第28話

 ――慈悲王としての地位と王冠を与えられたベアトリクス。

 そんな開幕から始まり、物語は進んでいきます。その軸は、主に2つ。

 ひとつは、身分を偽っての魔法王国への潜入というサスペンス。

 もうひとつは、故郷で再会した幼なじみソフィとのラブロマンス。


(ソフィというのは、間違いなく架空の人物だよね……)


 潜入劇についてもかなり脚色が含まれているだろう。

 ただ、現存する資料としては、暴君ヘイズの玉座に突然の奇襲を仕掛けたと読めるから、潜入する流れがあったと考えるのは自然だ。

 魔法皇帝に認められるほどの実力者として、ヘイズに自らを売り込みに来た魔術師として彼の懐に入ろうとする”駆け引き”は最高にたまらない。

 そこにヘイズに奴隷として使役されている幼なじみからのアシストが入る様なんて本当にゾクゾクする。


(よく、出来ているな……)


 重ねられた潜入劇、それが実を結び、ヘイズの玉座にて”2人きり”になる機会を掴んだベアトリクス。

 用意された舞台は、細部こそ違えども最初の魔法皇帝とのシーンと同じ。

 階段状の玉座に座る”竜魔法王ヘイズ・グラント”

 そして、こちらに背を向ける”慈悲王・ベアトリクス”


(いよいよ、クライマックス……!)


 ごくりと息を呑んだのは、ボクか、ベティか、それとも他のお客さんか。

 いや、きっと、これはこの場のみんなだ。

 創り出された場の空気に、皆、飲み込まれているんだ。


<ベアトリクス、と言ったね? 君はいったい、どこの出身なのかな>


 ひび割れた声と、頭部に用意された角。

 それが衣装だと分かっていても、かなり真に迫っていて、灰色のドラガオンが本当にそこにいるみたい。


<――海が、美しい土地。

 朝が来るたびに潮風が香り、その日の平穏を疑わぬ楽園> 


 外套を揺らしながら、一歩また一歩とヘイズに近づいていくベアトリクス。

 その表情は、見えない。けれど、その声色だけで分かる。


<ほう、それは羨ましいな。同じ海でもこことは大違いだ。

 ここには血と裏切り、ばかりでね――>


 ギラリと動くヘイズの眼光。


<ぜひ、その名前を、教えてはくれないか? ベアトリクス>

<――アトル海岸だ! 5年前のッ!>


 揺れる外套、どこからか引き抜かれた剣が2振り、ぶつかり合う。

 そして鍔迫り合いが始まった瞬間に、ベアトリクスがこっちを向いて、ヘイズが背を向ける。本当に最高の殺陣だ。


<フン、やはりなァ! 私を殺しに来たか? 敗北者が>

<今度はお前が負けるのさ。ヘイズ、グラント――ッ!>


 鍔迫り合いが解け、剣戟へと移る殺陣。

 その動きは、迫真へと到達しながら、見せ物としてどこか大振り。

 けれど、それが良い。


<さぁ、剣が折れたぞ? どうする、ベアトリクス?>


 殺陣の中、折れる剣。

 凄いな、ここまで仕込んでいたのか。


<クリエイト――”ロングソード”>


 発動する創造の魔法。

 またどこからか、スッと剣を引き抜くベアトリクス。

 いったいどういう仕掛けなんだろう……?


<クリエイト――”ロングソード”ッ!>


 重ねる剣戟の中、再び引き抜く剣。二刀の刃が、ヘイズに迫る!

 そして、肩から胸にかけて二重に振り下ろされる刃。

 ヘイズの右手は、その剣を落とし、ガランッ!と大きく音を立てる。


<終わりだ、ヘイズ>


 終わりか? この演劇は、ここで終わるのか?

 いや、違うだろう。そんな期待が、ボクらの胸にはありました。


<……お前、俺を”人間”だと思っていないか?>


 ッ――!?


<なんだと……?>

<我が名はヘイズ! 竜魔法王ヘイズ、グラントだ――ッ!>


 翻る外套、そしてヘイズ側だけの幕が下りる。

 その幕には翼の装飾が施されていて、なるほど、これはドラガオンの翼ということか。


<フハハ! 行くぞ、人間ッ!>


 翼を模した幕の中から現れる”竜の頭”

 その大道具の精巧さに、観客席から歓声が上がる。

 かくいうボクも叫んでしまう。凄い、こんなものを用意していたなんて!


<クリエイト――”タワーシールド”>


 巨大な盾を構えるベアトリクス。

 竜の牙、爪との大がかりな殺陣を完璧に演じきってみせている。


<フン、竜と戦うと、考えていないとでも思っていたか? ヘイズ――ッ!>


 そこからの殺陣は、本当に大がかりで、けれどテンポが良くて。

 本当にただただ息も出来なかった。

 目の前で演じられる殺陣が凄すぎて、本当にただドキドキしていました。


<――終わったのね、ベアト>


 ドラガオンとしての本領、竜の姿となったヘイズ・グラントを打ち倒したベアトリクス。

 外套も、盾も、殺陣の中で脱ぎ捨てて、今は右手にロングソードを握るだけ。

 それ自体が絵になっているのに、そこにソフィが現れることが、本当に美しい。


<いや、まだだよ……>

<――まだ? いったい何が終わっていないというの?>


 右手に力が入る。それが、演技だけで分かる。


<下らない芝居はやめろ、ヘイズ>

<……フン、お見通しかい? ベアトリクス>


 ”身体の乗っ取り”か! 劇の中でもそれがヘイズの力の一端だと描かれていたけど、ここで、こう来るのか……!


<当たり前だ。ソフィ自身が教えてくれた>

<……なに?>

<安易に”駒”を増やしすぎだ。彼女は、ずっとお前の支配下にあったわけじゃない>


 ヘイズとの戦い、そしてソフィとのラブロマンス。

 2つの物語の導線が、1つに重なる。そして、その結末が見えてくる。


<――そう、たとえば、今みたいにね>

<なんだと……ッ!?>


 ソフィ役の声と、ヘイズ役の声がぶつかる。

 裏から声を入れているはずなのに、ヘイズ役の人の声が近いのが凄い。

 どこから、どうやって響かせているんだろう?


<さぁ、ベアト、お願い。約束を、果たして――>


 両手を開くソフィ。


<正気か!? 自分も死ぬんだぞ!>

<違うわね、貴方を”殺せる”のよ。私の命と引き替えに>


 ただ静かに、穏やかに、告げる。その姿は、もはやひとつの芸術だ。

 そして、言葉もなく、刃を構えるベアトリクスもまた美しい。

 台詞ではなく、表情で、動きで、言葉にならない感情を伝えてくる。伝わってくる。


<っ――あ、りがとう、ベアト……>


 突き立てられる刃、純白の衣服が赤く染まり、唇から血が流れ落ちる。

 ガランと音を立てて落ちる剣が、慈悲王の無念を克明に描き出す。


<ソ、フィ……>


 倒れかけたソフィの身体を抱き留めるベアトリクス。

 ああ、終わりなんだ。

 ここまでのラブロマンスは、このためにあったんだ。


<良い、王様になってね……ベアト>


 頷く慈悲王に、言葉はなかった。

 腕の中で、こと切れていく愛しい人を前にする。

 その無念だけが、そこにあった。

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