第39話

 ――夕日が沈みかけた頃合い。

 慈悲王の生誕を祝う祭りの中で、天空に現れた巨大な翼竜。

 それは人々の瞳に、どう写っていたのだろう。

 そして翼竜の眼前で構えたボクたちは、いったいどう、見えていたんだろう。


「フン、そんなに死にたいか――ベアト、リクス……ッ!」

「クリス、槍を回せ! 王冠の力、そちらに流すッ!」


 ヘイズの挑発に応えることもなく、王冠から溢れ出す力の制御に集中するベアト。

 彼女から流れ込む太陽の熱を、両腕に感じる。

 なるほど、こいつで、あいつが口に蓄えている漆黒の炎を、防いでみせろと。


「いまさら、何が出来る――ッ!」

「うぉおおおお!!!」


 ボクにも、相手の言葉を聞いている暇はなかった。

 ベアトからボクの身体に流れ込んでくる力の熱さ。

 吐き出される寸前の、死をまき散らす漆黒の炎への恐怖。

 出来ることはひとつ。ボクは全力で回転させる。

 回転した槍がひとつの盾となるように。


「あああああ――――ッ!」


 吸い込む、触れる、どれひとつとっても深刻なダメージとなるであろう漆黒の炎。

 それを、慈悲の王冠から流れ込んでくる太陽の力を持って相殺していく。

 先ほどの疑似的な太陽でなく、槍の回転によって防いでいるのは面積の拡大と、この”相殺”のためなんだ。

 さっきはボクらが居たところ以外、素通しで直撃して草木が枯れ果てていたから。


「っ、バカな――ッ!」

「息切れかい? ヘイズ、グラント!」


 漆黒が途切れた刹那、ウマタロウを走らせ、距離を詰める。

 スカイストリートもヘイズに向かって延び進んでいく。

 ――倒す。

 たとえ敵がボクより何十倍も大きくたって、こいつは倒さなきゃいけない。

 こいつを生かしておけば、何百人もの人間が死ぬことになる。

 タルドさんも、フラウ殿下も、レイモンドさんも、誰も、彼も!


「小娘が……ァ!」


 次の炎を用意するまで間があるのか。

 それともボクらが近づきすぎたから、その対処を優先させているのか。

 どちらにせよ、ボクらだけを狙ってくるのは、好都合だ!


「クリス、危険だ!」

「ッ、いや、これで良い! これで!」


 こちらを狙ってくる翼竜の爪、それをギリギリのところで回避。

 いや、こちらの槍で軌道を逸らしながら、相手の懐へと飛び込む。


「ベアト! ぶっ飛ばして!」

「おう、行くぞッ! クリエイト<マスターキー>!」

 

 ボクの槍で、こいつの肉を突いたところで決定打にはなり得ない。

 先ほどまで流れ込んでいた太陽の力の名残があるから、かろうじてダメージを与えられているだけだ。

 でも、ベアトは違う。彼女の術式であれば……!


「クッ……!」


 マスターキーが爆裂し、鱗と肉が飛び散る中で、再びヘイズの爪がこちらを狙う。

 その軌道は的確で、こちらは槍を持って防ぐことしかできない。

 避けようとすればかすめ取られていた、こちらの全てを。


「ッ……!」

「フン、このまま捻り潰してやる……ッ!」


 だけど、真正面から受け止めているこの状況もマズい。

 とてもじゃないけど、受け流すだけの余裕はないし、耐え続けるだけの力もない。

 このままじゃ、力負けする……っ!


「こいつを使うんだ、クリス――」


 両腕で槍を押さえるボクの頭上に、ベアトが何かを乗せる。

 そして、そこから流れ込む強大な力に、それがなんなのかを察する。


「――良いのかい? ベアト」

「構わない。お前ならきっと、使いこなせるさ――」


 頭上の”王冠”から溢れ出してくる力が、全身を焼き尽くす。

 そして、次の瞬間、ボクは押し返していた。

 爪の1本だけでボクの身体くらいはありそうな巨体を、この両腕で。


「鎧……?」


 全身に回った炎は、消え失せることなく、金属として定着した。

 それも、ボクだけじゃない。ウマタロウまでも。


「やはりか。オレには、こう使えはしなかったが、お前には出来るんだな」

「いったい何なの? これ」

「詳しくはオレも知らん。だが、これもまた王冠の力のひとつだ。

 教会系のアーティファクトらしく”太陽騎士”としての力を、与えるのさ」


 太陽騎士とは、これまた仰々しい名前だね。

 けど、こうして黄金色の鎧に全てを覆われていると、それも分かる気がする。


「チッ、教会時代の遺物が……ッ!」


 なるほど。教会系のアーティファクトというものは、当時の魔法王たちにとっては一般常識というわけか。

 ボクは文献で多少触れていると言うだけで、詳しく知っているとはいえないけど、まぁ、話を合わせる程度の知識はある。


「そうだ、ボクは”太陽騎士クリス・ウィングフィールド”

 お前みたいな”翼竜”と”死霊”の天敵さ」


 全身から溢れ出す太陽の力を、まき散らしながら、漂う死の空気をふりほどく。

 そして名乗りを挙げた。

 この力がなんなのか。その根本までは知らないけど、知っているふりをした。

 そのほうが、ヘイズへの牽制になる――


「抜かせよ、小娘。

 お前のような”太陽の使い”を、私が何人殺してきたと思ってる――?」

「――知らないね。ただ、ボクは今から初めて”ドラガオン”を殺すことになる」

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