ネットで犯罪をすると怖いお兄さんが出てくるみたいです

蒼井治夫

第1話 高校生でも銀行強盗できちゃうんです

 黒沢銀行はまっすぐな道の終わりにある。道の両端にはイチョウ並木があって秋はとてもきれいだ。しかし、そんなことを気にする人は今どきいない。わざわざ道を歩く必要がないからだ。現実世界なら道路を使わないとたどり着けないだろうけれど、ここは仮想世界なのだから僕たちはただ念じればいい。そして目をつむって数秒したら目的地の前に立っている。


 銀行の前に二人の男と女がパッと現れた。二人とも高校の制服を着ている。金髪であおい眼をしている女の子に白髪で赤い目をしている男の子だ。


「どうせなら金庫のなかにまでワープできればいいのに」

 

 女の子のいったことにたいして男は顔を不気味に歪ませて言う。


「それじゃあつまらねぇだろ」


「めんどくさいだけじゃないですか。銀行のセキュリティを壊すのが楽しいのなんて兄さんくらいです」


 金髪の女はやれやれと首を振る。


「お前だってすきだろM」


「てへ。ばれてました?」


 舌を出してはにかむ。上目遣いで男に視線をおくるが、男は顔いろひとつかえない。男はこれからすることが楽しみで女のことなど気にしていない様子だ。


「それよりコードネームを使え、M。ログに残る」


 顔色一つ変えない男にすこしいらっとしたが、Mと呼ばれている女はすっと意識を集中させる。目を閉じて自分の世界を構築する。


「J。それじゃあ、始めましょうか」


 Mは両腕を開き、宙をつかむ。まばゆい光に彼女の腕が包まれる。一瞬のことだ。ほんの一瞬で光は収束して、彼女の手には巨大な大砲がついていた。


「お前はほんとに重火器つくるのうまいよな」


「にいさ、……Jが下手すぎるんです」


 Mはあわてて言いなおす。そして手に持った大砲を銀行の入り口に向ける。バクオンが響いた。そしてドアを吹き飛ばし、周囲のガラスも音をたてて崩れていく。ヨーロッパ風の回転ドアもガラス張りの壁も無残な姿になった。データの世界といえども割れたガラスや崩れたレンガが消えてしまうわけではない。情報屑(トラッシュデータ)としてのこる。まあ、現実世界のように片付けなくても管理者権限があればすぐにきれいに片付けられるし、修理も可能だ。


「ああ、いま思うともったいないことしたな。ここはかなりグラフィックがこっている」


 情報屑の断面を見ると構築者の力量がわかる。この世界は仮想世界だ。まわりにあるものはすべて構築者によって作られたデータの固まり。リアルなものを作るならより多くの情報量を構築する必要がある。当然その破片である情報屑も情報のかたまりだ。


「いまさらそんなこといわないでください。行きますよ」


 Mは熱を持ちあかくなった大砲を地面におろしてすたすた歩いていく。砲弾が通ったあとに道ができていて歩きやすい。歩く二人の体が光りに包まれ、服が制服でなくなる。彼らの仕事のおきまりの手順だ。


「夏なのにトレンチコートなんておかしいです」


「関係ねえよ。イケてる男はトレンチコートを着るもんだ」


 銀行のなかはひどい状況だった。アバターも数人倒れている。口座でも作りに来たのかもしれない。アバターが死んでも現実で死ぬことはないので気にすることはない。

 

「いら、7……せ。☆件をうか、。。」


 受付のAIがバグを起こしている。体中にとんできたガラスの破片が刺さっている。


 二人が歩くたびに床に散らばるガラスが割れる音がする。仮想世界の構築は誰にでもできる。一般人でも椅子を作れるし、服も好きなものを作れる。複雑なものを構築するにはデータ量が多すぎて個人でやるのはわりがあわない。だから構築を専門にする会社もある。そういった会社からデータを買うことで仮想世界で使うこともできるのだ。


「ブレイクス社のE78型ガラスだな。EシリーズはできがいーよなM」


 Mが急に止まる。


「いや、いまのはダジャレじゃないからな⁉」

 

 弁明するJ。しかし、Mは首を振る。


「銀行員です」


 Mの両手が光る。光が収束して銃を構築していく。彼女が銃を向けた先の壁がぶち破られる。 


「ようこそ黒沢銀行へ。そして死ね!!」


 ぶち破ったのは大柄な男だ。ぴちぴちのスーツを着こなす彼は壁をぶち破った勢いのままMに殴りかかる。Mも銃で応戦するが彼の勢いは止まらない。Mの顔の寸前まで拳が迫った時、男は停止した。空中で時間が止まったかのように。


「だから銃はきらいなんだ。構築難易度のわりに実践でやくにたたない」


 Jが手をかざしながら言う。


「もっと早く止めてよ!兄さんのバカ!」


 Mは息を荒げる。


「きさま何をした!?」


 スーツの銀行員が叫ぶ。どうやら口はまだ動くみたいだ。


「それをお前が知る必要はない」


 そう言ってJは指を鳴らす。それとともに銀行員の体は光に包まれチリジリになった。


「兄さんはチートすぎです」


 Mは膨れがおで不満そうだ。


「急ぐぞ。サーバー7との接続を切られたら、金を盗めない」


「はいはい」


 JとMは目をとじる。


「「ブレーキング:ワールド」」


 それは魔法の呪文だ。人間の目に現実世界の用に見せているプログラムを目でとらえられるようにする。二人の目にこの世界を構築する文字列が並ぶ。その量は膨大だ。ふつうの人間には解析できないだろう。


 しかし、二人はふつうではなかった。


「「みつけた」」


 二人はほとんど同時に受付の上の置時計に手をかざす。


 置時計はその形をゆがませ光の粒子となって崩壊していく。そして光の粒子はJの手の中へと流れていく。


「コードは見つけた。逃げるぞ」


 二人は消えた。銀行にあった2億円とともに。

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