第41話

 ――着地した瞬間から分かっていた。愛馬の、骨が折れたんだ。

 ボクらには稀代の魔法王がついている。

 きっと、彼女ならば治してくれるだろう。

 そう分かっていても、苦痛で悲鳴を上げたウマタロウに、心がちぎれそうになる。

 

「……治せるんだね、ベアト」


 傷ついた愛馬から降り、傷つけてしまわないように、そのたてがみを撫でる。

 今のボクは、太陽の鎧を纏っている。少し力の加減を間違えれば、大惨事だろう。


「ッ、だが……」

「――良い、分かってるよ。あいつの相手は、ボクがやる」


 トドメを刺すつもりだった。だけど、殺しきれなかった。

 分かるんだ、あいつもまた降りてきている。あの黒煙の向こうに、奴はいる。

 ……落ちたのが前庭として、背後が屋敷なのはまだ、良かったかな。

 これで怯えながらもちらちらと見ている人たちを少しは守れるというものだろう。


「……手早く済ませよう」

「いいや、それよりも”確実”にやってほしい。彼はボクの”相棒”だからね」


 浅く息を吐き、深く吸い、深く吐く。

 そうして僅かな時間で呼吸を整えていく。昔に習得した呼吸法だ。

 まさか、こんな真剣勝負で使う日が来るなんて、思っていなかったけれど。


「――分かった。頼んだぞ、クリス」

「うん、”ベティ”の仇は、ボクが取るよ。ベアト――」


 王冠から溢れ出す太陽の力は、既に全身を循環している。

 分かる。今、ボクは”慈悲の王冠”の力を最大限に引き出している。

 これ以上はない。これ以上は、ないんだ。


「――よくもまぁ、生まれたての”太陽騎士”が、私の腕を奪ってみせたものだよな」


 黒煙が風に消え、つい先ほど空中では翼竜だったはずの男が、立っている。

 黒い角に、白い髪。生前はドラガオンらしく流麗な容姿をしていたのだろう。

 乾燥しきった肌に、腐りかけの肉が落ち、骨が露出していてもなお、それくらいは分かってしまう。

 なるほど、確かに文献に聞くのと同じだ。ドラガオンというのは、どいつもこいつも容姿が端麗だ。


「新兵にやられるのが、そんなに珍しいのかい? あいにくとボクは歴史には詳しくなくてね」

「フン、無学だな、小娘。それも仕方ないか。

 ”皇帝”のおかげで太陽の神秘は、その大半が失われたのだ。だからもう、騎士も残されてはいない」


 ……教会系のアーティファクトと、その滅失か。

 ここ数ヶ月で仕入れた歴史の知識を繋げれば、こいつの言っていることは恐らく分かる。だけど、それは無駄なことだ。今、この瞬間においては。

 だって、こいつ、ボクと話している隙に、グズグズになっていた片腕を、再生させやがった……ッ!


「――さぁ、太陽の騎士よ。お前たちに最も、効果的だった攻撃を、してやろう」


 一瞬の間に、右手に用意された魔術式。

 そこから放たれるのは”漆黒の光” それはボクから僅かばかりにズレている。

 だから、分かる。こいつの狙いは、ボクの真後ろ。

 グリューネバルトの屋敷、そのものだ――ッ!


「ッ……この、ゲスが……ッ!!」

「フフッ、相変わらず太陽に愛される者は、底抜けの馬鹿だな」


 この光を素通しすれば、ボクの後ろで数十人の人間が死んでいただろう。

 下手をすればベアトやウマタロウに当たっていたかもしれない。

 そう思ったら、ボクは動いていた。光の射線上に立って、いたんだ。


「このまま、お前ごと、ぶち抜いてやる。

 この場にいる人間は、1人残らず”死の女神”に捧げてやろう!」


 漆黒の光、それを受け止めている鎧が、どうしようもなく痛い。

 慈悲の王冠から溢れ出る力が、何とか相殺してくれているけど、いつ、ぶち抜かれるか、分かったものじゃない。


(槍を回せ、だったね……ベアト)


 漆黒の槍を握り、限界寸前のところで”構え”て”回す”んだ。

 巻き起こせ、太陽の旋風を。あの”死”を打ち払った”光”を!


「ッ、つくづく、不愉快だな――!」

「――底抜けの馬鹿が、底を抜いてくるのは、不快だろうね!」


 太陽の旋風で、ヘイズの光は打ち消した。

 そして、そのまま、突き進む。前へ、前へ、前へ。

 他者を守ることが”底抜けの馬鹿”だというのなら、そのまま抜ききってしまえばいい。


 ――ボクにとって”後悔のない選択”は、全てに優先する。

 だから、今のボクは、強い。

 だって底抜けの馬鹿だろうが、なんだろうが、このヘイズ・グラントという男から、誰も彼もを守れたんだ。

 だから、今、ボクの心には”一点の曇り”もない!


「さぁ、決着をつけようか。ヘイズ、グラント……!」


 至近という距離に入る。こちらの槍は、あちらの喉元を狙い、それは奴の持ち出した”竜の尾を模した剣”に阻まれる。

 なんだ、この武器、妙なデザインをしている……気味が、悪い。


「フン、よかろう。クリス・ウィングフィールドと言ったな?

 貴様の血を、我が復活の美酒としてやろう」


 そう、奴の剣が、弧を描く。

 ボクは、反射的に槍で、はたき落とした、はずだった。

 ――けど、感触がなかった。金属を叩き落とした感触が、なかった。

 次に、槍を握る右手首に、激痛が走った。

 関節部だ、鎧の隙間だとは分かったけど、いったい何にやられたのか、分からなかった。


「フン、普通ならこれで手首は落としているんだがな。流石は”太陽の神秘”か」


 ッ、何を、喋っているんだ、こいつは……!

 とっさに槍を持ち替えて、構え直す。その隙を突かれなかったのは僥倖。

 けど、ここから先、何が、どうなるか……!

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