第44話

『無駄だ、クリス、ウィングフィールド……私は、死なない。

 器は、いくらでもある。私の魂は、不滅だ――ッ!』


 ヘイズ・グラントの、腐りかけの心臓を握りつぶすまで。

 ボクは強烈な興奮状態の中にあった。


 ――”慈悲の王冠”によって幾度となく与えられた再起の機会。

 そのおかげで見えた、ヘイズの術式と、その突破法。

 癒されていく傷と、残る痛み。

 痛みを紛らわせ、生存するために用意された興奮と熱狂。


 そういったものがなければ、きっとボクに、人の形をしたものを殺すなんていう真似はできなかっただろう。

 これは竜人だとか、元々450年前に死んだ死体だとか、ベティの仇だからとか、そういう冷静な割り切りよりも、戦闘における興奮こそに身を委ねた。だから、これだけのことができた。


(――けど、これは、失敗したかも、しれないな)


 ヘイズは言った。器はいくらでもある。自分の魂は不滅だ、と。

 では、その器とは誰だ? 決まっている。

 フラウフリーデ・グリューネバルトその人だ。


(殺す直前、脅しをかけて、交渉に持ち込めば、あるいは……)


 450年ぶりに取り戻した身体だ、交渉材料としては充分だっただろう。

 殺さないことを条件にフラウ殿下を取り返す。それくらいのことが、もしかしたら……。


「――クリス!」


 背後からの声、ベアトの呼ぶ声に振り返る。

 そして、その遠く後ろに屋敷の兵隊さんたちが出てくるのが見える。


「ベアト、あいつは、まだ……」

「……ああ、分かってる。身体を失ったとしても、だろ?」


 領軍の兵士さんたちが、ボクらを取り囲みつつ、ヘイズの遺体を警戒する。


「やぁやぁ、お嬢ちゃん。ドラガオンと戦えるってのは、本当だったらしいな?」

「――デニス、バルテル」


 1週間前、ボクの身体をベタベタ触ってきた変態が、切り込み隊長か。

 まぁ、自然な流れかな。今のボクらは、死に汚染されたドラガオンを倒した化け物だ。

 英雄として加工された情報が既に流布していれば今頃ヒーローだったんだろうけど、その断定がされているはずもない。

 だから、まっとうな人間は警戒する。そのなかで切り込んでこられるのは、こういう奴なんだ。


「お、よく覚えててくれたな。クリスティーナ」

「そうそう忘れませんよ、貴方みたいな変態野郎のことはね」

「んー、手厳しいね。で、ベティちゃんにクリスちゃんよ、君らいったいなにがあったんだ? 随分と雰囲気変わってるけどさ」


 事情聴取か。悪いけど、これに付き合っている暇は、ないんだよな。

 ……どうしようか。

 それを考えていると、ふいにベアトがこちらにウィンクをしてくる。

 なるほど、やるつもりなんだね。あれを。


『――おい、デニス。フラウフリーデの居場所を教えろ。

 あと、他の奴らは徹底的に警戒しろ!

 今回の敵はヘイズ・グラント、奴は傷を付けた人間の体を乗っ取る! 傷だ、傷に注意しろ!』


 慈悲の王冠をつけているから、ボクに対しては、きっとそこまでの効果はないんだろう。分かっていたけど、一応、耳を塞いでおいた。


「――ああ、殿下なら中庭だ。いざというときの脱出路が噴水の真後ろにある。

 そこから逃がしているはずだぜ」


 言い終えてから、ハッと我に返るデニス。

 その青ざめた表情が、少し、面白い。


「ありがとよ、デニス・バルテル。お前はグリューネバルトで一番の忠臣だ」

「――ッ、いやいやいや、待て! いかせねえぞ!」

『オレたちに構うな、ヘイズの伏兵に警戒しているんだ、分かったな?』


 支配の魔法を用いて、回れ右をさせるベアト。

 その後ろにスッとついて行く。これで、ここの喧噪は抜けられる。


「建物の中を突っ切って行こう。良いな? クリス」

「ああ、ウマタロウは、無事みたいだね……」

「もちろん。このオレが治したんだ。お前が死なないように着地させてくれたおかげさ」


 死ななきゃ治す、だなんてふざけた言葉だと思ったけど、よく実行してくれた。

 流石は”慈悲王ベアトリクス”というわけだ。


「ごめん、ウマタロウ! 少し休んでて!」

「ヒヒン」


 一瞬ばかり視線を交わして、裏庭へと向かう。

 1週間ばかり”記憶喪失のベティ”と不可思議な共同生活をした”竜の腹中”に、再び足を踏み入れる。


「クリス、お前の方は、大丈夫なのか?

 いくら治癒しても、体力は消耗してるはずだぜ」


 横目で、こちらに視線を送ってくるベアト。

 この建物の中でこうやられると、あのころに戻ったみたいだ。

 ベティとしての日々に、戻ったみたいだ。


「うん、大丈夫だよ。鍛えてるからね、昔から」

「分かった。最後まで頼むぜ、クリス――」


 突き出された拳に、拳を持って応える。

 ふふっ、やっぱり中身は男の子なんだね、こういうのが好きだなんて。


「――ああ、終わらせよう。

 ボクらの子供たちがまた、450年後に襲われるなんて、冗談じゃないからね」


 そしてボクらは、走り出す。

 ヘイズの魔術、ベティ・トリアルという少女とウィアトル・トリクシーという少年を分かち、フラウフリーデ殿下とゴットハルト先輩を苦しめる”乗っ取り”の魔法。

 それに、対抗するために、それを、終わらせるために――

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