第10話

 ――ドラコ・ストーカーを名乗る”紫のドラガオン”

 ビルコと呼ばれた男は、この場に居合わせてしまった全員に持ちかけた。

 生き残る機会をくれてやる。その代わりに本物の”慈悲王の遺体”を教えろと。


「私は”転移魔法”を扱える。そのことは、すでに分かっているだろう?」


 言いながら、両手剣を虚空に展開した魔術式に仕舞い込むビルコ。

 なるほど。転移の魔法、それがこの竜人の力の正体か。


「だから、燃え始めたとしても君たちに逃げ道を用意してやれる。

 さぁ、命と引き替えだ。どれが”慈悲王の骸”なのか。教えてくれるね?」


 諭すように笑うビルコ。騒ぎ出す観光客たち。

 案内役を勤めていたお兄さんに、掴みかかっている。

 ”知っているんだろう? 教えてしまえ”  ”こんなところで死にたくない”


 騒ぎ出した人たちは、もう止められそうにもない。

 なるほど、単純に脅すよりもよっぽど効果的という訳だ。

 なんて、狡猾な……!


(良い作戦だよな――ここに、答えを知ってる奴が1人もいないってことを除けばよ)


 答えを知る人間が本当に1人も居ないなんて、思っていない。

 こんな霊廟の中に、裕福な観光客たちを案内する人間に、それが知らされていないと思っていない。

 ドラコ・ストーカーの思考は、そんな、ところなのでしょう。


「し、知らない、俺も、知らないんだ……ッ!」

「おいおい、知らないだって? 嘘はいけないな、こんなところでまでグリューネバルト家に忠義を示さなくたっていいだろう? 誰も見ていないよ、”共犯者”以外はね」


 遺体が座る祭壇、そこに腰をかけながら、けだるげに告げるビルコ。

 ああ、なんて、上手い脅しだ。

 ボクが、あのお兄さんで、ボクが答えを知っていたのなら、もう話してしまっている。


「そうだ、誰も言わない! 誰にも分かりっこないんだ!」

「ッ……ぁ、ああ……そ、そうだ、ああ……」


 案内役のお兄さん、それに掴みかかるお爺さん。

 これは、話すぞ。あのお兄さん、もう、口を割るつもりだ……!


「青年だ! 中央の男、王冠を被った青年が”本物”だ!」

「ほう、最も答えらしいのが、本当に答えだと?」


 8つの遺体、その中で、唯一”王冠”を被っている青年の遺体。

 素直に考えれば、彼が答えだ。彼が慈悲王だ。

 けれど、こんな8つの遺体なんて”仕掛け”を用意したような魔法王が、そんな分かりやすい答えを用意するだろうか?

 それに、男が実像だとしたら、ベアトリクスという女性名を名乗っていたのは何故?


「――ふむ、そう思うのなら、君が動かしてくれ。

 本物だという”確信”があるのなら、動かせるはずだね?」


 足下に魔術式を展開しつつ、案内役のお兄さんに指示を出すビルコ。


「本物だと、思いやすか? ビルコ様」

「さてな。そうでなければ、この術式は、天空に開こうか」


 ……翼を持つ自分以外は、空からの自由落下という訳か。

 どこまでも狡猾な男だ。これが”ドラコ・ストーカー”なんだ。


「ッ……!」


 お兄さんの手が震えている。

 タルドさんの言葉を信じれば、それは、嘘をついているが故の震え。

 ただ、本当に答えを知っているとしたら? これは背信への震えなのだろうか。


「――待て。触れるな、中断だ」


 震え切ったお兄さんを制するビルコ。


「え……?」

「どうしたんですかい? ビルコ様」


 わずかばかり、安堵するお兄さん。

 いぶかしむ魔術師ドルド。

 そして、ビルコの瞳は、一点を見つめていた。


「貴様、動いたな――?」


 両手剣を引き抜き、構えるビルコ。その瞳は、今までになく真剣そのもの。

 脅しをかけるための余裕、尊大な振る舞い。

 それらが消え失せて、ただの戦士がそこにいる。

 分かっていたことだけど、強い。この竜人は、圧倒的に、強い……っ!


「もう一度、聞こう――君、動いただろう? たった今さ」


 見つめる先、睨む先、そこに眠るのは”1人の少女”

 黄金色の髪をした幼い少女。ビルコは向ける、その切っ先を、彼女に。


「良いだろう。そちらがそのつもりならば、試してやろうじゃないか」


 突きつける刃、その先端が、首筋に触れそうになったまさに、そのとき。

 

「ひっ……!」


 少女は、声を上げた。


「そんな、バカな……300年前の、人間が……!?」

「驚くなよ、ドルド。こいつは、魔法王かもしれないんだぞ?」

「いや、しかしね、何も魔力を得ずに300年だなんて……!」


 魔術師ドルドの驚きも当然のことだ。

 基本的には、魔法王という存在に寿命なんて話は通用しない。

 それこそ慈悲王様だってその活動期間は150年を越えている。

 でも、おかしいのはそこじゃない。

 霊廟という隔離された場所で、魔力を得ることなく、300年前に眠った遺体が目覚める。それが、ありえないんだ……!


「手荒い挨拶、失礼する。君の名前を、教えてはくれないかな?」


 一旦、刃を納めるビルコ。

 そして彼は、少女の顎を掴み、その視線を奪う。


「ベティ……ベティ、トリアル……?」

「ほう、それが君の名か。では、ベティ、私に教えてくれないか。

 ここに並ぶ君の仲間たちの中で、どれが本物だ? 誰が慈悲王なんだ?」


 両腕を広げ、ベティという少女に周囲を見渡させるビルコ。

 そんな竜人を前に、少女はわずかに息を呑む。


「……答え、られません」


 少女の答えに、溜め息を吐くビルコ。

 そして、刹那に刃を引き抜く。


「失礼したようだ。

 ”教えてくれないか”なんて、まるで君に選択権があるようだった――」


 振り上げる剣、あとは、振り下ろすだけ。

 重いものが落ちるだけ。僅かでも力を入れれば、一瞬で事が済む。

 それに、あの軌道、狙っているのは”腕”だ。


「――まずは分からせてやろう。君の”立場”を」


 やる。間違いなく、あの男は、やる……!

 ならば、ボクはもう”戦う”だけだ!


「こっちを、見ろ……! ドラガオン……ッ!」

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