虹の檸檬(1)
虹の檸檬
K-sukelemon
僕は、そこに居た。いや、正しくはそこに『在った』と言った方が適切だろうか。
白昼夢とでも言うのだろうか。ふわふわと、ゆらりゆらりと揺れる雲か霧かわからないものが、あたりを漂う。その中に小島が見える。いくつも、無数に。何故だか分からないが僕は浮いているのだ。
僕は、あたりの観察を続ける。ここは何処か、光のスペクトルが、分散したような薄い色の空が目を突く。泡が周りに漂う。テニスボールくらいのものに手を伸ばして触れると、すぐに割れてしまった。幼いころに吹いて遊んだシャボン玉を思い出す。御年一七歳になって、その感覚は忘れてしまったが。
しばらくすると、この世界で初めて僕に『重力』というものが働いた。それも急に。当然のことながら僕は落ちてゆく。するりするりと浮かぶいくつもの小島を抜けて、先が見えない底に落ちてゆく。奈落にしては、光が
あって、実に神々しい。深淵にしては、いやに軽々しい。やがて、一つの小島に着地することができた。これだけ落下すれば人間は普通、死ぬと思うのだが、僕は臓物を地面にぶちまけることなく降り立った。
ここは何処か。ああ、そうか。
僕は死んだのか。
死んだならば、死ぬ前の記憶というものがないのはおかしいが、気付けばここにいた。
ここが極楽というものなのか。
花畑などを勝手に想像してはいたが、まさかこんな夢のような世界だとは。
いや、待て。そもそも、あの世なら案内人がいるはずではないか。したがってここはあの世ではないのかもしれない。しかし、現実世界のようにも見えない。僕の自宅の前にあるはずのビル群も、野良猫も、母も、父も、何処にもいない。いつも間にこんな世界に来てしまったのか。帰る道を探さなければ。
僕は、小島を探索する。あるのは木でできた床だ。他の島よりはそこそこ大きいらしい。家が五つ程建つか。
しかし、それ以外には何もない。本当に床しかないのだ。いや、それは間違いだった。
床だと思っていたものの中に、浮かび上がっている『スイッチ』がある。周りと少しだけ色が違うのだ。
僕は、それを躊躇なく押した。ガタンと音がして、向こう側にあるこの島より少し高い小島が、轟音を立てている。橋だ。鉄でできた橋が、こちらに伸びてきているのだ。柱も立っていなければ、吊り橋のように吊ってもいない。橋というより道だ。どういう原理で伸びてきているのだろう。
ガタンと音がして、こちらに橋が架かる。僕は、ためらわずにその橋へ進んでいく。
ついた小島からは通路が他の島へと伸びていた。右へ左へ上へ下へ。ありとあらゆる方向に枝分かれして小島と小島を連絡している。脳のニューロンのようなものなのか。中には大きな島、『大陸』とでも呼ぼうか、そのようなものがあって、草木が生い茂っているものまであった。島と島を比べてみると、その特徴は無秩序極まりない。さっきの島のように、床だけで構成される島も
在れば、洞窟が島の内部にまで続いているものもある。
この世界はどうなっているのか。島が浮いているというだけでも十分非現実的だが。それを十二分にしてしまうほどのものもある。
はるか上空を飛んでいる翼をもった機械だ。
機械の化け物。そう呼ぶことにしよう。それは、大きな翼をはためかせながら、何かをパイプから噴射して飛行していた。ネジやらばねやらが本体から飛び出ていて、ガラクタの寄せ集めのような感じをさせるが、危なっかしいことに刀のようなものが付いている。
一体ここからどう進めばよいのか。全く見当がつかない。しかたなく、手当たり次第に島を渡る。
三〇分ほど経ったか。まだ上に上がれる。
一時間ほど経ったか。まだまだ、上がれる。
二時間ほど経ったか。まだまだまだ先がある。
三時間。四時間。五時間。大陸に上がっては川の水を飲んで、木を見つけてはそれになっている林檎を食べ、ひたすらに上へ進む。そろそろあの機械の化け物に近づく頃だ。
機械の化け物は近寄ってみると、何体もいることが分かった。ガラクタだ。まさにガラクタの集まりが火を吹いているようだ。自転車のサドル、トラックのバンパー、ラジカセ、テレビ、その他の電子部品。ボルトにネジ、鉄板が見える。赤さびやほこりにまみれたそれらが合体して、一つの小屋ほどある、翼をもった化け物を構成していた。目も口も見当たらないが、腕のようなものから日本刀に似た刃物が生えている。火も吹く。赤いレーザーポインターを辺りに散らして様子を探るらしい。あたりにあった木々を刃物で切り付けて焼く様子が見られた。
僕は、よくわからないガラクタの集まっている怪物を目の前にして、どう上へ登れば良いか分からなかった。
すると、頭の中に何かが浮かんだ。
(この怪物。覚えている)
機械の怪物が、どのような行動をしたり、どのような性質を持っているのか、自分は分かるのだ。これも何故かわからない。
夢か? 夢なのか?
