トイレのお話

 トイレ、それは神秘。

 人間が排泄する場所でありながら、精神的な汚物さえ流されていく、安らぎの彼方。

 便器が描く純白の三次元曲面は、我々の視覚を凌駕して、宇宙そのものを感じさせるほどの圧倒感を放つ。はたまた、食べ物の行く末が流れていくときの水の流れゆく音は、大自然の滝さえ彷彿とさせるように、繊細ながらも豪快だ。


 ……こんなふうに語りたくなったのは、別に僕がトイレ好きだからではない。

 トイレの中に、正体不明のスライムがへばりついているからだ。しかもそれは。

 

 チ〇コの形をしていた。


 うん。『カオスの究極』を垣間見た気がする。

 緑色のそのヌメヌメのチ〇ポは形を崩しながらも、便器の水の中から、うんしょうんしょと這い上がろうとしている。

「……流そ」

 僕は、便器のボタンを押すことに決めた。

 このスライムはどこから来たのか。言っておくが、僕の体内から排出されたわけじゃない。気付けばそこにいた。たぶん、悪い幻覚か何かだろう。いや、現実であってたまるものか。


「マテやゴルァッ!」


 おそらく、このスライムの声だろう。うちは一人暮らしだ。

「いや、初対面でこんな失礼なことしようとするのっておかしくない?」

「こんな正体不明の物体を無視しようとしないのって、おかしくない?」

 言い返した。やばい、はたから見たらヤバいやつにみられる。まあ、幸いここはトイレだから僕しかいないが。

「お前どこから声出してるの?」

「全身からあふれ出しております」

「あ、出してるんじゃなくて、あふれ出してるのね」

 僕は、もう一度ボタンに手をかける。

「だからマテって!」

「うるせ」

 あーあ。精神科行こう。

「ちょいちょいちょいちょい、君が受け止めたくないのは分かる。痛いほどわかるッ! でも、ちょっとは話を聞いてもらってもいいんじゃないかな?」

 なんだよこいつ、英国紳士みたいなダンディーな声でしゃべりやがって。チ〇ポ型スライムが、何をほざいている。

「えーとね。私はトイレの神様なんだ」

「それはそれはきれいな女神様、とはかけ離れてるな」

「人間の排泄をつかさどる神様なんだ、本当だ! その証拠に、君の排泄部分の形状を模しているだろうッ!」

「アホか」

 ジャー。


 僕は、水を流した。断末魔は聞こえなかった。

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