第51話

 ――ライトニングハンマー。

 それはオレの手持ちの魔術式の中で、最も威力のある魔術式だ。

 いや、正確には、”戦闘中の一瞬で用意できるなかで”という条件は付くが、それでも今、オレが放てる最大の一手であることに変わりはない。

 それを、ヘイズの真後ろ、背中に接射してやった。タダでは済まない。タダでは。


「ッ、ァアッ……!」


 ヘイズの悲鳴が零れ落ちる。だが、相手は”魔法王”だ。一度、この魔力としての身体を霧散化させて、再度実像を結ぶという”技”を見せたのだ。

 必ず、模倣してくる。それができる。だから、暇は与えない。このまま一気に、攻め落とす……ッ!


「クリエイト<ストーンチェイン、ライトニングハンマー>――ッ!」


 石の鎖で縛り付け、再びのライトニングハンマー。こちらの強烈な光を放つ。全てを断絶させる光を。

 だが、これは、おかしい……ッ! 手ごたえが、無いぞ……ッ!


「――なぁ、言っただろう? ベアトリクス。

 いったい私が、何人の人間を喰らってきたと思っている?と。

 初体験の君にもできることが、私にできないだなんて、思っていたのかね……?」


 胸から”爪”が突き出してくる。ヘイズの爪が、オレの胸から生えてくる。

 ――驚愕に凍り付いた一瞬だった。霧散化は間に合わなかった。

 背中に走る強烈な痛みに気づいたときには、手遅れだった。


「ッ、クソ……ッ!」

「終わりにしようか――?」


 もう一撃が放たれるよりも早く、こちらの身体を霧へと変える。

 魔力の結合を緩く、実像をぼかす。だが、今、受けているのは”致命傷”だ。

 魂を形作る魔力の結合のズタズタにされた。その状態での霧散化は傷口を広げる。

 けど、これしかなかった。これしか……っ!


「フン、逃げても無駄だ――苦しみが長引くだけさ」


 霧の状態を長くは続けられない。

 実像を結び、一刻も早く傷を癒さなければならない。

 そうしなければ、こちらの魔力は崩れ去り、魂は形を失うだろう。

 だが、オレが再び実像を結んだとき、ヘイズは構えていた。

 ――”漆黒の光”を放つあの魔術式を。

 慈悲の王冠をもってやっと防げるだけの一撃を。


「ッ、クリエイト<ライトニングハンマー>……!!」


 傷の治癒は後回しだ。まずは、こちらを狙う一撃を”相殺”する!

 傷口から魔力が零れ落ち続ける中で、攻撃に魔力を使う。正気の沙汰ではない。

 だが、これしかない。今を切り抜けるには、これしかないんだ……ッ!


「フフッ、良いあがきだ。お前のそういう表情は嫌いじゃないぞ。あの女には、無かった表情だよな?」

「ッ、喋るな……ァ! お前が、ベティのことを喋るな――ァア!」


 ぶつかり合う魔力光線。

 こちらの光とあちらの光――その接点に留まり続ける魔力は、飽和し、弾ける。

 起きるのは強烈な破壊と、視界をくらませるほどの光。

 ここだ、この一瞬しかない……ッ! 傷を塞ぐのは、ここしかない……ッ!


「――傷の修復は済んだかね? こちらも”変わらせて”もらったぞ」


 強烈な光が消えた、向こう側――そこにいたのは、ドラガオンだった。

 巨大な翼、頑丈な鱗、獣のような身体に、牙と爪。

 翼竜が、人類の天敵が、そこにいた。

 圧倒的な魔力量の差が、質量の違いとして再現されている。

 現実で戦う時には、その大きさと重さに圧倒されるが、ここでならば良く分かる。

 ――人間とドラガオンの究極的な差は”魔力量”にあるのだ、と。


「ッ……よくもまぁ、飽きもせずに……ッ!」

「フン、知っているからさ。これが最も”人間”を殺すに相応しい姿だと!」


 振るい降ろされる爪を、寸前のところで回避する。

 そこからは、単純だった。巨大な質量を前に”逃げ”の一手。勝てるわけがない。

 この”精神世界”での戦いは、むき出しの魔力と魂のぶつかり合いだ。その総量が全く違うのだ。そう簡単には、勝てない……ッ!


(生まれ持った”魔力量”を、増やすことはできない、だったな……)


 魔法皇帝の奴が、嬉々として語っていた。たとえ魔術師として目覚めたとしても、生まれ持った魔力量という限界を超えることはできない。

 外付けの保存は効かないし、訓練で増やせるのも僅かばかりの誤差に過ぎないと。

 だから自分を初めとして、魔法王たちは民を抱えるのだと。

 生きた人間こそが外付けの魔力なのだと。

 お前はそういうところに、生まれ落ちた。そして這い上がってきたんだと。


『――ウィアトル、君に、この力を授けよう。

 心優しい君であれば、きっと”これ”は応えてくれる――』


 遠い昔に聞いた魔法皇帝の言葉が、脳裏に過る。

 心優しいという評価が、一種の皮肉だとは分かっていた。

 そして同時に、確かに奴の周りにオレのような人間はいなかったことも知っていた。


『――ベアト、持って行くんだ。これは、君の力だ――』


 あの娘の、クリスの、クリスティーナの言葉が、脳裏を過る。

 一瞬のことだ、あの時には思っていた。

 オレの精神世界で”慈悲の王冠”は、きっと応えてくれない。

 無意味なことだと思っていた。けど、無碍にできなくて受け取った。

 彼女の心遣いだったから。でも今、分かった。バカだったのは、オレだ。


「――太陽の女神よ、オレに力を。人類の天敵たる翼竜を、打ち倒す力を!」


 ”慈悲の王冠”――それは、太陽の女神を祀る教会系のアーティファクト。

 そんなものを”魔法皇帝”が持っていたのは、教会との激戦で簒奪したからだ。戦利品として。

 ならばあいつからそれを受け継いだオレが、女神に祈るのは不敬なのかもしれない。


(だけどよ、女神さんよ、お前はオレを、あんなところに産み落とした。

 全てを、奪った――なら、許してもらうぜ! これくらいの”不敬”は……ッ!)


 慈悲の王冠からあふれ出す太陽が、オレの身体を焼き尽くす。

 そして、オレは生まれ変わる。太陽の加護を受けた神官のように。

 クリスの騎士とは違うが、オレにもあるのだ。こういう姿が。


「その姿、450年前と、同じだな……忌々しいぞ、ベアトリクス!」

「フン、今から”あの時”と同じように、殺してやるよ。

 逃げ場はないぜ、今度はな――ッ!」

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