第37話

 ――途切れかけた意識、付与された偽りの目的。

 ”支配”の魔法から逃れるのは至難の業だった。けれど、今、ボクは、ここにいる。

 殺されかけそうだったベアトを背に、憎き黒幕に、向かい合っている……!


「フン、お前らの血と肉を、我が復活への貢ぎ物としてやろう」


 ヘイズから強烈な殺気を感じる。

 だが、相手は魔術師だ。

 どんな攻撃をしてくるかなんて、ボクには予測もつかない。


(右へ避けろ、クリス――)


 背中からの声、従うまま、愛馬を右へと逸らす。

 瞬間、ボクらのいた場所に青い電流が駆け抜けていた。


「チッ、動きの良い肉体を手に入れたようだな? ベアト……!」

「フン、オレほどにもなると、お前みたいな魔法は要らないのさ」


 軽口を返しながら、ボクに耳打ちをするベアト。

 ”魔術の発動はこっちが読む。その他は任せた”――か。

 ふふっ、いいだろう。君を信じよう!


「行くよ、ベアト、ウマタロウ――」

「――ヒヒーンッ!」


 崩れかけの城、壁のない廃城で愛馬・ウマタロウを走らせる。

 故郷からアカデミアへの遠くの旅、その中で出会ったボクの最強の相棒を。


「小娘が騎兵とは、笑わせる――ッ!」


 左に避けろ、その言葉は、確かに響いてくる。

 そして、ボクの動きを感じ、ウマタロウも合わせてくれる。

 ボクを中心にしたこの連携は、上手く回り始めた。


(道を、用意するぞ、クリス――!)


 ヘイズが放つ雷という魔法、それを避けることに終始する中で、ベアトが告げる。


「――クリエイト<ストーンウォール>!」


 生み出される石壁、それが波のように動き、ボクたちに随行する。

 こちらを狙う全ての攻撃を阻んでみせる。

 なんて高度な魔術の展開だろう。リアルタイムに石壁を造り続けるだなんて。


「クソッ、良い気に、良い気になりやがって……!」


 押している、勝てる。魔法王同士とはいえ、敵は1人の魔術師。

 こちらは2人と1騎だ。単純に手数が全く違う。

 避けること、防ぐことをこちらがやる。その間にベアトが魔術を展開していく。

 

「終わりにしよう、ヘイズ・グラント――!」


 ウマタロウの上から”漆黒の槍”を振り下ろす。

 こちらに迷いはない。この1撃は、ヘイズが奪った身体ごと、ヘイズを殺す。

 はずだった――


「……加速しろッ!」


 ――異様な速度で動き出すヘイズ。

 それ自体が術式であることを理解するのに一瞬。

 そして加速したヘイズが、こちらへの攻撃を仕掛けて来ないことへの理解に、もう一瞬。

 2度、時間を無駄にしてしまう。それは加速したヘイズ相手には、決定的だった。


「クリエイト<ストーンチェイン>――ッ!」

「無駄だ、腐り、落ちろ――ッ!」


 石で練り上げられた鎖をもって、ヘイズの身体を縛ろうとするベアト。

 けれど彼女の術式は、ヘイズの腐敗の力を持って防がれる。

 ……あれは、魔法というよりもベインカーテン系の呪いに近い力か。


「――さぁ、力を見せろ。”慈悲の王冠”!」


 荒城に残されていた古ぼけた巨大な魔術式。

 その中央にたどり着いたヘイズが”慈悲の王冠”を掲げる。

 1週間前に海上霊廟で見て以来、現物を見るのは酷く久し振りだ。


「お前、オレの血は要らねえのか! 死に汚染されたまま、蘇るつもりか!?」

「それがどうした? 我が目的は、まずは復活すること! 

 肉体の修復など、後からどうとでもなるッ!」


 封印術式の正当な解除には、術者の死体と術者の愛用する魔道具が要るという話だよね。

 となると、ヘイズの奴、戦力差を理解したもんだからベアトなしで無理矢理な復活をするつもりか――!


「ベアト、お前が無駄な抵抗をしたから”死竜”が、お前の街を滅ぼすことになる。

 せいぜい、爪を噛みながら、眺めているが良い――ッ!」


 慈悲の王冠に呼応するように、足下の術式が、太陽色に輝き始める。

 そして、直後、どす黒い死が溢れ出してくる。


「ベ、ベアト……これ、何が出てくるの!?」

「竜だ、翼竜が、死霊の力に汚染されて、出てくる……ッ!」


 死に汚染された竜、だと?


「それって、どうなの!? どうなるの……?」

「さぁな、オレも450年たったものがどうなってるのかは分からん。

 ただ、奴の吐息は、人間を”動く死体”に変えるはずだ」


 端的に言えば、ゾンビを生み出せるドラゴンになるわけか。

 ……とてもじゃないけど、勝ち目なんて、あるの? そんなものに。


「――ァあア、懐かしい、懐かしいぞ。我が”肉体”よ!」


 どす黒い障気の中、巨大な翼が突風を引き起こす。

 それ自体は、ベアトの石壁が防いでくれる。けれど、その向こう側で――


「……フフ、これだ。この膨大な質量こそ我が”肉体”だ。

 ようやくだ、ようやく私は、戻ってきたのだ……」


 ――巨大な翼竜が、腐りかけの肉を纏い、骨を露出させたドラガオンが蘇る。

 ッ、これが竜人の本来の姿、これがドラガオンの翼竜としての、姿……!

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