第57話
「さぁ、約束を果たそうじゃないか。クリス――」
”慈悲の王冠”を移譲されて”死竜殺しのクリスティーナ”となる――そんな”王冠移譲の儀”を終えた翌日の夕刻だ。
昨日は、いろんな人たちがボクやベアト、フラウ殿下とのコネクションを求めて粉をかけてきた。
ボクはその数の多さに翻弄されて殆ど何も覚えていないのだけれど、一応、名刺的なものを貰いはした。
まぁ、何に使うというわけでもないけれど、あって困るものではないはずだ。人とのつながりというのは思わぬところで役に立つこともある。
「――分かった。事前に話したとおり、公表されたくない情報については”後で”塞ぐってことで良いんだよね?」
「ああ、そもそも”ウィアトル・トリクシー”については全てが不開示だ。だが、今はそれは気にする必要はない」
グリューネバルトの屋敷、そこに用意された一室。
ボクとベティが過ごしたあの部屋の中で、ボクは向かい合う。
慈悲王としてのベアトと。アカデミアの学院生として。
(目の前にいるのは”魔法時代の生き証人”だ――さぁ、クリス。何だ? 何から切り込む?)
ベアトの生きた時代は、魔法時代前期の末期から魔法時代後期の末期。
つまりは”魔法皇帝の死”から”スカーレット王国の建国”までの全てに立ち会っていることになる。
……他にいない。そんな人間、この慈悲王ベアトリクスを除けばどこにもいない。
「ッ、ベアト。ボクは……」
「どうした? なに緊張してるんだ? 今回は報酬として真っ正面から取材を受けてるってだけで、別に今後一切取材を受け付けないなんていうつもりはないぜ?」
ああ、それはそうだろう。だけど、こうやってかしこまった機会は、きっとしばらくは巡ってこない。
それはボクがアカデミアに帰るということもあるし、ベアトとボクの仲が良すぎるということもある。
かしこまった仲じゃないんだ。なにせ何度も同じベッドで眠ってきたんだから。
――だから、ボクの質問は”真っ正面”から行く。
真面目すぎて、普段ならはぐらかされそうなところに、突っ込む!
「分かってるよ、ベアト。でも、こういう機会がそうそうあるわけじゃないだろ?
だからさ、聞かせて欲しい。
君が”慈悲王”であろうとしたのは、どうしてなのか――」
こちらの質問に、一瞬だけ驚いたような顔を見せるベアト。
そして、次の瞬間にはニヤリとした笑みを浮かべていた。
「へぇ、オレが慈悲王であった理由か。それはオレが”自国民を殺さなかった理由”を聞いているってことでいいんだよな?」
ベアトの確認に頷く。そうだ、ボクが聞いているのは、それだ。
そこが知りたいんだ。
「ふぅん、お前、アレだろ。
魔法王という存在、あの魔法王国という制度の是非に首を突っ込むつもりだろ?」
こちらの意図の”奥の奥”まで見透かすように、楽しそうに話すベアト。
まったくこいつもこいつで会話の主導権を握っていたいタイプなんだよね。
まぁ、いいよ。ならば、乗せて上げようじゃないか。
「分かるかい? 魔法時代という狂った時代、その中で”唯一自国民を殺さなかった魔法王”が君だ。
その人の思うところを聞けば、あの時代に対する論評が出来るかなってさ」
こちらの考えをさらけ出す。ベアトにはこっちの方が効く。
こちらの思惑を伝えた方がスムーズに話が進む。
彼相手にカッコつけた隠し立ては意味がない。
「ふむふむ、分かる、分かるぜ。じゃあ、アレだよな、オレが優しいお人好しだから”慈悲王”やってるなんて言われてるって話も、調べはついてるよな?」
「もちろん。他の魔法王からの評価は大半がそれだったよね。
慈悲王は実力はある。自国民を生け贄に使えば、手に負えない強敵になるだろう。しかし、そうじゃないし、奴が統治しているのは海沿いの僻地だ。だから戦う意味も薄い。ここら辺が当時の君に下されていた周囲からの評価だ。違うかな?」
この短い期間で詰め込んだ知識を一気にぶちまける。
おそらく何かしらの誤謬や誤解はあるんだろうけれど、それでも全力で行く。
間違っていたらベアトが訂正を入れてくれるはずだ。知識に不安がある程度の理由で、下手にこっちの言葉を絞る方が無礼というものだろう。
「へぇ、よく調べ上げたな。正解だ。
昔はよく言われたよ、お前も”魔力を使え”ってな。
”そのために、国民を増やしているんだろ?”とも言われた」
なるほど、慈悲王のような懐柔政策は、国民を増やすための動きとして判断されるのか。当時の魔法王からしてみれば。
「そう、そこだよ。君がそれをしなかった理由が知りたい。
君が博愛主義者だからっていう理由だけなら、正直なところ論文に仕立てるのは難しいんだけどさ、そうじゃないだろ?」
ベティ・トリアルさんとの悲惨な別れ。魔法王の奴隷として生まれた過去。
それがあったとしたって、それだけで”自国民を魔力にする”という甘美な誘惑に耐えられるはずがない。
150年もの時間があったんだ。そういう誘惑に対し、何かしらの論理武装をしていなければ、必ず易きに流れる。
周りと同じことをしてしまう。人間ってのはそういうものだ。
「ベティとの別れ――だけじゃないと思ってるな? クリス」
「もちろん。君はそんなに弱い男じゃないだろ?」
「ん、ちょっと違うな。弱い男ではあるんだが、弱いままでいるための方策は無限に考えられる男なんだ、オレは」
なるほど、ベティさんとのトラウマが根底にあることは否定しない。
でも、そのための”考え”はあると。
やっぱりね、思っていたとおりだ。そこだ、そこが聞きたいんだ。
「――なぁ、クリス。今回の襲撃事件、なぜヘイズ・グラントが負けたと思う?」
む……なんだ、なんなんだ、この質問は。
なんでこんなところで全く別の話を聞いてくるんだろう。
そして、ベアトはボクにどんな回答を求めている?
