第2話


 「昨晩、黒沢銀行が襲撃された一件でネット上の銀行グループの警備態勢の強化が強く求められています。目撃者の証言によると犯行はジェイムズによるものと見られ、警察によるアバター検閲が行われています。ジェイムズによる犯行と見られるものは今月に入っ4件めであるためサーバー7の脆弱性を指摘する声も上がっており、アバターシステム反対派の抗議運動も盛んに行われる可能性があります。外出をする際はご注意ください。


 ところで、外出といえばゴールデンウィークですね!。三原さ~ん、週末のお天気は……」


途中でテレビの映像が切れる。黒沢銀行が襲われてまだ一日。どの番組も特集をくんでいる。仮想世界で犯罪が起こるたびに仮想世界に問題があるのではないかという議論が起きる。そんなことはない。どう考えても犯罪をおこしたやつが悪い。盗んだ側としても注目を浴びられないのはさみしいのだ。そんなことを考えながらテレビを見ていたコードネームJこと日笠修二はテレビを消した弟に悪態をつく。

 

「テレビけすなよ。兄さんはゴールデンウィークのお天気が気になる」


「兄さんはどうせ外に出ないんだから関係ないじゃないですか」


 二人は日笠兄弟。ごくごく一般的な兄弟だ。いまどき世代らしく、一日のほとんどの時間を仮想世界ですごす。といっても仮想世界のなかでもやることはかわらない。いまの彼のようにソファに寝転がってテレビを見るのだ。


「だいたい兄さん、ちゃんとアバター規定守っているの??一日一時間以上の運動をリアルでしなきゃだめだよ」


 攻める口調の悠人にたいして修二は罰のわるそうな顔をして言う。


「……腹筋とかしてるし」


「15分以上の日光よくは??」


「……」


 兄、日笠修二は答えに詰まる。それを見て弟、日笠悠人はあきれて言う。


「兄さん、いつか死んでしまいますよ」


「そんなわけねーだろ。こんなにピンピンしてんだから」


 アバターがピンピンしているのは当たり前のことだ。アバターは寝不足でくまができたりしないし、風邪もひかない。たとえ、現実世界の体がどんなにひどい状況でもアバターでいれば平気だ。


「兄さん最後にリアルにいったのいつですか??ちゃんとお風呂とか入ってます??兄さんの部屋には入らないから僕は確認してませんよ」


「お前はいつも口うるさい。リアルは糞だ。俺たちにはこっちが現実だ」


 修二の顔が険しくなる。それは怒っているようにもつらそうにも見えた。ほんのすこし指でつついたら割れてしまいそうな……。 


「修二ーー。悠人ーーー。ごはんよ。降りてらっしゃい」


 母親が二人を呼ぶ声が聞こえる。夕食の時間だ。


「きもちはわかるけど……。あとで話そう。今日はカレーみたいだよ、兄さん」


 悠人はもの悲し気な顔をする。


「ああ、夕飯だ。’家族’で食事をとるのは2番目に楽しい時間だからな」


 二人は階段を下りていく。仮想世界で食事をとっても現実の体が食事をしているわけではない。ただ味覚はかなり正確に再現されているので満足感は大きい。仮想世界でのライフスタイルは人それぞれで現実では食べられない料理を食べるものもいれば、わざわざ食事を取らない人もいる。もっとも食事をとらない人間は少数派だ。

 現実世界で食べられる食事ははっきり言っておいしくない。栄養素的には偏りがないらしいが、味がひどいのだ。仮想世界の発展にともないほとんどの産業が衰退した。飲食産業も例にもれない。いまの現実の食事を作っているのは飲食店ではなく薬品メーカーだ。


「おいしいね、兄さん。インド風カレーみたいだ」


 悠人はカレーを食べながら言う。


「うるせえよ。インド風カレーなんてくったことないだろ」


「ありますよ。68地区にインド人がやっているカレー屋があるの知らないんですか?いま学校で流行っているんだ」


「俺は学校に友達はいねぇ」


「兄さんはもうすこし他人とかかわってください」


「アバターとしゃべって何が楽しいんだ??」


「アバターっていうより話している相手は中の人ですよ、兄さん」


「あれはただのデータの塊だ。相手がいるとしてもこっちからみたらAIと何がちがうのかわかんねぇだろ」


 仮想空間にあるものはすべて作られたもの。人間のアバターと人工知能によって動いているアバターを見分けることはできない。ただし外見では、という意味だ。すこし会話をすれば人間かAIかみわけるのはたやすい。


「もうずっと二人だけで話して。お母さんもあなたたちの学校でのはなしをききたいわ」


 いっしょに食卓を囲む母がいう。しかし、修二と悠人は気にせず話し続ける。


「人とAIは違います」


 悠人は目の前に座る母をみてそう言う。会話に入れてもらえなくて不満そうな母を見てからため息をついて続ける。


「僕はもう気づきました。兄さんも早く夢からさめてください」


 修二はだまってカレーを口に運ぶ。インド風かはわからないが嫌いなアジではない。それでもまずくてたまらないと思ってしまうのだ。

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