第47話

『捕らえよ、そして、縛り付けよ。永久に、そう、永久に――ッ!』


 放ったのは、無数の聖鎖。

 そしてそれらは、ひとつひとつが自律的に蠢き、フラウの身体を捕らえ、中庭の木や噴水、至る所に巻き付いていく。


「ッ――ふざけるなよ……ッ!?」

「どうした? ”特性”の雷を放ってみろよ、ヘイズ!」


 放たれる雷は、無数の聖鎖によって分散され、その先端に至る頃には完全に無力化される。

 そう、意味がない。――捕らえた。俺は完全に、フラウの身体を、捕らえたんだ。


「……勝ったつもりか? ゴットハルト、グリューネバルト」

「どうだろうな。だが、もうこれで、お前はフラウの身体を、好きに出来ない」


 舌打ちをしたフラウは、何かしらの言葉をぶつぶつとこぼし始める。

 いったい何を言っているのかは聞き取れないが、それが何かしらの詠唱であることには察しがつく。

 ……チッ、どうする? いったい何が来る? いったい、どうすれば、こいつを無力化できる? フラウを、フラウを殺さずに!


「フン、腐れ落ちろ。”全て”――!」

「――悪しき者に”太陽の戒め”を与えよ、慈悲の王冠ッ!」


 強烈な腐食の力、それが溢れ出す直前、太陽の光が降り注ぐ。

 その主、彼女の声には、聞き覚えがある。


「慈悲王……!」

「――よう、ゴットハルト。よくヘイズ相手に、ここまで持ち込んでくれた!」


 太陽騎士の腕に抱かれる小柄な少女こそ、慈悲王ベアトリクス。

 ベティと名乗っていた記憶喪失の少女。あの娘の本当の姿、本当の力!


「ベアト、リクス……ッ!」

「ハッ、そんな怒るなよ? ヘイズ。

 ゴットハルトに後れをとったんだ、こうなるのは当たり前だろう?」


 太陽騎士に触れながら”慈悲の王冠”からの力を制御する慈悲王。

 これで、本当にヘイズを無力化できた。

 問題はフラウからどうヘイズを追い出すか?だけになった。


「ッ……!!」

「ヘイズ、お前の負けだ。潔くフラウを返してもらおうか」


 慈悲王の金色の瞳、ヘイズによって赤く濁らされた瞳。

 その2つがぶつかり合う。魔法王同士のにらみ合い。

 何かが傾けば、強烈な魔術戦が始まるのだろう。

 だが、それをさせるつもりはない。

 フラウを捕らえている聖鎖を、解かせるつもりなど、ない。


「フン、お前ら、忘れていないか?

 今、私は”フラウフリーデ・グリューネバルト”の身体を乗っ取っている。

 彼女の命は、私の手の内にあるんだ」


 ッ――なるほど、そう、来るか。フラウを、人質にするつもりか。

 永遠に解放することのない、人質に!


「ッ、殺すつもりか? フラウを――!」

「そうだよ、ゴットハルト君! それが嫌なら、今すぐ解け!」

「聞くな、ゴットハルト! こいつは、フラウをまともに返すつもりなんて無い!」


 真逆の言葉が両方向から投げかけられる。

 ひとつは、慈悲王ベアトリクスから。もうひとつは、暴君ヘイズ・グラントから。

 どうする……? 俺は、どうすればいい?


「フラウを殺したら、お前はどうなる!?」

「次がないんじゃないのか?なんて思っているのか? ゴットハルト君」


 苦し紛れの問いも、僅かばかりの可能性も、砕かれるだろう。

 フラウの表情を、フラウがさせられている表情を見れば、分かる。

 クソ、なら、俺は……!


「私には”無数の傀儡”がある。すぐに次の身体に乗り移る。それだけのことにすぎない」

「ッ、なら今すぐ、乗り移ればいいだろう! ”他の誰か”に!」


 ハッタリだ、ハッタリであってくれ! 


「フン、それも可能だが、この身体とは相性が良い。下手に細工をされると困るんだよ」


 クソッ、それらしい話を……!


「それにこの身体でなら、君は抵抗できないんだろう?

 君を傀儡にしてしまうのにも、好都合なんだ。

 さぁ、だから、解いてくれたまえ。この娘を死なせたくないのなら、道はないぞ」


 ――聞くな、ゴットハルト! そんな言葉が、慈悲王の言葉が、耳に入る。

 だけど、俺に、それは、できない。

 俺は、フラウを、フラウを助けるために、ここにいるんだから。


『――やめておきたまえ、青年よ。本来の君は、聡明な男だ。

 ここでヘイズを解放したところで、事態は悪化しかしないことくらい、分かっているはずなのだから」


 聞こえる、声が。いつぞやに聞いた”男の声”が。

 そして、視界の上方、紫色の光が、魔術式が空中に描かれているのが見える。


「ッ――貴様か! ドラコ・ストーカー首領、ビルコ・ビバルディ!」

「そうだ、先代よ! ヘイズ・グラント、貴様を殺しにきた。

 ”私”のドラコ・ストーカーに仇を成した貴様を、殺しに来たのだ」


 虚空に描かれた魔術式から降りてくる、紫色のドラガオン。

 以前、海上霊廟で刃を交えた相手。ビルコ、ビバルディが、降りてくる――!


「フン、ここにいる私1人を殺したところで、意味などないぞ!」

「知っているよ。貴様は、私の部下にさえ刃を向けた。彼の身体を奪った。

 だからな、用意させてもらったのだ――お前を”完全に殺せる術式”を」


 告げたビルコ・ビバルディが、指を鳴らす。瞬間、フラウの眼前と、そして周囲に倒れている兵士たちの一部、その額すれすれのところに強烈な光線が落ちてくる。

 全てを貫くであろう、魔力光線が。


「ッ……!? 貴様、何を、した……! 何を、している……ッ!」

「フン、今、自分が置かれている状況は、理解したようだな? ヘイズ」


 恐らく、今、この魔力光線が落ちた人間たちの全てが、ヘイズの傀儡なのだろう。

 そしてフラウの脂汗を見れば、あの表情を見れば、その射程がこの場だけでなく”文字通りの全員”に及んでいることは分かる。


「さぁ、ゴットハルト・グリューネバルト!

 今ここで彼女への拘束を解いたところで無駄だと分かったな?

 私はヘイズが自由に動けるようになった瞬間に、全てのヘイズを殺すのだから」

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