第18話

 ――フラウフリーデ・グリューネバルト殿下が、ベティに頼んだこと。

 それは”慈悲の王冠”の真贋を見極めること。

 ”凱旋”したグリューネバルト領軍は取り戻したのだ。”慈悲の王冠”を。

 そして、あの”ビルコ・ビバルディ”と思われるドラガオンを倒し、その遺体を確保したという。


「……フラウ殿下、貴女はそれを疑っているんですね?」


 もし、その”凱旋”が嘘偽り無いものであれば確かに”勝利”だ。

 ビルコを殺し、王冠を取り戻す。

 ベティを除く7つの遺体は戻らないにせよ、落とし前はついたし、取り戻せるものは取り戻せた。それ以上ない、勝利だ。


「あらあらそれに頷くわけにはいきませんね。

 だってそれは”兄”を疑うということですもの」


 兄、つまりはまだ見ぬゴットハルト先輩の父親。

 グリューネバルト領の現領主だ。


「今回の戦いには、領主様も?」

「直接には出ていませんが、兄が一番信頼している部隊の功績なのですよ」


 話しているうちに、宝物庫らしき場所の扉が開く。

 領兵さんたちが常駐しているあたり、今の警戒レベルは最大なのでしょう。

 フラウ殿下とでなければ今すぐつまみ出されているはずだし、切りかかられても文句は言えない。そういう殺気だった場所だ。


「さぁ、こちらです。ベティ」

「……うん」


 渡されていた白い手袋をはめて、フラウ殿下の手から”慈悲の王冠”を受け取るベティ。

 ……確かに、これは本物のように見える。

 本物を見ていたのは一瞬だけだから分からないけれど、かなり精巧な金細工が施されていて同じ形だったと思うんだ。


「……これは、」


 ベティの答え、それに息を呑む。

 きっと扉の向こう側の領兵さんたちも聞き耳を立てていることだろう。

 いや、聞こえない造りだということを知っているのなら、そんなことはしないか。


「違う」


 ――ベティの回答。それを、聞いて溜め息を吐くフラウ殿下。


「やっぱりね、ありがとう。ベティ」

「……驚かないんですね? フラウ」

「意地悪ね、クリスティーナ」


 フッと笑みを浮かべるフラウ殿下。

 疑っていないと言っていたが、やはり疑っていたんだ。


「ちなみにベティ、どうして偽物だと分かるのかしら?」

「――この王冠には、力がない。”慈悲の王冠”は、ただの装飾品じゃないから」


 なるほど、そういうことか。

 まぁ、あの霊廟にあった上にドラコ・ストーカーが慈悲王の遺体と同じく求めていたものなんだ。

 何かしらのアーティファクトでないはずもない。

 そして目の前にあるこれは、形は同じでもアーティファクトではないと。


「よく分かったわ。ありがとう、ベティ」


 慈悲の王冠が、贋作だというのなら”ビルコの死”もまた怪しいな。

 いや、ビルコを殺したのは良いが王冠がないので贋作を用意したという可能性もまだあるけど。


「――フラウ殿下、どうするつもりですか?」

「ふふっ、どうしようもないわ。誰の企みか知らないけれど、これほど大々的に宣言された”勝利”を覆せばグリューネバルトの名前に傷がつく」


 それに、このまま”王冠”を取り戻したことにして生誕祭を開いた方が商会連合としては楽だもの――そう続けるフラウ殿下は、頭を抱えている。

 そう、勝利を覆せば傷が付くのだ。そして、その”切り札”は今、敵が持っている。だからフラウ殿下の表情は苦いんだ。


「殿下、頼みがあります――」

「なに? クリス」

「――ドラコ・ストーカー首領ビルコ・ビバルディの遺体を、確認させて欲しいのです」


 あの男を、殺せているのか。いないのか。

 それだけで状況がどれくらい悪いのかが分かる。

 殺せていれば、敵は倒せていて”王冠”だけが取り戻せなかったという可能性が残る。

 そうでなければ、状況は最悪だ。あいつは絶対に最悪のタイミングで動く。あれはそういう男だ。


「直接、刃を交えた貴女なら――」

「――はい、その真偽、見極められるかと」


