第11話

「こっちを、見ろ……! ドラガオン……ッ!」


 ボクの叫びに、竜人は応えた。

 ボクが引き抜いた刃を、ドラガオンは防いだ。

 ”漆黒の槍”と”紫の刀剣”がぶつかり合う。そして、ボクは思うのだ。

 ……今、ボクは、勝ち目のない敵に刃を抜いたのだ、なんて。


「やはり、君か。仕掛けてくるのなら君くらいしか居ないと思っていた」

「ビルコ様……!」


 こちらの刃をクルリとかわし、逃がしてみせるドラガオン。

 そして、加勢しようとした魔術師ドルドを制する。


「要らぬ。こんな小娘相手に加勢などされては、私の名が廃る。

 それになぁ、ドルド。私はこういう女が、好きなんだ」


 ニヤリと笑みを浮かべ、ベティと名乗った少女から意識を離し、完全にこちらを狙ってくるドラガオン。

 その太刀筋は、一流のそれだ。今までボクが相手にしてきた誰よりも強い。

 もし、これに届く剣士がいたとすれば、それは”故郷からアカデミア”までの旅を支えてくれた”あの人”だけだろう。


「ふふ、発展途上だが、才能を感じるな」


 こちらの一撃一撃、それを簡単にいなしながら、微笑みさえ浮かべるドラガオン。

 遊ばれている。ボクは今、完全に遊ばれているんだ……!


「――面白い。お前、名前は?」


 力任せに、ボクの槍をねじ伏せ、距離を詰めてくるドラガオン。

 至近とも言える鍔迫り合いの中で、紫色の瞳が見つめる。

 この、ボクの、真紅の瞳を。


「フッ、なるほど。

 我が名は、ビルコ・ビバルディ――”ドラコ・ストーカー首領”を務めている」


 ビルコ・ビバルディ……ドラコ・ストーカー、首領……!?


「ッ! クリスだ、クリス・ウィングフィールド!」


 槍の間合いよりも近づかれていた窮地。

 最中、ビルコの胴体に蹴りを入れ、距離を開く。

 そして、ようやく、名乗ることができた。今まで、そんな余裕もなかった!


「クリス、ウィング、フィールド……良い瞳をしている。ドラコ・ストーカーに来ないか?」

「何を、ふざけたことを……!」


 両手を広げ、笑うビルコ・ビバルディ。

 その胴体に向けて、刺突を放つ。


「冗談だと思うかい? だがね、我々は優秀な人材を常に欲している。

 優秀でさえあれば、出自なんてどうでもいいんだ。

 ドルンだろうが、ドラリオだろうが、ドラガオンだろうが、人間だろうがね」


 こいつ、本気か!? 本気で、これを言っているのか!


「断ります! ボクは、貴方のような真似はしたくない!」


 人を脅して、動かすような真似、ボクは御免だ!


「そうか、それは残念だ――なら、死ぬしかないな」


 胴体に向けて放った、こちらの一撃。

 それを、全力で防いで、そのままボクの槍を弾き飛ばすビルコ・ビバルディ。

 こちらは、丸腰になった。返す刃を、防ぐ術は、ない。


『――クリエイト<ボウ、アロー>――』


 創造の魔法、それを起動するような言葉を紡ぐ。

 その声は、少女のそれ。

 そして、この場で今、そんなものを使えそうな娘なんて1人しかいない。


「ほう――?」


 紡がれる言葉を前に、ボクも、ビルコも、彼女を見る。

 ベティと名乗った目覚めたての少女を。

 そして、何も持たずに弓矢の構えだけをした彼女の腕の中に”すでに引き絞られた弓と矢”が生み出されていく。


『させるかよ、苦しむが良い!

 我が主に害なすものよ、私は敷こう――”黄金の少女に辛酸を”』


 ッ、黄金の少女って、ボクとベティか……!

 なんだ、何が、どう襲ってくるんだ!? あいつの魔法は!


『――フン、逆流させろ、小竜人ドルド』


 響く男の声、今度は誰だ?

 そう思う間もなく、ドルドが地面に倒れ込み、何かを吐き始める。

 それは、消化しきれなかった昼ご飯というよりも、何かもっと違うもの。

 つまりは、あれがボクとベティに味あわせるつもりだった辛酸というわけか。


「ッ、ドルド――っ!」


 走り出すビルコ・ビバルディ。

 その瞳には、もうボクのこともベティのことも写っていない。


『動くな、竜人ビルコ!』

「邪魔をするな、魔術師!」


 ビルコの前に飛び出したのは、漆黒の仮面で顔を隠した男。

 黒で統一された衣服に素性を表すものは一切ない。


『動くな、と言っている!』

「”支配”のつもりか? タネの分かった手品など!」


 振るい降ろす剣、その軌道は仮面の男の首元で、止まる。

 いつの間にか巻き付いていたんだ。ビルコの剣に、漆黒の鎖が。


「チッ! 鎖とは、古風な……!」

『喋るな、ひざまづけ!』

「断る! 貴様の魔法など効かぬわ!」


 鎖に巻かれた剣を手放し、そのまま素手で殴りかかるビルコ。

 それに対し、重りのついた鎖で応戦する”仮面の男”。

 鎖という読めない間合い。けれどビルコにとって、それは大きな問題ではない。


「邪魔だ――ッ!」


 巨大な影が、仮面の男をなぎ倒す。

 それは”翼”だ。ビルコの背中から生えた巨大な”翼”

 ……これが、ドラガオンの力の一端。竜の姿のごく一部。


「ドルド! 無事か!」

「す、すまんせん……完全に、不意打ちを……」


 口元を押さえながら、ドルドは呟く。

 ビルコは、本当に彼のことを心配しているのだとよく分かる。

 となれば次、彼はどう動く?


「――構わん。今日は”王冠”を奪ったことで、良しとしよう」

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