【8/祈る様に、奇跡を請う様に】

 暗闇の中、路地を一人の女と幼い少女が逃げるように懸命の走っていた。そしてその四、五歩後ろをシスターの格好をした少女とオリヴィアが追いかけている。

 女は少女の手を引いたまま走り続けたが、突然立ち止まった。路地の行き止まりに行き当たってしまったのだ。

「ああ、神様……!」

 女は絶望した様に呟き、その場にくずおれた。両手の手の平を合わせ指を絡め、祈る様に、奇跡を請う様に。幼い少女は泣きじゃくりながら、そんな女にただしがみついていた。

 シスターの格好をした少女は彼女たちを無慈悲に嘲ってみせた。

「あっははは。おっかしいね、吸血鬼ごときが神に祈るだなんて。でも残念、神は貴方らごときなんて助けてくれないよ。存在そのものが悪の、吸血鬼なんてね」

「ああ、殺さないで……! せめて、この子だけは……」

 女はシスターの少女の足元に跪いて、そう懇願した。少女は「駄ぁ目」と笑いながら首を振った。

「吸血鬼は全員殺すんだから。貴方を殺す。子供も殺す。女も、男も、みんなみんな。だからさ、とりあえず死んでよ」

 シスターの少女は、手にしていた大振りな幅の広い剣を振り上げ、振り下ろした。一切の躊躇も、慈悲もなく。女の頭蓋があっさりと縦に割れた。

 それから剣を横に薙いだ。女の首が身体から切り離され、乾いた音を立てて地面に落ちた。二つに割れた頭蓋の断面からクリーム色の脳みそが溢れ、首の断面から鮮血が噴水の様に勢いよく溢れ出て、シスターの少女の顔を赤く塗った。

 幼い少女は鋭い悲鳴をあげながら、女のそばに駆け寄った。そしてひたすら泣き叫びながら、その亡骸に覆いかぶさる。その声を聞いて、オリヴィアは小さく下唇を噛んだ。

「うんうん、今日は割合良く切れたかな。首の断面も綺麗だし頭も綺麗に切れたしね」

 シスターの少女は満足してそう独りごちていたが、ずっと泣き叫び続ける少女をちらりと横目で見て、小さく舌打ちをし、後ろにいるオリヴィアを見て言った。

「オリヴィアちゃん、ちょっと耳障りだからさあ、殺しといて、そこにいる餓鬼ガキ。もう私疲れちゃった」

 オリヴィアは「……分かった」と呟き、ゆっくりと少女に歩み寄り始めた。

 そして少女の前でぴたりと立ち止まると、手を伸ばして少女の腕を強く掴み、逃げられないようにすると、空いている手に持っている片刃のナイフで少女の喉元を切り裂いた。

 血飛沫が彼女の身体に派手にかかった。

 喉を切り裂かれた少女は口をぱくぱくと開閉させ、小刻みに痙攣し続けた。まだ生きているのだ。

「あーあ、まぁだ生きてるじゃない。ちゃんと殺さないと駄目だよ」

 シスターの少女はそう言うと、オリヴィアを押しのけて、どくどくと血が絶えず溢れる続ける首に剣を突き刺した。

 少女は完全に絶命した。

「あー、もう終わり? なんだ、つまんないの。帰るか」

 シスターの少女は言葉の通りつまらなそうに、そう呟いた。

 が、終わりではなかった。

 オリヴィアは背後に気配を感じて勢いよく振り向いた。しかし、間に合わない。背後に迫ってきていた吸血鬼が手にしているナイフによって、左腕を切られた。鋭い痛みが走る。

 オリヴィアは痛みに耐えながら、ナイフを構えてその吸血鬼に切りかかった。そしてその吸血鬼が痛みによって、一瞬ひるんでいる隙を見逃さずに、心臓に深々とナイフを突き刺す。シスターの少女はその吸血鬼の首をはねて、完全に殺しきる。

「まだ吸血鬼残ってたんだ。もしかして神父さんが言っていた、夫の方かな? ま、なんでもいいんだけれど」

 オリヴィアは先ほどこの吸血鬼に切られた左腕に触れた。大事には至っていないものの、すぐに治療した方が良いだろう。その様子を見て、シスターの少女は優しげにオリヴィアに言った。

「あ、オリヴィアちゃんは帰っていいよ。怪我治療しなよ」

「すまない、そうさせてもらう……」

 シスターの少女の言葉に、オリヴィアは感謝して小走りで家の方へ向かった。彼女の姿が闇の中にすうっと消える。

「終わった様ですね」

 暗闇の中から浮かび上がある様にして、一人の男が姿を現した。白髪頭の、神父の格好をした、そう背の高くない男である。

「うん、終わったよ。神父さんは何もやることなかったね。あははっ」

「私は基本的に狙撃手ですからね。射程範囲を超えると何もできませんよ」

 神父は軽く肩をすくめた。

「ま、それもそうだね。それよりさ」

「何ですか?」

「オリヴィアちゃんのことなんだけれど。あの子さあ、最近役立たずになってきちゃったみたい。昔はもっと役に立っていたのにね。同情なのか何なのか知らないけど、そういう類の感情が邪魔をしているみたい。最近ヘマばっかだよ」

 シスターの少女はけらけらと笑いながら、こともなさげに続けた。

「だからさ、あの子処分しちゃえば? もういらないんじゃない?」

 それは、『遊ばなくなった玩具は捨ててしまえばいい』と言っている様で、実に気軽な声音だった。その言葉に神父は首を横に振った。

「いいえ。まだ彼女には利用価値があるでしょう。殺すには惜しいですよ」

「ふーん、そう。なんだつまらないの。あの子が死ぬ光景、興味あったのにさ。まあいいけど」

 シスターの少女はつまらなそうに踵を返し、夜の闇の中に消えて行った。

 


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