「え、あいつが負けた理由……? 単純に競り負けただけかなって。
何かがズレていたら、あいつは勝っていたと思うよ。あっさりと」
たぶん、これはベアトが思っている敗因じゃない。
だけど言った。仕方ないだろう。
こんな風に聞かれて、正解を投げられる奴がいるか?って話だよ。
「ああ、そうだ。何かがズレていれば、あいつは負けなかった。
あいつの”乗っ取り”の魔法はそれだけ完成された術式だ。普通は勝てない」
言葉を紡ぎながら、ベアトは自分の紅茶に口をつける。
それは、紅茶を飲むこと自体に意味があるわけじゃない。
ただ単純に”間”を作ったんだ。自分の呼吸に、場の空気を引き寄せるために。
「――でもな、あいつには、敵が多すぎた。
オレ、クリス、ゴットハルト、そして極めつけはビルコ・ビバルディ。
なまじ”乗っ取り”という魔術式が強烈だから、あいつは味方を作ることを疎かにした」
確かに、ベアトの言うとおりだ。
最後には刃を交えることになったとはいえ、ビルコたちの力もなければ今の勝利はない。
「強い力を持って”他者をねじ伏せる”こと、それ自体は容易い。
ベティはそれに殺されたし、フラウもそうされかけた。
だが、それが容易であるが故に魔法王ってのは、忘れちまうのさ。
人々をねじ伏せるたびに”その中から敵が出てくるかもしれない”って可能性を」
ヘイズの敗因、魔法王の自国民を魔力へと変える在り方とその否定。
一見したところ別の2つの話が、繋がる。そう、感じた。
「力で無理強いするたびに、オレたちはバラ撒くのさ。
自分へと向かって来るであろう”怨恨の種”を。
強大な力を持つと、それを見れなくなる。
だから魔法王どもは死んだ、皇帝も、その後の有象無象どもも」
――だってよ、普通に考えてみろよ。絶滅しない程度に数を残しながら人間を殺して魔力に変え続けてみろ。
いくら本人が”不老化”してようが、いつか殺される。内側から。あるいは外側の奴が内側を焚きつける。
その究極形が”初代スカーレット王”なのさ。あいつは”世論”を味方につけた。民衆はみんなスカーレットの味方をしたんだ。
自分が殺されないために、殺されていった家族や仲間のために――
「だから、ベアトは、それをしなかった……?」
「ああ、恨みを買って暗殺に怯えながら過ごすのは御免さ。
反射発動の防御術式を夜毎にかけ直すなんてバカな生活、オレは絶対にしたくなかった」
ッ~~! 面白いなぁ! なるほど、魔力へと変えた”民衆”から向けられる怨恨か!
それゆえに現れたスカーレット王か! 行ける、先行研究を調べきった訳じゃないけど、学院生レベルでいいのなら全然書けるし、おそらくそれを越えられる……ッ!
「お? 何を書くか、その”主旨”は見つかったみたいだな」
「うん、そうだね……”魔法王に向けられた怨恨と、スカーレット王の誕生に寄与した民衆の在り方”とかどうかな?」
「スカーレット王まで射程に入れるか? 長くなるんじゃないのか?」
――うん、長くなる。きっと、今の滞在予定じゃ少しだけ足りなくなってしまうだろう。
でも、それなら引き延ばせばいい。目の前に最高の情報源がいるんだ。彼が味方してくれるんだ。こんな絶好の機会、簡単に逃せるか!
「付き合ってくれる? ベアト」
「……タダじゃ受けれねぇな?」
「む、望みはなんだい?」
クッソ、今までやってきたボクの振る舞いを逆手に取られた。
なんだろう、いったい何をふっかけてくる?
「もう少し、あの1週間を続けてもらうぜ。論文が書き上がるまで、この部屋でな」
「ふふっ、そんなことかい? そんなにボクのことが好きになった?」
半ば、からかいを滲ませたこちらの表情に、真剣な瞳で応えるベアト。
「そうだ。と言ったら? ……オレの妃にならないか? クリス」
「――冗談。それじゃあ、君がボクに”王冠”を託した意味がないだろう?」
「まぁ、その通りなんだよな。女同士じゃ子供も作れねえし」
……あれ、本気だった? 冗談、なんだよね……?
「今のは冗談として、論文書き終わったら1日寄越せよな。
あの日みたいに遊びに付き合ってもらうぜ、クリス」
「もちろん、全然構わないよ。でも、その分とことん付き合ってもらうからね?」
こちらの言葉に深くうなずいたベアト。
そうして、始まったのです。
ボクの全身全霊の論文を書き上げるための、長くて短い、少しの日々が。
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