第40話

 ――慈悲の王冠、その出所にも謎が多い。

 慈悲王が初めから愛用していたということ以外は謎なのだ。

 記憶を取り戻した慈悲王・ベアトリクスからそれを聞き出す暇はなかった。

 そして今も、それを考えている暇はない。

 目の前に、巨大な翼竜が、腐りかけのヘイズ・グラントがいるから。


「殺す、だと――?」

「――ああ、殺してやるさ」


 交わした言葉、それが再開のゴングだった。

 あちらの振るい降ろしてくる一撃を、こちらの一振りで完全に押し返す。

 それができる。

 ”慈悲の王冠”というのは、凄まじいアーティファクトだ。

 このボクが、翼竜としてのドラガオンと、対等に渡り合っているなんて。


「ッ、……!」


 翼竜形態のヘイズを相手に、その巨大な質量に立ち向かう。

 そんな互角の戦闘、その高揚感の中で、調子に乗ってしまっていた。

 気づいたら、こちらは”押し出されて”いた。

 ベアトが用意してくれたスカイストリートから、押し出されたんだ……ッ!


「ヒヒ……ッ!?」


 支えを失い、ガクンと落ちる身体。

 自由落下への恐怖を感じ取ったボクも、ウマタロウも一瞬”自制”を失う。


「ハハハ! 翼もなく、空に上がるからだ! 死ねぇ!」


 そして、その隙を見逃す程度の相手ではない。

 こちらを食い殺すように、牙が狙ってくる。

 自由落下に任せるだけじゃない。ボクらを、確実に殺すつもりだ。

 クソ、慈悲の王冠に、破格の力を与えてもらっておいて、これか……ッ!


「おいおいおい、お前の背中に、誰が居ると思っているんだ!?

 ――クリエイト<ストーンウォール、スカイストリート>ッ!」


 諦めかけたボクに、発破をかけてくれるベアト。

 そして彼女の魔術は、簡単にヘイズの追撃を阻み、こちらに逆転の機会をくれる。


「安心しろ、クリス。オレがついている。

 魔法王が1人、魔術式にだけ集中できる状態で、ついてるんだ。

 そう簡単に負けさせやしないさ」


 再び、空中に足を着けるボクとウマタロウ。

 ここからだ、ここからが本番だ。もう一度、ベアトがチャンスをくれたんだ。

 ――握る槍に渾身の力を込め、溢れ出す力を炎と変える。

 太陽神を祀る教会系のアーティファクト、その力を存分に引き出す。


「仕掛ける……ッ!」


 ボクの言葉を理解し、駆け出すウマタロウ。

 その速度に任せ、ボクは狙いを定める。こちらの目的はただひとつ。

 相手がまだ、こちらの力を侮っているうちに、爪のひとつでも、貰い受ける!


「無駄だと分からないのか? 小娘ッ!」


 まっすぐにこちらを狙ってくるヘイズの爪。

 圧倒的に巨大なそれに、臆することなくボクは突き出す。

 幾度目かのぶつかり合い。つい先ほど、押し負けたそれの繰り返し。

 だけど、ボクは負けるつもりはない。

 分かるんだ、刻一刻と”王冠”から流れ込む力はボクの中に循環し、強くなってる。

 だから、負けない。さっき負けても、今度は負けない。


「もらうよ、その”左腕”――ッ!!」


 爪のひとつだけでも砕くことが出来れば僥倖。

 そう思っていた。けど出来る。このまま、その奥まで、突き抜けられる。

 砕ける! 溢れ出す太陽の力は、それほどまでに絶大なんだ。


「な、に……ッ!?」

「終わらせてやる! ヘイズ、グラント――ッ!」


 このまま、ここで、殺す――!

 こいつを倒せば、全てが終わるんだ。こいつに体を奪われているフラウ殿下も、それを救おうとするゴットハルトさんも、守れる!


「そう、易々と――!」

「無駄だなァ! ヘイズ! クリエイト<ストーンチェイン>ッ!」

「ベアト、貴様……ッ!」


 慈悲王ベアトリクスによって創造される石の鎖。

 それが、ヘイズ・グラントによる次の一手を封じる。

 ああ、ここだ、ここなんだ。今、ここで、ボクはトドメを刺すんだ……ッ!


「終わらせるよ、ベアト――!」

「――ああ、頼む、クリス!」


 ベアトの声に、全てを感じる。かつての少年が背負わされた宿命を。

 そうだ、終わらせてやる。

 ウィアトルという少年から全てを奪った、かつての”暴君”をボクは、殺す――ッ!


「――燃え尽きろ、死に損ない!」


 爪を砕き、腕を破壊した槍の一撃。

 それをそのまま、深く深く押し込んでいく。

 溢れ出す力を集中させて、全てを刺突に乗せていく。


「まだ、終わってない……ッ!」


 ベアトのストーンチェインに縛られながら、無理矢理に”漆黒の炎”を吐き出すヘイズ。

 死というものに汚染され切った炎と、太陽神の加護から生じる炎。

 相反する2つの炎がぶつかり合い、壮絶に、爆ぜる。


「ッ……!?」


 強烈な力の暴発に、吹き飛ばされ、落下していくのが分かる。

 相手も無事では済んでいないだろうけど、こちらもこのままでは無事でいられない。

 ベアトが用意してくれたスカイストリートも、この爆発で崩れていくのが見える。

 ボクが今、目を開いていられるのも”慈悲の王冠”が与えてくれた鎧のおかげでしかないんだ。


「クリス、空中は無理だ! 地面に着地場所を作る! 降ろせるな?!」

「ッ、けど、無傷じゃあ、済まないよ……?」

「――良い! 死ななきゃ治す!」

「分かった、やってみせようじゃないか。ウマタロウ――ッ!」


 手綱を握り、ウマタロウと呼吸を合わせる。

 狙うは、着地だ。この爆発の最中で、少しでも生き残れる可能性を上げる。

 ベアトからの指示に合わせ、悪足掻きをする。

 少しでも方向を調整して、安全な着地に努める。


「ッ――最悪の気分だね、これは……」


 そしてボクたちは、凄く久しぶりに地面に降り立った。

 グリューネバルトの屋敷、その正面に用意されている巨大な庭園に。

 本来であれば、数多くの来客を招き入れるための、その場所に。

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