第35話
――思えば、ドラコ・ストーカーが”慈悲の王冠”を狙っていた時点で”ヘイズ・グラント”という可能性に思い至るべきだった。
まぁ、そもそも記憶を失っていたのだから、どうしようもない話ではある。
しかし、竜族が”慈悲の王冠”という教会系のアーティファクトに価値など見い出すはずもないんだ。だって、人間でないあいつらに、教会系の力は扱えないのだから。
「――ここに足を踏み入れるのも、300年と何年かぶり、だな」
それなのに教会系の”慈悲の王冠”を欲する。
そんな奴、ヘイズ・グラントぐらいしか居ないんだ。
だって、あいつの身体は教会系の術式で封印してやったんだから。
だからだ。だからドラコ・ストーカーは”慈悲の王冠”の回収を最優先にしたんだ。
「こう考えると最初から腑に落ちるって訳かい……」
オレが仕掛けたあの封印術式を破るには、最低限”慈悲の王冠”が必要になる。
だが、慈悲の王冠だけでは、死の力を無力化できずに大惨事が起きる。
この邪竜の荒城が消し飛ぶくらいの大惨事が。
(まだ、死の力が溢れだした形跡はない。やはり動いていないようだな、ヘイズ)
砂埃にまみれ、壁さえも失われた荒城。
その中で、かつての自分が用意した術式と対峙する。
それは時の流れで古ぼけてはいるものの、術式自体に傷はなく、問題なく奴の身体を封じているように見える。
(……あのとき、別の身体に乗り移る暇を、与えてしまっていた、とはな)
450年前、魔法皇帝から”慈悲王”の名と王冠を与えられたあの日。
そこからオレが、ヘイズを殺すまでに殆ど間髪はなかった。
クリスと見たあの演劇では”潜入”自体がひとつの見せ場になっていたが、実際はもっと簡単だ。
魔法皇帝からの使者――その身分だけでオレは、ヘイズの前に立つことができた。
そう、まるで、今のように。
「……記憶は、取り戻したようだな? ベアトリクス」
「フン、竜人の身体は在庫切れ、か? ヘイズ、グラント――」
いつの間にか、ぬらりと現れていた。
灰色の衣服を纏う男が、そこに立っていた。
……同じだ、あの顔のないドラガオンと同じ、現れ方をした。
「ふふ、言うなよ、慈悲王。
そうそう竜人の死体が手に入らないことは、知っているだろう?」
「その割には、随分と惜しみなく使ったじゃないか? 2人も。
ドラコ・ストーカー首領は、ご立腹じゃないのかい?」
首領を偽った死体を見終えたクリスが呟いていた。
”違う、これは、ビルコじゃない”と。
あの言葉は、死体がビルコではないということ以上に、ビルコはこういう手段を選ばないという意味だったと感じる。
そして、その読みはオレも同じだ。僅かばかりの接点しかないが、ヘイズとビルコは決定的に違う。まず間違いなく部下の運用思想が噛み合わない。
「ッ、それが、どうかしたか?」
舌打ちを隠せないその態度に、状況が見えてくる。
いくらなんでもヘイズの動きが遅すぎると思ったが、そういうことだ。
こいつはおそらくビルコと一戦交えてきたか、出し抜いてきたんだ。
「いや、お前も存外、後がないんじゃないか?
450年かけた作戦も、尻に火がついているんじゃないのか?
あのビルコ・ビバルディは、お前を気に入っていないんだろう?」
こちらの挑発に、ヘイズの表情が、いいや、ヘイズが乗っ取った誰かの顔が歪まされるのが分かる。
「ハッ、俺だって当代の首領があんな甘ったれだとは思っていなかったさ――ッ!」
予備動作なしの”速攻術式”か――!
「――クリエイト<ストーンウォール>!」
放たれた雷を、眼前に造り出した石の壁を持って防ぐ。
懐かしい。やはり”雷”か。
いくつもの術式に精通しているくせに、こいつはいつも激昂すると雷なんだ。
「クリエイト<アロー>」
目覚め立ての時のように”矢”を生み出す。
だが、それはあの時のように自らで引くのではない。
もっと簡単な話だ。ヘイズの頭上に、5本ほどの矢を、生み出す!
「ッ、加速しろ……!」
加速した動きで、こちらへと距離を詰めてくるヘイズ。
ならば、こちらも迎え撃つだけだ。
「クリエイト<ドラゴンクロー>」
両手に”竜の爪”を模した手甲を用意する。
そして、近接戦闘を仕掛けてきたヘイズの一撃を、防ぎ切る。
「貴様、嫌がらせのつもりか? その、爪は……ッ!?」
「おいおい、イライラするなよ、ヘイズ? オレだって竜族の強さは認めてるんだぜ?
だからオレは、お前からそれを”奪って”やった!」
ヘイズが握る粗末な短剣を弾き飛ばしながら、その胴体を狙う。
だが、服の下に何かしらの防具を仕込んでいるらしく、刃は容易く通らない。
それどころか、マズいぞ、これは……!
「おいおい、どうした? ベアト。
まさか、この程度の術式に翻弄されているのか?」
ッ、野郎、防具からドラゴンクローを通して、雷を流してきてやがる。
腕が言うことを、聞かない……!
「雷を防いだらどうだ? これだけ近いんだ、お前も攻撃術式を使えよ。
火のひとつでも出してみろ」
……やかましいぞ、ヘイズ、グラント!
「クリエイト<ストームバースト>!!」
生み出した強風を持って、自らの身体を吹き飛ばす。
流れ出した雷が、こちらの身体を焼き切る事から逃れるには、こうするしかなかった。
「フフ、やはり、か。やはりそうなんだな? ベアトリクス」
「ッ、何を、勝ち誇ってやがる……ッ!」
クソッ、気取られた……ッ! やはり、相手は腐っても”魔法王”か!
「何をだと? 言わせるなよ、小娘。
お前、今、”創造”以外の魔法、使えないんだろ?
お前の特性しか、使えないのだろう?」
――嘲笑とともに勝ち誇るヘイズ・グラント。
だが、それもそうだろう。
魔術師同士の殺し合いは、その手数の多さが勝敗を分かつ。
あいつの手札が何枚ほど残っているかは知らないが、オレは1枚だ。
それも、いちいち詠唱が必要な”遅い”魔法だけだ。
「ハッ、お前を殺すには、これで、充分だぜ――」
……いや、まだ、こちらには”支配”の魔法もある。
だが、アレは切り札としては足りない。
ゴットハルトの支配がビルコに通じなかったように、オレの支配がクリスになかなか通じなかったように!
「――クリエイト<ウィンドブレード>ッ!」
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