第34話

 ――扉を開いた瞬間から、そこには殺気が満ち溢れていた。

 そして、近づくこちらの気配に、ゴットハルトは既に気づいていた。

 分かった上で、ただ、待ちかまえていた。”黒苺の停留所”その中央で。


「……どうして、1人なんだ? ベティ」


 青い眼光が、こちらを睨みつける。

 後ろからクリスが現れる可能性など、考えてもいない。

 完全に聞き分けていたのだろう。足音というものを。


「クリスは、帰した。アカデミアにな」


 中央のソファに座っていたゴットハルト。

 それが立ち上がり、こちらに近づいてくる。


「なんだ? 別人みたいだぞ、ベティ――」

「――やめろ、別にヘイズに乗っ取られたわけじゃない」


 仕込んでいる暗器に手を伸ばしたのが分かる。

 ……確か、鎖だったな。ビルコとやら相手に使っていた。


「ほう、では、何があったというんだ? 説明してもらおうか」

「ふん、簡単な話だ。オレは記憶を取り戻した。だからクリスを帰した。”支配”の魔法で」


 こちらの回答に息をのむゴットハルト。


「なぜ、俺と同じ魔法を……?」

「別に支配の魔法は、お前の専売特許じゃない。

 ちょっと450年前にも同じ才能を持った奴がいただけのことさ」


 450年前、その言葉にゴットハルトが何かを察した。

 そういう反応を見せた。さすがは聡明な男だな。


「気づいたな? オレの、正体に」

「……ッ、慈悲王、なのか? 貴女が」

「そうだ、このオレこそベアトリクス。

 魔法皇帝に直に認められた最後の魔法王”慈悲王ベアトリクス”だ」


 あの皇帝サマは、オレに慈悲王という名前をくれて10年も絶たないうちに殺された。

 だから、奇しくもオレが最後なのだ。

 オレの後にも魔法王を名乗る者たちが幾人も現れたが、それは魔法皇帝に認められていない”自称”に過ぎない。


「……聞きたいことは山ほどある。だが、それを聞いている暇はない」

「そうだな、オレにもグリューネバルトの遠い息子と暖めたい過去もある。だが、そんな暇はない」


 お互い、時間はない。

 ヘイズが一手打つだけで状況は激変するし、今日は生誕祭だ。

 最も人々が集まる日。奴が、動かないわけもない。


「……なぜ、クリスを帰らせた?」

「オレも”人の子”だからさ、グリューネバルト。

 あの娘は、オレたちとは違う。余所者だ」


 こちらの回答に、頷いてみせるゴットハルト。

 ここで議論をしても仕方ないことを、理解しているのだろう。


「時間はないが、それでも、聞きたいことがある。

 貴女が慈悲王だというのなら、ヘイズを、どうやって殺した?

 あの”乗っ取り”への対処法は?」


 乗っ取りへの対処法、か。

 そんなものを見いだせていたのなら、オレはあいつを取り逃がすなんて下手を打ってこの現状を招いてはいない。


「ヘイズの殺し方か? 簡単な話さ。

 まずは人智魔法で殺し、死霊呪術で汚染し、それを神官聖術……”慈悲の王冠”で教会系の力を模倣して封印した」


 ドラガオンという存在は、基本的には死ににくい。

 ヘイズのように魔法に長けたドラガオンは特にそうだ。

 だから、念入りに殺した。念入りに封印した。


「人智魔法はともかく、ベインカーテンと、教会系の聖術を組み合わせたのか……」

「不信心ってか? オレは魔術師だぜ、ゴットハルト」


 死霊呪術で汚染しただけでは、ヘイズの魂を殺すことができても動き続ける死体が厄介だった。

 それに、教会系の力は対死霊の力だ。死で汚染しておけば、単純な竜よりも封印が容易い。


「まぁ、信仰の話は置いておこう。それで”乗っ取り”への対処法は?」

「悪いな。それがないから、この現状がある」


 こちらの言葉に浅い溜め息を吐くゴットハルト。

 そもそも大きな期待は寄せていなかったように見えるが、それでも落胆の色は隠せていない。

 まぁ、当たり前だろう。オレだって大昔の伝説が目の前に立っているのに、そいつが敵への対処法を知らないと答えたらガッカリする。


「なるほど、そうか……」

「ゴットハルト、オレの見立てを伝えよう。

 ヘイズ・グラントがどう動くのか、その推測を」


 ――あの男、その性格、そしてオレが奴から奪ったもの。

 それを考えれば、あいつの動きは、読める。


「あいつは、まず身体を取り戻そうとする。

 取り戻したら、生誕祭を襲う。グリューネバルトの屋敷を、襲う」

「身体……? まだ、残っているのか?」


 ゴットハルトの言葉に頷く。

 現状、ヘイズが持っているのは”慈悲の王冠”だけだ。

 それだけで封印を解けば、必ず大きな反動がある。

 あいつらは、オレの死体を、オレの血を、手に入れていない。


「――邪竜の荒城、グリューネバルトには厳重に管理するように伝えてあるはずだぜ」

「ッ……あれか。おとぎ話の類だと、思っていた……」


 フン、魔法というものを知らない素人が言いそうなことだ。


「おいおい、ゴットハルト。魔法を前にすれば、おとぎ話だって現実なんだぜ?」

「ッ、それで、どう動く? 邪竜の荒城で待ち伏せ、か?」


 その動きはしたくない。こいつの顔には、そう書いてある。

 まぁ、それもそうだろう。

 だって、こいつにとって一番重要なのは”フラウフリーデ・グリューネバルト”なんだから。


「それは”オレ”がやる」

「なに……?」

「お前は、屋敷に張り付いていろ。

 ヘイズのことだ、荒城が固められていると知ったら”フラウの嬢ちゃん”を動かす。

 そうなれば、何をどうしようとグリューネバルトは、終わりだ」


 たとえヘイズの完全復活と、翼竜によるこの街の滅亡を防げたとしても、フラウの身体で何か決定的な背信的な行為をやられたら、その時点でグリューネバルト家はおしまいだ。

 それでは意味がない。グリューネバルトを守ったことにならない。


「だが、アンタ1人で、大丈夫なのか……?」

「――なに、手駒の少なさはどうしようもないさ。だって、こっちは2人だけなんだからよ」


 羽織ってきた上着を靡かせながら、ゴットハルトに背を向ける。

 ここから先、オレは有無を言わせるつもりはない。


「だからよ、ゴットハルト、お前は、お前の守りたい者を守れ――」


 一瞬だけ背後に視線を向ける。ゴットハルトという少年の姿を見つめる。

 そして、彼の姿に安心する。こいつは、自らのやるべき事を、全うしてくれるはずだと。


「――オレは、オレの殺したい相手を、殺してくる」

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