第36話

「フン、風の刃など――ッ!」


 言葉もなく同種の風の魔法をもって、相殺に持ち込むヘイズ。

 そして再び、雷が放たれる。


「クリエイ、――ッ!?」


 創造の呪文を紡ぐ前に、全身に強烈な”重さ”がかかる。

 ”重力”とやらの強化か!? 魔法皇帝の野郎もよく使っていた……!


「ッァァアア……!」


 重力強化による足止め、雷に焼かれる身体。

 マズい、これは、マズい……!


「――お前との永い因縁も、ここまでだな」


 雷の一撃で、死ぬことはなかった。

 だが、床に倒れ込んだ身体には全く力が入らないし、呼吸を行うことすら辛い。

 息を吸うたびに砂埃が口にまみれても、それを吐き出すことさえできない。


「クク、よく、ここで待っていてくれたな?

 お前の”死体”が必要なんだ。これで私は、何の危険もなく”身体”を取り戻せる」


 ッ、ヤバい、これは、ヤバい……もう、打つ手がない……ッ!

 乱れる呼吸を整え、僅かばかりの息をためる。

 こうなれば、もう取れる手はひとつだ。

 この身体ごと、ヘイズ・グラントを、……ッ!


「450年だ、本当に永遠かと思ったよ。

 まさか魔法王という存在そのものが滅んで、そこからさらにその倍の時間も地下に潜り続ける羽目になるなんて、な」


 近づいてきたヘイズが、短剣を構える。

 確実にこちらの命を奪いたい、そういうことなのだろう。

 だが、これでいい。これなら僅かでも”相打ち”に持ち込める可能性が残る。


『――ウィアトル・トリクシー。生きなさい、私の身体を使ってでも、生き続けなさい』


 僅かな一瞬、それに全てを賭けようという、異常なまでの集中とそれによる時の減速。

 そんな永遠のような一瞬で、再び”ベティ姉さん”の支配が、オレの意思を縛る。


(悪いな、ベティ――オレはオレが死ぬことよりも、貴女の仇を取れないことが、辛い……ッ!)


 150年間振り払えなかった支配を、

 300年前に自害を選べなかった呪いを、今、ふりほどく。

 そうだ、出来ないはずがないのだ。今のオレは”慈悲王”という名の魔法王。

 かつての少女が残した”支配”など、振り払えないはずもない。


『そんなことは、させない。君は、ボクが守る!』


 本当に、あと僅かのところだ。

 ヘイズが短剣を振り下ろしたとき、オレが立ち上がって、その短剣に深く食い込んでやろうとしたとき、あいつとの距離を無にしようとしたとき。

 クリスの言葉が、脳裏に響いた。そして、一瞬、判断が鈍る。

 ”マスターキー”発動の瞬間が、遅れる……ッ!


(……くそッ、恨むぜ、クリス――!)


 ああ、もし、もしもオレがクリスを帰していなければ、彼女はオレを守ってくれたのだろうか。

 けれど、これで良かった。今のオレは、ヘイズに勝てない。

 こんな分の悪い戦いに、彼女を巻き込まなくて、良かった……。


「――こっちを見ろ……! ヘイズ、グラント……ッ!」


 ッ――なんだ!? なんだ、今の声は!?


「ッ……な、に……!?」

「蹴り飛ばすよ、ウマタロウ――ッ!!」


 響く蹄の音、減速なしの騎兵が、突っ込んでくる!


「乗って! ベアト!」


 飛び退くヘイズ、駆け抜ける騎兵。

 その一瞬の交錯で”クリス”が、オレの腕を握る。


「え、ど、どうして……!?」

「うるさい! ボクは言った! ボクが君を守ると!」


 握った腕、持ち上げられる身体、クリスが抱き寄せてくれるその感触。

 その全てに、涙がこぼれそうになる。

 ウソだ、どうして、どうして、オレは君を、帰したのに。君だけを、逃がしたのに……!


「チッ、いいところで邪魔をしてくれたな? 小娘――」

「――ハッ、お前のお楽しみを邪魔できて、最高の気分だよ、骸骨野郎」


 オレを背中に乗せて、ヘイズ・グラントと向かい合うクリス。

 思えば、彼女の愛馬に乗るのは、初めてだ。


「どうして!? どう、やって……?」

「――ベアト、ボクは怒ってるんだ、君のことを。

 ボクの意思をねじ曲げて、ボクに”後悔”させようとした君のことを。

 このボクにとって”後悔のない選択”は、全てに優先するからね」


 クリスの言葉に、声色に、有無を言わせるだけの余地はない。

 真紅の瞳は眼前の敵を捉えていながら、意識は確かにこちらに向いている。

 なんて、高度な真似を。これが、魔術を使えない、ただの学院生だというのか。


「けどね、ボクは許してる。君のことを許しているよ。

 だからさ、二度と、二度とボクに”許し”なんて請わないでくれ。良いね?」


 支配の魔法にかかっていた間の事を、あのときに求めてしまった許しを、覚えているのか。クリスティーナは。


「ッ、分かった――分かったよ、クリス」

「よし、じゃあ、倒そうか。ヘイズ、グラントを――!」


 黒い槍を構えるクリス、その背中で、オレはひとつ深呼吸をする。

 未だ速攻術式を使えるほどに身体の感覚は戻っていない。

 だけど、体内に残された魔力量は、多少の余力はある。

 そもそも出し切るほどの術式を用意できないから。


「だかだか、小娘が2人になったくらいで、勝てると思うなよ……?」

「フン、震える声で、何を言われたってねえ……ッ!」

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