第48話
――ボクの眼前、成立してしまったのは”完全なる拮抗”だった。
ベアトとゴットハルト先輩によって動きを封じられたヘイズ。
フラウ殿下の身体を人質にされているからこそ、ヘイズを解放しようとしてしまった先輩。
そして、そこに現れたビルコ・ビバルディ。あいつが、全てのヘイズを殺すと宣言したことで、状況は完全に、動かなくなった。
極限の緊張状態の中で、ジリジリと全てが、止まっている――
「ビルコ、ビバルディ……!」
「フッ、睨まないでくれよ、御曹司。これでも私は君たちに義理立てしているんだ。
本来ならば、不意打ちで全員殺して終わり、なんだからね」
ビルコの紫色の瞳、先輩の青い瞳が睨み合う。
確かにビルコの言葉に嘘はない。
”ヘイズを殺す”ことだけが目的ならば、こんなことをする必要なんてない。
用意したという術式に全てを任せ、ヘイズの傀儡になってしまっている人間たち全てを、殺してしまえばいい。それだけのことなんだ。
「どういうことだ、なぜ、ドラコ・ストーカー同士が……!」
「おっと、一緒にしないでもらおうか。確かにそこにいるのは数世代前の”ドラコ・ストーカー首領”ではあるが、結局は組織を捨て、自らの国を築いた男だ」
フラウさんの瞳と、ビルコの瞳がぶつかり合う。
「ハッ、自分の国を求めて何が悪い? ドラゴニアに忠誠を誓ったところで、奴らからの見返りなど、たかがしれている!」
「別に”国への不忠”なんてものを糾弾するつもりはない。私が貴様を殺すのは、貴様が私の部下を支配したからだ。貴様は、私の部下の”魂”を、汚した!」
――2人の会話から、だいたいの状況は分かった。
ヘイズは、かつての自分の組織の内情を探るため、用意したんだ。自らの傀儡を。
そしてその行為が、ビルコの逆鱗に触れた。だから、こうなっている。
なるほどね。とてもらしいじゃないか。
ボクが抱いていた”ビルコ・ビバルディ”という男の行動そのものだ。
「ハッ、たかだか”ドルン一匹”を支配したくらいでなんだ?
そんなことがドラコ・ストーカーに、ドラゴニアにどれほどの損失をもたらす?
あんな掃いて捨てるほど湧いてくるうちの1匹に、何の価値がある?」
ヘイズの挑発を前に、ビルコは虚空から剣を引き抜く。
そしてそれは、本当にあと僅かな動きでフラウ殿下の命を奪える位置で制止する。
「喋りすぎだな、ヘイズ。自分が今、生きていられる理由を、分かっていないんじゃないのか?」
「フン、ゴットハルト君たちへの”義理立て”だって? 嘘をつくなよ、ビルコ首領」
優勢に立っているのは、圧倒的にビルコ・ビバルディだ。
そのことに異論を挟む余地なんてありません。
ただ、それでも、なんだ、あのヘイズの笑みは。いったいなぜ、あんな強気に出られるんだ?
「――お前が、奇襲で私を殺さなかったのは、部下を失うのが怖いからだ。
お前は未だに、部下を救える可能性を模索しようとしている。
その可能性を”慈悲王”やゴットハルトたちに見出しているんだ」
激高したビルコが、その刃をフラウ殿下の喉元に突きつける。
けど、違うな、これは。これはただの脅しにすぎない。
「だったらどうした? それが、なんだというんだ?」
「それが甘ったれだと言っているんだ! だから確実な勝利を逃す!」
「フン、確実な勝利のために、完全な勝利を見逃すなど、それこそ愚か者の所業だ。
私が望んでいるのは、常に”完全な勝利”であり、犠牲を払うのは最後の最後だけだ――」
――無論、このまま貴様を逃がすくらいならば”あいつ”ごとそのことごとくを殺し尽くす。
私の部下たちには、その覚悟がある。我々のために命を投げ出す覚悟が。そして私には、その覚悟を実行させない義務がある。
「フン、ドルン1匹の生死が完全な勝利の条件など、度し難いな……!」
「貴様に理解してもらうつもりなどない。死にゆく貴様からの理解など、不要だ」
――なるほど、ビルコも同じだったんだ。
ビルコも先輩と同じように大切な人を人質に取られている。
だから、圧倒的な力の差があるのに、殺せない。その踏ん切りが、つかない。
(でも、なら、どうする? この状況に正解なんて、あるの……?)
いったいボクに何が出来るというのだろうか。
”慈悲の王冠”の力で太陽騎士としての圧倒的な力を手に入れたとしても、魔術への対抗策なんてない。
乗っ取りへの対処法なんて、ボクには思いつかない。ヘイズへの交渉策も。
「なぁ、ヘイズよ。いよいよ、お前にも後がなくなったな?」
「現状報告ありがとう、ベアトリクス。
だが、この甘ちゃんどもでは、私を殺せない。ならば、まだ、手はあるさ」
ヘイズの回答に、口元をつり上げるベアト。
その横顔が、視線が、網膜に焼き付く。
だって、ボクが今までに、誰の顔でも見たことのない様な、とても壮絶な表情をしていたから。
「なぁ、こっちに来いよ? ヘイズ――」
胸元を広げ、鎖骨付近にある深い傷を晒すベアト。
ッ――アレはまさか、ボクが駆けつける前の! あの刃は、届いていたのか……!
「――どういうつもりだ? ベアト」
「フン、臆病者のお前のことだ。オレとの精神戦闘が怖かったから、オレを乗っ取ろうとしなかったんだろ?」
ベアトの言葉に舌を打つヘイズ。
その仕草が、図星を突かれていることを言葉よりも雄弁に物語る。
「だったらどうした?」
「だからさ、やろうぜって言ってんだ。オレと殺し合おうじゃないか。
互いの魂を使って、オレの身体を賭けてよ」
いったい何を言い出すんだ! そう止めに掛かろうとしたボクに視線を送るベアト。
その一瞬で理解する。彼女は死ぬつもりなんてない。勝算があっての行動なんだと。
「……っ、本気か? 貴様は」
「本気も本気だ。安心しろ、お前の侵入自体を拒みはしない。
一度、深いところで捕らえないと、永遠に同じことの繰り返しだからな」
濁りきった瞳を、射抜く黄金色の瞳。流れは今、ベアトリクスの方にある。
「ヘイズ、お前には後がない。
ゴットハルトに縛られ、ビルコに全てを狙われている。
この状況でお前に生き残る可能性があるとしたら、それはたったひとつ――」
そしてベアトは口にする。ヘイズを自らの戦場に乗せるための、最後の一押しを。
「――オレの身体を手に入れて、全てを蹴散らすこと。それ以外に道はない、違うか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます