第50話
――人間は、生まれる場所を、選ぶことができない。
最初に与えられる手札を、選ぶことができない。
生まれたときに背負う”宿命”を、覆すことができない。
(それでも、まさか……450年も経って、とは、な――)
あの日、全てが始まったあの日、ベティ姉さんが死に、オレの身体が死に、オレの魂とベティ姉さんの身体だけが残った日。
オレは誓った。姉さんのために、姉さんに捧げられた家族と仲間たちのために、そして何よりも自分自身のために。
生まれ落ちた”宿命”からの解放を。この宿命を強いた暴君への”復讐”を。
(果たした、つもりだった。とっくの昔に、殺した、つもりだった)
魔法皇帝に献上され、奴からの寵愛を受けた。
慈悲の王冠を頂き、ヘイズ・グラントを殺し、アトル海岸を取り戻した。
そして150年の時を、慈悲王として生きた。魔法時代の終焉を見つめ、自ら眠りに着いた。
自分自身が生き残るための方策はいくつも思いついていたが、それでも新たな時代に”魔法王”という存在は火種になる。
だから眠りに着いた。後の時代の平和を信じて――なんて、そこまで綺麗な未来を、信じていた訳じゃない。
だが、聞いていない。聞いていないぞ! 450年も経って、あいつが、生きて、いるなんて……ッ!
「来たかよ、遅いじゃないか――」
オレの中に広がる”魔力の世界”に、ひとつの影が降りてくる。
浸食してくる、あの男が。”竜魔法王ヘイズ・グラント”が。
「……フン、流石は”魔法王”だな。
ここまでの”世界”を持っている人間は、そうはいないぞ」
腐りかけのドラガオンとしての姿ではない。
フラウフリーデの姿でもない。
あの日、あの時、オレが殺した姿、オレが憎んだあいつが”ここ”にいる。
「ハッ、お前のことだ。魔法王に対して”乗っ取り”なんて仕掛けたこと、ないんだろ?」
「フッ、分の悪い賭けは、しない主義でね」
最盛期と同じ姿で、外套を翻し、ほくそ笑むヘイズ。
あれが、あいつの望む”本当の自分”というわけか。
「しかし、君は心の底まで、あの娘と同じ姿なんだな」
「本当のオレなんて、もうどこにもいない。お前の、おかげでな」
魔力の漲りを感じる。目覚めたばかりの身体との不和も、ここでは関係がない。
むき出しの魂と魔力だけの、ここでは。
「あの娘は、確かに優秀な魔法の使い手だった。
特に彼女の”支配”には手を焼いたよ。
彼女は時に自身の精神すら”支配”して私の監視を逃れた」
――そうだ、ベティの特性は”支配”だ。ゴットハルトと同じ系統だ。
「だが、あの娘によって強引に目覚めさせられた君の特性が”創造”という破格の力だったことには驚かされた。
私は後悔したよ、君を手中に収めておかなかったことを。おかげで私は全てを君に奪われてしまった。あまりにも、高い代償だ」
一方的にペラペラと言葉を紡ぎ続けるヘイズ。
なるほど、お前から見たオレは、そう見えるのか。
押さえることはできたが、押さえるほどの価値もなく、寝首をかかれてしまった――そう見えていたのか。
「そうか? オレは生まれたときからずっと、お前を殺したかった。
オレたちの人生の全てを支配していたお前を、殺したかったぞ」
「フン、私が居なくても、他の魔法王の餌食になっていただけのことだ」
くだらない仮定だ。
そんな”もしも”など、この世に存在しないのだから。
あるのは常に、確定した”過去”だけ。”事実”だけなんだ。
「――それがどうした? オレからベティを奪ったのは、オレの全てを奪ったのは、お前だ」
「奪った? 違うな、お前は”私の持ち物”の中から生まれてきたんだ。私に魔力を捧げるためだけに!」
溢れる殺気が、刃へと変わる。実体としては”ウィンドブレード”と変わらない。
だが、これを呪文詠唱なしで行えるようになったのが違う。
”クリエイト”よりももっと簡素に行えるのが違うんだ。
「本来の力を、取り戻したようだな? 慈悲王、ベアトリクス――」
風へと変換された魔力を、雷によって打ち消すヘイズ。
相も変わらず、こいつの”特性”は、雷だ。
「……450年前の再現と洒落込もうか、ヘイズ、グラントッ!」
「あの日と同じように行くと思うなよ? 私が今まで、何人の魂を食らってきたと思っている?」
強烈な魔力の渦が、こちらに向かって放たれる。
そして、数秒遅れて、中心点であるヘイズが突っ込んでくる。
この精神世界における戦闘において、自らの肉体などまやかしにすぎない。
魔力の中心点である――そんな程度の意味しか持たない。
「――だが、オレの方が上手のようだぜ」
無数の雷撃、本命のヘイズ本体の攻撃。
その全てが確かにオレに命中した。オレの居た場所に。
だが、それに意味はない。ズラしたのだ、魔力の中心点を。
「クリエイト<ライトニングハンマー>」
自らの中心点を霧散させ、同時に任意の位置に再集結させる。
連想するのは”霧”だ。かつて刃を交えた”霧”になる怪物だ。
アレと同じように、オレは今、背後を取った、ヘイズの真後ろを取った。
「ッ――!?」
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