 転移という魔法の使い手、そしてあの狡猾さ。

 とてもじゃないけど、死んだとは思えない。

 グリューネバルトの領兵程度に倒されるとは、思えない。


「分かったわ、ついてきて。それは別のところにあるの」


 ――宝物庫を後にして、日の当たらない建物へと移動する。

 これをなんと呼ぶのかは知らないけれど、空気が重い。

 死の香りが充満していて、ここが”ベインカーテン”の隠れ家だと言われても疑えない。


「ここは?」

「敵兵を捕らえ置く場所、あるいは、敵兵の遺体を保存する場所。

 まぁ、百年単位で使っていなかったのだけれどね」


 ベティを扉の前に残して、その向こうへと足を踏み入れる。

 置かれているのは、簡素な棺。

 ついてきてくれた領兵さんが、その蓋を開く。


「っ……!」


 漂ってくる”異臭”に、吐き気がする。

 そして、ドラガオンの遺体には”頭”がない。


「……頭は?」

「潰してしまったそうよ、そうしなければ勝てなかったらしいわ」


 ――顔が分からないどころか、ドラガオン最大の特徴である角を確かめられない。

 これなら、人間の遺体でもおかしくないぞ。

 しかし、この腐りかけの遺体、おかしくないか?


「防腐の祈りは、捧げて貰ってるんですよね?」

「ええ、そこは間違いなく。神官様にね」

「ならこれ、傷みすぎじゃないですか……?」


 一歩前に出て、近くで見極める。

 背丈は似ている。

 服も紫色と言うことは同じだと思うけど、こんなものはいくらでも用意できる。


「触れても、よろしいですか?」

「どうして?」

「背中を確認したいのです」


 ドラガオンと人間、その差異は”角”と”翼”にある。

 爪や牙にも差異は出るけれど、指先は識別できないくらいにボロボロなんだ。

 となれば、背中を見るしかない。


「……軽い」


 持ち上げて、背中に触れながら、目で確認する。

 その最中に思った。軽い、軽すぎる。

 ――違う。これは、ビルコなんかじゃない。


(あんなに強かったあの男が、死んだくらいで、こんなに情けない様を晒すもんか)


 しかし、背中はドラガオンのそれだ。

 極小さく仕舞い込まれてはいるが、翼があるんだ。

 つまりこれは、ビルコでないドラガオンの遺体……?

 そんなものどこから用意できるというのだろう?


(……ドラガオンって、希少種なんだよね?)


 ビルコの遺体だと偽るためだけに”ドラガオンの遺体”なんて用意できるのだろうか。

 ――そういえば、前にもこんな違和感、覚えたな。

 

(フラウ殿下を襲ったっていうドラガオンが、そうか)


 角が生えているように見えていたという話で、以前にフラウ殿下に確認したら、護衛の領兵たちにあっさりと倒されて遺体は焼失した、と言っていた。

 焼失したというのは恐らくそういう魔術式の働きだろう。身元を割らせないために、捨て駒にそういう魔術式を掛けるのは珍しい話じゃない。

 珍しいのはドラガオンを捨て駒にすることだ。そして今、ボクの目の前に横たわる”ドラコ・ストーカー首領と偽られた遺体”も。


(そもそもが捨て駒のドラガオン、遺体を偽るためのドラガオン……)


 2人ものドラガオンを使い捨てる。

 そこまでのことができるだなんて、いったいどういうことなんだ?

 それに、これを仕組んでいるのは誰だ?


(ビルコじゃない、これはあいつのやり口じゃない)


 あいつは人を脅して追い込んで動かす。きっと騙して乗せるのも得意なのだろう。

 けれど、そのために”同族”を捨て駒にはしない。だってあいつは魔術師とはいえドルンを守るために、慈悲王の遺体を諦められる男なんだ。

 それが、仲間を捨て駒になんてするものか。その遺体を、辱めるものか。


「殿下。状況は、最悪ですね――ボクらは、この”勝利”を、いつひっくり返されてもおかしくない」

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