自分の夢であれば、頭の中の出来事であるし、そんなこともあるだろう。しかし、こんなに鮮明に夢の中で時間を意識して行動できるものだろうか。既に、この場所に存在してから、六時間経っている。
どうも、機械の怪物はここを動こうとしない。そもそも、時間の感覚があまりわかない。
だんだんとあたりが暗くなってゆくのが分かる。夜。もしかしてこの世界にも夜と昼があるのか?
僕は、島を渡って夜をふかせる場所を探す。
「……何だ?」
ベッド。なぜか浮島にベッドがある。いや、ベッドしかない。クイーンサイズのフカフカとしたベッドだ。青い色合いと白が良く映える。
仕方なく僕はベッドにもぐりこんだ。断じてこれは夢ではない。断じてこれはそうではない。そう思わずにはいられないほど、どっしりとした現実味がある。
朝だ。朝になったようだ。あたりを乳白色の空間が覆い、昨日と何の変りもない。一体僕は、どうしてこんなところに迷い込んだのか。その謎を解明しなければ。
森がある島や、トイレがある島。廃ビルが建っている島や、街灯が一つだけぽつんと立っている島。これは一体。そうだ。
僕が元居た世界が島ごとに切り離されている。どの森も、どのトイレも、どの廃ビルの看板も、どの街灯も、よくよく見て見るとどれも見覚えがある。さっき寝ていたベッドは、寝る時ぐらいは贅沢してもらおうと奮発して両親が買った、お気に入りの僕のものだ。
どうなっているのだ。僕以外に人は見当たらない。森で鳥などは見かけたのだが、人間は僕以外に全く見当たらないのだ。
いよいよ頭が狂ってきそうだ。仕方なく僕は、シャワー室が付いている島へと行って、水道が通っていないはずのシャワーを浴びる。どこから湯が出ているのか。
あるく。仕方なく歩く。しかし、ある程度の高さまで行こうとすると、機械の化け物が居座っているところに出くわしてしまい、それ以上進めない。これ以上の高さにはいったい何があるというのだろう。しかたなく、コンビニエンスストアがある島から出て、食料を持って森
に入る。もちろん店員はいなかったので、事実上は万引きだが、こんな世界でそんなことは気にしてられない。
森の中には川が流れている。川の水は、島から出て一定の長さを流れると消えてゆく。完全に物理法則を無視している。鳥のさえずりが聞こえるが、僕は、川の上流に行って、この森にあったはずのハイキングコースの上を目指す。
しばらく歩くと、コンクリートの道を見つけた。この道を上にたどれば、あたりが見えるはずだ。
「はぁ……」
しかたなく、一度道に沿って下に降り、ベンチに腰かけてコンビニエンスストアから取ってきた、おにぎりを貪った。僕は、食べ終えると、頭を抱えて下を見る。蟻の行列だ。蟻はせっせと、落ちている蝶の死骸を分解して巣に戻っていく。人間以外は本当に普通だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます