第53話
――魂と身体が繋がる感触。それを感じられる機会は少ない。
普通に生きていたのなら、そもそも魂と身体が分離することなどないからだ。
かくいうオレも、この長い人生の中でそれを感じたのは今回で3度目。
1度目は、全てが始まったあの日――ベティ姉さんの身体を与えられた、あの日。
2度目は、1週間と少し前――ビルコに襲われ、クリスに助けられた、あの時。
そして、これが、3度目。絶対的な別れと、運命のような出会い。ならば、この3度目は”祝勝”か。
なんて思っていた。目を開く、まさにその時までは。
「――フフッ、まさか、まさか”人の身”でここまでやってみせるとはな」
「ッ、ここまで……? 冗談じゃない、まだ、終わってない……っ!」
戦っていた。ビルコとクリスが、その刃を交えていた。
ゴットハルトの方は、地面に倒れ込んで意識がないように見える。
……壮絶な戦いが、繰り広げられていることは、1秒もかからずに理解できた。
だが、なぜ? なぜ、ビルコ・ビバルディは刃を抜いた?
「そうか。だが、これで終わりだよ。クリス・ウィングフィールド!」
紫の剣は、漆黒の槍を絡め取り、突き飛ばす。
そして、そのままビルコは柔術の要領で、クリスの身体を地面に叩きつけた。
「っ……!」
「最後通告だ、ドラコ・ストーカーに、来ないかね?」
「だ、れが……! お前は、ベアトを殺そうと、してるんだぞ……ッ!」
クリスの回答に、心底残念そうな表情を浮かべ、男は剣を振り上げる。
――その瞬間に理解した。今、自分がやるべきことを。
加速という術式を発動する一瞬さえ、惜しい。
だが、理性が告げる。加速をかけなければ、間に合わない。
半秒を捨ててでも、その半秒後に間に合えばいいんだ――ッ!
「――こっちを見ろ、ドラガオン!」
こちらの叫びに”反射的”に、ビルコ・ビバルディは反応する。
そして、クリスに向けていた剣を、こちらに向ける。そうだ、それでいい。
そうしなければ、お前はオレからの攻撃を防ぎきれない。
「ッ、帰ってきたか……! お前は、どっちだ!」
こちらの蹴り技の連続を、剣で防いで回るビルコ。
一瞬でも速度を落としてしまえば、容易く切り返されるだろう。
だが、そのつもりは毛頭ない。今のオレは、誰よりも速いんだから。
「どっちだと思う? なぁ、”ビルコ首領”よ――」
「……貴様か、ヘイズッ!」
やはりな、乱れた。こいつの精神は今、乱れたぞ――ッ!
「クソッ、皆殺しだ……ッ! やれ、ドル――ッ」
『――その命令は”取り消し”だ。ひざまずけ、ビルコ・ビバルディ……ッ!』
この男は、部下思いだ。
だから、ヘイズが勝利したと錯覚すれば、必ず精神を乱すと思った。
こちらの読みは当たった。しかし、ここまで思い切りが良いとは……。
こいつの部下が”皆殺し”とやらを発動したら、全ての終わりだぞ。
フラウも、オレも……ッ!
「クリエイト<ストーンチェイン>」
「ッ……?! その魔法は……!? お前……ッ?!」
フン、洞察力が甘いな。”支配”の魔法を使った時点で察してほしいものだ。
「ベアト――っ! 勝ったんだね? 無事、なんだよね……?」
こちらに飛び込んでくるクリスを軽く抱きしめつつ、共にビルコと向かい合う。
「ああ、オレは無事だぜ。お前のおかげだ、クリスが”慈悲の王冠”を貸してくれたから……」
「良いんだよ、言ったろ? それは”君の力”だって」
微笑んで見せるクリス。だが、彼女も相当に消耗している。
ゴットハルトとフラウへの手当も早急にやらなければ、手遅れになる可能性も依然として存在している。
さて、では、どうする? どうやって眼前の”ドラコ・ストーカー首領”を退ける?
