第59話

「――おっと、悪いな。今は検問中だ。タダで出すわけには行かねえ!」


 別れの感傷に浸りながら、グリューネバルトの関所を通ろうとしたときのことでした。

 あの変態デニス・バルテルさんが、ボクの行く手に立ちふさがってきたのは。


「ひき殺されたいんですか?」

「……あー、いや、そういうわけじゃねえんだ。検問だって言ったろ?」


 ――ウソだな。この関所で足止めを食らったのはボクだけだし、そもそもバルテルさん以外の領兵は、誰も出てきてない。たった1人で検問なんてやるもんか。


「見え透いてますよ。で、ボクが貴方の言うことに従うとでも思ってるんですか?」

「ゲッ……怒んな、怒るなって……いや、俺だってあの時みたいな無礼をするつもりはねえ」

「相手を選んで無礼をするんですか? 最低ですね、貴方」


 ウマタロウに、留まっておくように伝え、スッと地面に降り立つ。

 バリバリの殺気を敢えて放ちながら、バルテルに近づいていく。

 気分は処刑執行人みたいなものだ。


「ヒッ! か、勘弁してくれよ~! だから俺は嫌だったんだ!」

「はい? 誰かに強制されているんですか? この足止め」


 ――誰だ? デニス・バルテルみたいな、こういうたたき上げの粗暴な男を従わせられる奴なんてそうそういないだろう。

 下手に実力だけはあるみたいだし、ボクから逃げたがっていることからして、敵から逃げる嗅覚も鋭いんだ。


「そ、それはだな……」

「――俺だよ、クリスお嬢サマ?」


 その声には、聞き覚えがありました。

 けど、この声色で話す、その声を聞いたのは久し振りで。

 酷く懐かしいと、思ってしまう。


「タルド、さん……?」

「そう、このタルド・ブラックベリーがそいつに頼んだのさ。

 俺たちが着く前にクリスが出ちまうようなら、足止めをしてくれってな」


 ――え? なんで、なんでそんなことを……?

 というか、ゴットハルトとしてボクを見送らなかった先輩が、どうしてここに?


「あー! 来たな、黒苺! 遅いんだよ、俺はもう知らねえからな!」

「おう、お役目ご苦労、帰って良いぞ」


 去っていくデニスさんに手を振りながら、こちらを向くタルド先輩。

 その髪型はオールバックになっていて、たったそれだけのことなのに”ゴットハルト”とは別人に見えるんだから、すごいんだよな。


「――さて、悪いな、クリス。お前を見込んで頼みがあったんだ」

「頼み、ですか? なんなんです……?」


 こればかりは、さっぱり予想がつかない。

 そもそも先輩はアカデミアにはしばらく帰らないと言っていたんだ。

 グリューネバルト家の人間として、復興に尽力するって。

 そんな人がアカデミアに帰ろうというボクにいったい何を頼むというのでしょう。


「少し遠出をすることになってな、タルド・ブラックベリーとして。

 でもよ、急な話だったから”馬”が確保できてないんだ」


 何度か歩いた道、黒苺の停留所へと向かう道を、歩いていきます。

 ウマタロウもつれて。


「遠出ですか? タルドさんが?」

「おうよ、まぁ、本当はしばらくここを離れられないと思ってたんだが、この1週間で少し離れるくらいの余裕も作れた」


 ああ、そういえばゴットハルト先輩が、アカデミアに帰れないって言っていたのは1週間前の話だったっけ。


「でも、相当じゃないですか? タルドとしての用事を優先するなんて、よほどのことなんじゃないですか?」

「まぁな。実際のところ”あっちの方”にも関わってくる話なんだ」


 タルド・ブラックベリーだけでなく、ゴットハルトの方にも関わってくる話?

 ますます分からなくなってきたぞ。いったい何が、どうなっているんだろうか。


「じらしますね? そろそろ教えてくれても良いんじゃないですか?」

「――なに、すぐに分かるさ。さぁ、入ってくれ」


 なんかこのやりとり、レイモンドさんともしたな。なんて思いながらタルドさんが開いた扉の先に踏み出す。

 黒苺の停留所へ、足を踏み入れる。その向こう側に、待っていた。とても見覚えのある人が。


「――よう、呼び立てて悪いな、クリス」

「うん、本当だよ……だってもう、今日は見送らないって言ってたのにさ、ベアト……」


 湿っぽい別れはしたくないとか言って、見送りには来ないって言ってたのに。

 ズルいなぁ、本当に……。


「ああ、見送りはしねえさ。ただ、ついて行こうと思ってな」

「ッ――!? 来るの……アカデミアに?」

「うん、まぁ、数日ばかりの小旅行さ。タルドに案内してもらっての、な」


 そんなことを言いながら、ベアトはタルド先輩に視線を送る。

 彼女の視線を受け止め、タルド先輩は口を開いた。


「そういうことだ。俺たちの旅に”馬”を貸して欲しいのさ。

 馬車の方は容易を済ませてる。構わないよな? クリスティーナ」


 ッ――こいつら、こんなことを企んでいたのか。

 何が湿っぽい別れをしたくないから、明日は見送らない、だ!

 ベアトの奴……っ!

 

「む、タダじゃ受けませんからね、タダじゃ」

「ほう? 報酬は何が望みかな? ベアトの方が払ってくれるはずだぜ」

「おいおい、オレかよ。まぁ、良いけどな」


 くすっと笑いながら、ボクの肩に触れるベアト。

 その手を握り、手繰り寄せる。


「じゃあ、そうだね……ベアトには、ボクのアカデミア探索を手伝ってもらうよ」

「今回の論文的なやつを、またやろうってのか? クリス」


 ベアトの問いに頷く。

 論文という形まで詰めるつもりはないけど、きっと楽しいことになる。


「何か取っ掛かりはあるのか? オレはアカデミアなんて知らねえぞ。

 スカーレット王国以後の施設だろ?」

「うん。でも、あれがあの場所に建設された理由についてが、よく分からないんだよね。そこに切り込みたいんだ」


 特別に立地が良いわけでもない。でも、あの土地には領主が居なくて、そもそもが王国そのものを後ろ盾にした独立的な学術都市なんだ。

 ぶっちゃけ、あんなものが出来上がった理由が分からない。あれがなければ魔術という技術は、もしかしたらこの世からなくなっていたかもしれないとさえ思う。それが当然だったんじゃないかとさえ。


「ふーん、これまた面倒そうな話だな」

「ダメかな?」

「いいや、好きだぜ。そういうの。分かった、付き合えるだけ付き合おう」


 ――ベアトと熱い握手を交わしながら、ボクたちは旅立ちました。

 スカーレット王国にあるボクの本拠地”学術都市アカデミア”へと。

 また、少しだけ、楽しい時間が続くんだな。なんて喜びを感じながら――

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