第9話

「ゲヘヘ、了解でさぁ。ビルコ様――」


 背が高く、外套と同じ紫の角を持つ”竜人・ドラガオン”

 その足下から、背が低く、爬虫類のような皮膚をもつ”小竜人・ドルン”が現れる。

 ドラガオンの方がビルコ、ドルンの方がドルド。

 そして、こいつらは”ドラコ・ストーカー”


「それでは、この魔術師ドルドが初級魔法を、お見せしやしょう」


 ドルンというのは、小柄な体格からも分かるように基本的には驚異ではありません。一般市民ならともかく、全うに訓練を積んだ戦士なら1対1で負けることは殆どない。けれど、この”魔術師ドルド”というのは、異常だ。

 本来、ドルンは魔法を使えないはず、なのに……!


「……毒霧、あたりか」


 ボソリと呟くタルドさん。そして彼がそうであるように、2人のドラコ・ストーカーを前に刃を構える戦士さんたちも恐れている。

 あの魔術師が掲げる杖。あれから放たれるであろう、術式を。


「やらせるか――ッ!」


 構えた魔術師ドルド、そこに切り込む1人の戦士。

 きっと彼らにとっては、この護衛役というのは飾りに近い楽な仕事だったはずだ。

 そんな中で、このタイミングで魔術師との距離を詰め、先手を取るという最適解を実行できるのは、確かに優秀な戦士なのでしょう。


「――魔術師の見せ場を奪おうとは、無粋なお人だ。

 だがね、私を倒すには、遅すぎた――」


 ひび割れた声で、ニヤリと笑う小竜人・ドルン。

 ……魔術師ということもそうだけど、こんなに流暢で饒舌なドルンは見たことがない。ボクが見たドルンと何もかも違う。


『眠れ、我が主に害なすものよ、私は敷こう――”武器あるものに沈黙を”』


 振り下ろされた剣を、杖で弾きながら、魔術師は唄う。

 その言葉が引き金、あの錫杖が触媒。

 そして、発動するのは――


「――見事だ、ドルド。相変わらず君は最高だ。君以上の魔術師を、私は知らない」

「ゲヘヘ、この程度で誉めてもらっちゃあ困りますねえ。あっしの実力は、こんな奴ら相手じゃ測れませんよ」

「知っているさ、そんなことは。だが、大儀であることに変わりはない」


 言葉を紡ぎながら、虚空に手を伸ばすビルコという名のドラガオン。

 そこから引き抜くのは、一振りの両手剣。

 虚空には、小さな魔術式が展開されている。

 ……彼ら自身が出てきたのと同じような術式に見える。だとしたら、彼の魔術は、なんだ?


「さて、不運にも我々と出くわしてしまった観光客の諸君。

 今から君たちには、我々ドラコ・ストーカーの支配下に入ってもらう。

 君たちの盾は、この通りご就寝中だ。どうにもならないことは、理解してくれているね?」


 ”武器あるものに沈黙を”

 魔術師ドルドの敷いたそんなルールに従って、戦士たちは全員が昏倒してしまっている。

 敵は、たった2人。だけど、この状況下で、彼らに刃向かおうなんて思っている人が居たらまともな人間じゃないでしょうね。


(動くなよ、クリス――)


 左手のブレスレット。それに右手を重ねているボクを、タルドさんが制する。


(……まさか、今日ここに、こいつらが来るとは思っていなかった。

 すまない。だが、今は何もするな、良いな?)


 タルドさんの耳打ち。それには有無を言わせない力が、ありました。

 そして、ギラつく”青い瞳”にボクは少し安心させられていたのです。

 出会ったあのときと同じように。


「さて、皆さん。我々の目的を簡潔に話そう。

 そして、これは君たちの”生き死に”にも関わってくる話になる」


 これ見よがしに、紫色の両手剣を弄びながら、ビルコは語る。


「我々が欲しいものは、2つ。

 ひとつは、慈悲の王冠。ひとつは、慈悲王の骸。

 それだけなら簡単に終わる話なんだが、そうはいかない」


 紫色のドラガオンが、こちらに向かって歩いてくる。

 特別、ボクに注目しているわけじゃない。

 そうだと分かっていも、心臓が跳ね上がる。相手の持つ威圧感に、飲み込まれそうになる。


「――そう、彼女のような、黄金色の髪を持つ8つの骸」


 例示のために、ボクの腰を抱き、髪の毛を撫でる竜人。

 その指先は、驚くほどしなやかで、美しい。尖った紫色の爪が、宝石みたいに輝いている。

 だけど、嫌だ。ボクは、こういう風に、他人に触れられるのが大嫌いなんだ。


「さわ、るな……!」


 腕を掴み捻り上げた、はずだった。


「フフフ、これは失礼。不快な思いをさせてしまったようだね。

 だが、君の力では、私を退けることはできないのだ。分かるかな?」


 捻り上げかけた腕を、そのまま力任せに返される。

 これが、ドラガオンの、力……!


「さて、話を戻そうか」


 ボクを突き飛ばして、視線を周囲に戻す紫のドラガオン。

 追撃を仕掛けてきたり、制裁を加えるつもりはない、らしい。

 実力差があり過ぎて、ボクを驚異として捉えていないのか……ッ!


「我々は、8つの遺体のうち、どれが答えなのかを知らない。

 だが、これらのうち1つでも動かせば、この霊廟に仕掛けられた術式が発動する」


 ――ボク以外の観光客たちが、一気に怯えるのが分かる。

 彼らは、このドラコ・ストーカーが言う”術式”が何かを知っているんだ。


「やはりご存知のようだね。

 この8つの遺体、1つでも動かせば、この霊廟そのものが燃え盛るのだと」


 ッ――!? 霊廟が、燃えるだと……!?


「そう、私たちは、この霊廟を、燃やすつもりなんだ。燃やしてでも望むものを、手に入れる」


 つまり、それは、ここにいる全員の命を、奪うということ。

 いや、奪えるような状況なのだと宣言している。

 だから、ここからだ。こいつは、ここから、ボクらに何かをさせるつもりなんだ。ボクらの命を、盾にして。


「そうして君たちは、死ぬことになる、炎に巻かれてね。

 だが、私は、慈悲深い。君たちに生き残る機会を用意してやろう」

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