に上がり、天井を近くに感じながら目を閉じる。


 話によると俺が目覚めた今日は四月二十三日。あの吊り橋に行ったのは十月の前半だから半年近く意識はなかったことになる。

 阿知賀楓は、生まれも育ちも東京都。私立高校の一年生で、自殺するために両親に内緒で人気のない場所を探しているうちにあの吊り橋のたどり着き、死んだ。

 目覚めたのは昨日で、俺と同じようにここに運ばれた。

 俺と楓は吊り橋の崩落による事故死となっているが、人気のない山奥の吊り橋に、お互いに認識の無い高校生が二人という奇妙な点から、様々な憶測が飛び交っているそうだ。


 ここに運ばれた目的は、「八白高校に通い、生きることの素晴らしさを見つけ、新しい人生を歩むこと」だそうだ。そのため生活が苦にならぬよう、家には冷蔵庫やテレビ、洗濯機など家電、制服や体育着、教科書のように最低限度の物は揃っており、連絡手段として俺と楓共有のスマホもある。

 金銭面に関しても思っていたより余裕があり、普通に生活する分にはアルバイトの必要もない。成績が良いならば、国公立大学に進学する際に補助金が出るらしい。

 俺たちの保護者は大家さんの古屋健二さんというお爺ちゃんで、俺と楓は双子の兄妹として八白高校二学年に、明日転入することになっている。

 肝心の「死んだはずの俺が生きている」ということについては春香さんが言った以外の事はあまり書かれておらず、詮索もしてはいけないようだ。


 死んだら肉体だけ変わって、元いた高校に通うことになって、そのための全てが揃っている。


 わからないことはあまりにも多い。けれども現状では何も知るこはできない。

 空気をひたすら掴み続けることしかできないような無力感が全身を覆う。

 疑問も不安も恐れもある。それでも今は

「普通の高校生として生きることしか出来ない、か」

 そう呟き、無理やり自分の中にある感情を押し殺す。

 無力で無知で無能な自分。そんな自分の事をわかっているなら、いつも通り流れに身を任せるだけだ。


 目を開けると、下からぐう~と控えめの腹の虫が聞こえてくる。音のなる方へ視線を移動させると、楓が必死にお腹を押さえていた。

 本人はとても恥ずかしそうにしているが、必死に押さえつけている様子がとても可愛らしく、微笑ましい。

 口角が緩むのに違和感を感じるのは、きっとこの体で初めて笑ったからだろう。

「わ、笑わないでください!」

「そんなに恥ずかしがらなくても人間なら誰でもあることだろ」

 自分なりにフォローを入れたが、あまりフォローになってなかったのか、変わらずお腹を押さえたまま睨んでくる。

「悪い悪い。とりあえず出掛けるか。俺も腹減ったし、色々買い足さないといけないものもあるだろ? 買わないといけないもの確認してメモに書いといてくれ、俺は電車の時間を調べるのと……着替えもしないとな」

 楓も賛成の様なので段ボールから制服を取り出し、玄関へ移動する。

 すっかり忘れていたが今の俺の服は健康診断で着るような薄くて白い検査着だ。さすがにこのまま外に出るわけにはいかないだろう。

 俺は慣れた手つきで、真新しい制服に着替えることにした。

 

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