こいつ、おそらく当代において上から数えた方が早いような”実力者”だぞ。
「やれやれ、貴女も趣味が悪いな――慈悲王ベアトリクス」
こちらの用意したストーンチェインは、上空からの魔法光線によって、その全てが切断される。
直後、紫の魔術式が虚空に描かれ、扉が開く。
”転移魔法”――魔法時代においてでさ、その使い手は殆ど存在せず、魔法王たちがこぞって奪い合った、切り札的な”特性”
そんな魔法の持ち主が、ドラコ・ストーカーの首領とは、まったくとんでもない時代に目覚めてしまった。
「ビルコ様、ドリンは無事にございます。
身体の烙印も消え、奴とヘイズを繋ぐ魔力線も消えてなくなりました。
おかげでもう、そこの慈悲王も狙えなかった。お許しください」
「……説明ありがとう、ドルド。すまなかったな、あと少しでお前に”仲間殺し”の汚名を被せてしまうところだった」
ビルコの真後ろに構える魔術師ドルド。
小竜人ドルンの身でありながら、魔法の才能を持つという破格の存在。
よくよく考えれば、首領の転移魔法だけではない。
傍に控えるこの魔術師もまた、異常だ。
「貴方様のためであれば、どのような汚名でも被りましょう?
たとえそれが、貴方の”誤り”であろうとも、私は貴方の手足だ。
貴方への恨みなど、抱きはしませぬ。どこまでも貴方のために動きましょう」
……しかし、確かにヘイズの奴が”甘ったれ”と評しているのも分かる。
ここまでドルンを重用するドラガオンなんて、魔法王として生きてきた間に、一度も見たことがない。ただの一度も。
だが、強いぞ。こういう関係を築いている組織は、ヘイズのような攻撃には脆くもあるが、やはり当然のように強いのだ。
オレが愛し、オレを愛してくれた”慈悲王軍”が魔法時代において、唯一、戦略的な力を持つ軍隊であったように。
「手足、か……それは困るな。
君は”参謀”として有用だ。頭も使ってもらわなければならない」
「フフッ、これは失礼。あっしもそろそろ考えるのに疲れてきましてね」
和やかに冗談を交わし合うビルコとドルド。
――直後、それとは真逆の眼光が、こちらに向いてくる。
「……どうするんだ? 続けるのかい、竜人さんよ」
「いや、そのつもりはない。お前が、私の判断を誤らせたことは許しがたいが、それで殺し合うほど暇ではない」
「ハッ、ふざけるなよ、トカゲ野郎。
許していないのはオレの方だ、オレのクリスを、傷つけやがって……!」
相手を退かせた方が、絶対的に良い。そんなことは分かっていた。
だが、オレも頭に血が上っていたんだ。オレのクリスを傷つけたこの男が、オレを許すだの許さないだの、ふざけたことを抜かすものだから。
「それについては詫びよう。私は、君が負けるものだとばかり思っていたのだ。
だから、諸共に葬ろうとした。君も、ヘイズもな。
ともに”魔法時代”の遺物、生きている方がおかしいだろう?」
……なるほど、こいつの動機は、それか。ようやく腑に落ちた、理解は、できた。
「しかし、それは阻まれた。
慈悲王よ、貴女は本当に、良き家臣と良き友人を持っている。
誇ると良い。300年という時を経てもなお、忠誠を誓う家臣の血筋を。
出会って間もないのにもかかわらず、貴女に命を賭けた友のことを」
紫色の瞳が笑みを浮かべる。そして、その背後に魔術式が開く。
「では、また会おう、グリューネバルトの者たちよ。
君たちほどの実力者、必ずまた”歴史の転換点”で相見える時が来るだろう。
その時には、敵同士でないことを、祈っているよ。君たちのような者は、敵にしたくない――」
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