第43話
「――ふざけるな、ふざけるなよ!
殺したはずだ、奪えるはずだ、なんで、なんでお前は……ッ!」
眼前、再び輝き始めた”黄金の少女”に、竜魔法王ヘイズ・グラントは舌打ちをする。
そもそも、目覚めたての”太陽騎士”程度に”翼竜”としての自分が負けること自体があり得ない。
死の女神に汚染されたことによる強化、そして同時に”死の力”を強烈に宿してしまったことによる太陽神への弱体化。
それらを差し引きしたところで、新兵の騎士程度に片腕を奪われるはずがない。
「なんでだって? そんなの、決まっているだろう。
ボクは負けるわけには行かないんだよ、お前には、お前にだけは」
砕けかけた鎧を纏い、力の入っていないはずの瞳で、こちらに構えてくる1人の少女。
……確かに、致命傷は負わせたはずだ。慈悲の王冠による治癒があろうとも、それよりも深く傷を付けた。
命を奪えずとも、動けるような傷ではない。それだけは間違いない。
「負けるわけには行かないだと?
それはこちらの話だ。私は450年かけて、ここにいるんだ」
「ハッ、450年、奪い続けて、また奪いに来たんだろう? お前は――ッ!」
踏み込み、放たれる一撃。それをこちらの剣を持って防ぐ。
――この剣で槍を相手にする近接戦闘。
そのために用意したこちらの魔術式は2つ。
ひとつは、この剣、数々の剣士を葬ってきた”竜の尾”。
ひとつは、反響する空間。
どちらも原理としては極めて単純なものだ。
片や鞭のようにしなる剣を、そうとは見えないように、通常の剣であるように幻惑しているだけ。
もうひとつのほうは、見えない壁を用意して、投げたものが延々と跳ね返るようにしているだけ。
どちらも極めて簡易な術式だ。
だが、近接戦闘をこなしながら展開するには、この程度でなければいけないし、そもそもこの程度で充分なのだ。
近接戦闘しか出来ない戦士を屠るには、この程度の魔術で充分なんだ。
「ッ、他者から奪って何が悪い!? 元より魔術師とはそういうものだ。
魔法王とは、人々から魔力を奪うことによって成立している!」
「ハッ、だから全滅したんだろう! 300年前に、スカーレット王に倒された! 誰も、彼も!」
――マズいぞ、とてもマズい。
これらの術式は、仕掛けが分かってしまえば対処できる程度の攻撃だ。
普通なら、仕掛けを見抜く前に殺せるから何の問題もない。
だが幾度となく致命傷を浴びせてもなお、こうも立ち上がってこられては……ッ!
「知ったような口を、叩くなァ――ッ!!」
あの”慈悲王”に魔法王としての座を奪われて以来、歴史の底辺で全てを見てきた。
魔法皇帝の死も、魔法王どもの乱立も、そしてスカーレット王による魔法王の討伐も。その全てを。
「450年も生きていたのなら、分かるだろ? ヘイズ・グラント。
他者から奪うだけの人間が、為政者で入られる時代が、200年も続いたことの方が異常なんだって」
ひと振り目の剣を弾き飛ばす小娘。
返す刃で放つ一撃で、今度こそ首を狙う。
ここだ。いい加減、ここで殺しきれないと、本当に見抜かれてしまう――
「お前は知らないから言えるのさ。魔法王の時代に、どれほどの進歩があったのかを。
あと、もう100年続いていれば、天空も、大海も、時間でさえも支配できたはずだ。
その可能性を摘み取ったのが、スカーレット王だ! 奴は、この世界の進歩を止めたんだ!」
この言葉を言い切る頃には、小娘の首は落ちている、はずだった。
少なくとも、ここまでのように深手くらいは負わせている、はずだった。
「――その前に、お前ら魔法王が、全ての人間を使い潰していたさ。
魔法時代を通してどれだけの人口が減ったのか、知らない訳じゃないだろう?」
見えていないはずだ、この小娘には、曲がりくねったこちらの刃は見えていないはずだ。
今の私は、ただ剣を空振りしているようにしか、見えていない、はずなのに――ッ!?
「ッ、見えているのか!? お前――ッ!!」
「見えてるに決まっているだろ。魔法時代が続いた先の結末なんて、誰の目にも、見えているよ――」
鞭のようにしなる刃を、自らの槍で絡め、振り払うクリス・ウィングフィールド。
その力に、こちらの右手から剣が、吹き飛ばされていく。
「――だから、お前は負ける。たとえ、ここで勝ったって、このグリューネバルトを手に入れられたって、すぐにスカーレット王国に倒される。
竜帝国からの支援なんてない。ここを支援することに、ドラゴニアの利益なんてないんだ!」
――出来る限り、飛び退く。翼を広げているだけの余裕はない。
その余裕を稼ぐために、距離をとって、再び無数の金属片を造り出す。
「来るなァ――ッ!」
「ここで勝とうが負けようが、お前の国は、成立しない!
だからお前には勝たせない! お前には奪わせない!
沈んで消えると分かっている男に、何ひとつとして渡してやるものか!」
無数の金属片を放つ。この小娘が纏っているのが、太陽の鎧なんていう代物でなければ、これひとつだけで必殺の攻撃なんだ。
僅かばかりの魔力を乗せたこれは、鎧程度なら容易く貫けるんだ。だから、本当なら、勝てる、勝てている、はず、なんだ……ッ!
「ッ、ま、待て! 来るな、来るなァア……!」
少女は槍を投げ捨てて、四方八方からの金属片を、両の手で掴み、落とす。
目視できる速度は超えているはずの極小さい物体を、掴んで、止める。
そんな桁外れの芸当をしながら、こちらへの進行を全く止めない。
「――これで、終わりだ、ヘイズ・グラント。お前が”魔法王”に戻ることは、ありえない!」
炎に燃えた右の拳が、こちらの胸を貫く。
かつてのドラガオンとしての肉体ならばともかく、死の女神に汚染され尽くしたこの身体では、防げない。
浄化をもたらす炎を防ぐ術が、ない……ッ!
「無駄だ、クリス、ウィングフィールド……私は、死なない。
器は、いくらでもある。私の魂は、不滅だ――ッ!」
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