第8話

 ――自由論文を完成させたいから残るのだと、無理を言ったボク。

 そんなボクを前に、慈悲王様が眠る”海上霊廟”へと案内してくれたタルドさん。

 彼のガイドとしてのテクニックは、生半可なものではありませんでした。


 慈悲王・ベアトリクスの存在を知ってから、トリシャ教授に教えられてから、まだらに身につけた付け焼き刃の知識。

 そんなものしか持っていないボク相手に、的確に過不足なくこの海上霊廟について説明してくれる。

 ボクが知っていることを過剰に説明することなく、ボクが知らないことを知っている前提で話さない。

 そんな彼の語り口は、絶妙で、本当に唸らされてしまいました。


「――つまりだ、クリス。君の疑問に対する答えは、ない。

 いや、正確には、当時からそれを知っているのはごく一部だったし、今はもう誰も残っていない」


 ベアトリクスという人物を調べる上で、最初にぶちあたった壁はその正体だ。

 出自はおろか、性別・年齢・容姿、そのすべてが記録によってバラバラでとにかく実像が掴めなかった。

 ただ、男として記録されていても、女として記録されていても、子供として記載されていても、老人として記載されていても、”黄金色の髪と瞳”の美しさ。

 それだけは共通していました。逆にそれ以外は、何ひとつとして共通点がない。お爺さんとして表舞台に上がった1年後に、少女として現れるなんていうのが普通だったのです。


「複数の姿を持っていて”本当の姿”は不明というわけですね。ということは、変化とか幻惑の魔法が得意だったんでしょうか?」

「魔術師が自分の手の内を晒すと思うかい? 特に魔法王なんてものが」


 確かにその通りだ。

 魔法王として、その得意分野が記録に残されている人間は少ない。何かその魔法を喧伝するメリットがあったときや、激烈な戦いの中で無理に暴かれたときくらいだ。


「けど、その答えを考える上での”手がかり”は、ある。

 ちょうど、先客が出てきたな――?」


 海上霊廟の中、その最奥にある黄金色に装飾された扉。

 そこから出てきたのは、正装に身を包んだお兄さんとそれに導かれるように歩く妙齢の男女たち。

 年を重ねたお金持ちさんたちの、乙な観光旅行といった風合いです。


「――もう1組の方は残っているみたいだが、中に入ろうか」


 出てきた人たちの動きを阻害しないように絶妙なタイミングで、閉まる扉へと滑り込むタルドさん。

 その手はボクの手を握っていて、本当に自然にボクは、足を踏み入れていました。

 海上霊廟の奥の奥――慈悲王・ベアトリクス様が、眠る場所へと。


「っ……!?」


 思わず、息を呑んでしまいました。

 大理石で造られたような床と壁、奇妙なまでに白いその中で。

 8つの身体が、美しく彩られ、座っていたのですから。


「驚いたかい――? この8つの遺体のうち、どれか1人が”慈悲王様”だ」


 8つの遺体、それは、幼少期・青年期・壮年期・老年期で4つ。

 それが、男女で倍の8つ。

 ……この大理石と黄金で彩られた異様に美しい異空間に、8人の遺体が、座ったままに眠っているのです。


「……慈悲王様は、自国民を、殺さなかったんじゃないですか?」


 だって、これは、道連れのようなものでしょう?

 どこかの国の王様でもいたはずだ。

 自らの墓に、あの世への護衛役として自らの兵士を生き埋めにした人間が。

 これは、それと同じってこと、じゃないのか……?


「この遺体が”誰”なのか。それに関する記述はいっさい残っていない。

 精巧な贋作かもしれないし、あるいは志願者かもしれない」


 贋作……? いったい、なんのための……?

 けど、この各年齢・男女の8つの遺体。

 これ、バラバラに記述された慈悲王様の姿のすべてなんじゃないだろうか。

 瞳こそ閉じられているけれど、髪はすべて美しい黄金色だ。


「さぁ、クリスティーナ。この慈悲王ベアトリクス最後の作品を前に、君は何を書く? どう、書いてみせる?」


 挑発するように笑うタルドさん。

 その笑みを前に、この霊廟を前に、ボクの頭はとても熱くなっていました。

 まず、思いつくのは一つ。”自国民を殺さなかった慈悲王”というイメージを、ひっくり返す。この8つの遺体、それが誰なのかを探る。

 けれど、それは少しゴシップに過ぎる気がする。どうにもボクが調べた記録上の、慈悲王の思想に噛み合わないんだ。自らの墓や容姿のために7人もの人間を生け贄にするだなんて。

 でも、じゃあ、これはなんだ? この身体は、どこから出てきた?


「慈悲王以外の7人、その出自を、探ります」

「ククッ、長くなるぞ、それは」


 そんな風にニヤつくタルドさんは本当に楽しそうで。

 ボクをアカデミアに帰すために、海上霊廟に連れてきたことさえ、すっかり忘れているように見える。

 それにこんな風に好奇心をくすぐられて、すぐに帰れだなんて、そんなこと従えるはずがない。ボクはそういう女じゃないんだ。


「1人でもいい。この人たちが精巧な贋作でないと分かれば、慈悲王の評価を覆せます。それは十二分に論文として価値がある」

「ベアトリクス様が生きた人間を殺していたってか? 死体を使った可能性もあるぜ」

「む、そこら辺に関しても、探りますよ。

 何か資料とか、知りませんか? もちろんお礼は払います」


 熱くなるボクを前に、笑うタルドさん。

 ……なんだろう、この人。すごく、同類の匂いがする。なんというか教養があるというか探ることへの喜びを感じてしまう人種に見えるんだ。


「そうだなぁ……領家の蔵書、漁ってみるか? ツテは、あ――」


 言い切る前、一気にタルドさんの表情が鋭利になる。

 そこから一瞬ばかり遅れて、ボクにも分かる。

 魔術式が広がるときの、独特の気配が、神経を逆なでしたと気づく。


「――隠れてろ、クリスティーナ」


 迷うことなく術式の方を睨みつけるタルドさん。

 彼の視線を追えば分かった。今、どこに魔術式が展開されているのかが。


「み、みなさん、離れてください!」


 もう1組の観光客さんたち、その先導をしていた正装のお兄さん。

 そして、彼らを守るように剣を携えた兵士たちが前に出る。

 お客さんが用意した私兵なのか、それとも先導役側が用意しているのか。

 それは分からないけど、2人ほどの屈強そうな戦士さんが広がる魔術式に刃を向けている。


『歓迎の挨拶が刃とは、不敬だな――」


 紫色の幾何学模様。その向こうから、紫色の外套が翻る。

 そして、鋭利な殺気と独特の色気を持つ、男の声色が聞こえてくる。


「――思い知らせてやれ、ドルド。我らが”ドラコ・ストーカー”の力をな――」


 霧散していく魔術式。

 その光の中で、紫の外套を着込んだ”ドラガオン”が、笑っていた。

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