第20話

「――よう、クリスティーナ・ウィングフィールド。1週間ぶりだな」


 ”黒苺の停留所”――その開かれた扉の先、1人の男が座っていた。

 漆黒の仮面で顔を隠した、あの男が。


「ええ、お久しぶりですね。

 ……どこに行っていたんですか? タルド・ブラックベリーさん」


 レイモンドさんに一瞬、視線を渡し、仮面の男の向かいに座る。

 この人の思惑は分からない。

 だけどこの”黒苺”で、仮面を付けて座っている時点でボクの予想は裏付けされた。

 ここまでお膳立てされて『誰だ? 貴方は』なんて聞くほどボクはバカじゃない。


「お見通しかい、流石だよ――」


 言いながら仮面を外し、素顔を晒す。タルドさん。

 この1週間、何度か探しに来ていたんだ。愛馬・ウマタロウを黒苺から領家の館へ移すのもあったし、万が一この人が無事じゃなかったらどうしようって考えていたから。


「――だってあの海上霊廟で、戦える程度に若い人なんて貴方以外居ませんでしたからね」


 眠らされていた戦士さんたちやガイドのお兄さんはともかく、それ以外には1人しか居なかった。だから、正直なところ最初から分かっていた。

 けど、なんでそうしているのかが分からなかった。確認したかったけれど、この1週間ずっと姿を消していたから手の打ちようがなかった。


「どうして顔を隠す必要があったんです?

 あの状況で、誰に対して正体を伏せていたんですか?」

「誰に対して? そんなの簡単さ、君以外の全員だよ、クリス」


 オールバックにした前髪を撫でながら、足を組むタルドさん。

 その”群青色の瞳”を久しぶりに見つめて、ボクは嫌な予感がしてくる。


「……ドラコ・ストーカーが、フラウ殿下を襲った事件ってどこまで公表されている情報なんですか?」


 頭の中に立った仮説、それを確認するための迂遠な質問が、こぼれてしまったことに内心、舌を打つ。

 この人は、かなり深い情報まで知っていた。フラウ殿下が襲われたこと、それがドラガオンだったこと、その死体が焼失したこと。

 街の新聞を確認している余裕がなかったから気づかなかったけれど、本来それは公開されている情報じゃないのではないだろうか?

 特に、ドラガオンの死体が焼失したなんてことまで、あえて公開するものでもないんじゃないか?


「ククッ、本当に頭の良い女だな。あのトリシャ教授が気に入ったのが、よく分かるよ。

 正解を教えてやろう。フラウが襲われた事件に関して、公開されている情報は、暴漢に襲われたってところまでだ」


 ッ……! この1週間で、事件のことをフラウ殿下に確認したときに”よくご存知で”と言われたのはそれか。

 そのときに気づかなかったのか、ボクは!


「タルドさん、貴方、いったい何者なんです……?」

「おいおい、ここまで教えてやったのにそれはないぜ。分かってんだろ?」


 そうだ、分かってる。ついさっき、こいつは”あのトリシャ教授が気に入った”と言った。

 直接に会ったことのないはずのトリシャ教授の事を、この人は知っている!


「じゃあ、最後にもうひとつ、見せてやろう」


 オールバックにしていた前髪を、スッと落としてみせるタルドさん。

 そして、後ろでまとめられていた髪を解き、軽く揺らして整える。

 ああ、意外と長い髪をしていたんだと、どうでもいいことを思いながら同時にもう1つ。


「……よく、似ているのですね。フラウ殿下に。

 ゴットハルト・グリューネバルト……先輩、ッ!」


 ボクの解答に、ニヤリとした笑みを浮かべるタルドさん。

 殿下と呼ぶべきか、それとも先輩と呼ぶべきか、かなり考えた。

 けれど彼の表情をみる限り、ボクの選択は正解だったらしい。


「ご名答! いかにもこの俺こそ、ゴットハルト・グリューネバルト。人智魔法科の3回生、お前の先輩だ」


 なんなんだ、いったいどういうことなんだ?

 フラウ殿下は言っていた。ゴットハルトは、この時期に帰ってこない不孝行者だと。

 それが、どうして”黒苺の停留所”なんて市井の店の一人息子を演じているっていうんだ?


「……いったい、何が、どうなっているんです?

 貴方は何を知っていて、何から姿を隠していて、何をするつもりなんですか……?」


 たぶん今のボクは、きっとこの人から見てかなり面白い表情をしているのだろう。

 だってこのゴットハルトという人は今、ボクに情報戦において完全に勝利していて、ボクはそれに食らいついているんだから。


「――それを説明するには、長くなる。だから、先にひとつだけ伝えておこう。

 俺の目的はただひとつ、あの”ドラコ・ストーカー”から我が”グリューネバルト”を守ることだ」


 そう告げる群青色の瞳には、一点の曇りもなかった。

 だからといって信頼する訳じゃない。けれど、ボクは思い始めていた。

 きっと、この人は信頼できるのだろうと。


「分かりました。信じましょう? 先輩。

 ただ、長い説明とやらは、してもらいますよ。しっかりとね」

「――望むところだ。そのために、君を呼んだんだから」

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