第14話 限定解除《アンリミテッド》

「先程までの威勢はどうした【金狼】。逃げてばかりか?」


 降り注ぐ砲弾。

 それだけでも厄介なのに目の前からは銃弾が放たれる。

 当然ディアマントにも砲弾は被弾するが、防壁を張っているのか着弾前に破裂する。

 辺り一体は爆発音が響き続け、耳としての機能は死んでいた。


「あーうるせー!! どうにかしてぇが……」


 ミカルドは少女に視線を移す。

 周囲には恐らく魔法で生成された長い筒の銃が八丁浮いている。

 少しでも隙を見せるとそれぞれが違う弾道で発射される。

 ミカルドは砲弾を避けつつディアマントにも注意を向けなければならなかった。



 ***



「さて、我は痛いのが嫌いなのだが、ふむ」


 この男――時任 正臣ときとう まさおみの体を貫いた影の刃は跡形もなく消えていた。

 それだけではない。

 彼の周囲には【影】が消えていた。


「どうなってんだよ……」


 狼狽えながらゾンネ・ラインハルトは影の刃を幾つも生成し、正臣目掛けて飛ばす。

 正臣は右手を正面に向ける。


「【消失ロスト】」


 一言、その言葉を発しただけで正臣に向かってくる刃が消え去っていく。


「ふっざけんな!」


 ゾンネが更に刃を生成する。

 上から、地面から、背面から。

 その全てが、正臣に到達することはなく消滅した。


「しかし暗いな」


 正臣が地面に手を当て能力を使う。

 ドーム状に形成されていた影が消え去った。


「うむ、これで良い。やはり我は太陽の光が良く似合う」


 不意に正臣目掛けて砲弾が飛んでくるが、それも着弾前に消滅した。


(自動発動型? それか常時……どちらにしても消耗は激しいはず。だったら……)


「持久戦だ!」


 ゾンネは正臣に背を向け、明後日の方向へ飛び去った。


「やれやれ、敵前逃亡とはな。ふむ、では軍の代わりに死罪を執行してやろう」


 正臣もゾンネを追う為に宙へと浮く。

 それ目で確認したゾンネは、空中のまま正臣の方へ向く。


「影の刃だけだと思ったら大間違いだよ……」


 ゾンネが手を翳すと黒い球体が幾つも生成される。


「穿て、【黒の魔槍シュヴァルツランツェ】!」


 その球体が槍状に変形し、正臣に向かって放たれる。


「ふん、悪あがきが」


 正臣はその槍に触れようと手を翳した。


「子供の浅知恵だな」


 そう言い放ち、触れる前に槍が消滅していった。

 信じられないといった表情で正臣を見つめるゾンネ。


「大方、物質崩壊の魔法だろうが……読めている」

「我の力など貴様のような小僧に理解出来んだろうが、例えした所で圧倒的力量差を埋める事などできんぞ」


 ゾンネは目の前の存在に恐怖し、助けを求めた。

 彼が知りうる限り、最も強い存在の元へ。




 ゾンネが向かった先では戦闘行為が行われていた。


「隠れんぼかい、ミカルド? 大人なら手加減してくれよ」


 ディアマントはクスクスと笑いながら銃を撃ち続ける。

 弾切れだろうか、ガルバルク軍の砲撃はいつの間にか止んでいた。


「姉さん……姉さん……姉さん!!」


 ゾンネは怯えていた。

 自身の力の一切が通用しない相手を。

 全てを力で覆される恐怖。それはかつての自分を思い出させた。

 少年の背後には、正臣が迫っていた。


「嫌だ……嫌だよ……何で助けてくれないの? お母さん……」


「チェックメイトだ。我の前に存在した不幸を呪え」


「いやだああああああいたいのはいやだよおおおおおお!!!」


「――!」


 《ゾンネ・ラインハルトの【限定解除アンリミテッド】を確認》

 《【陰鬱なる門ドゥンケルトーア】発動》


 ゾンネを中心とした半径五百メートルが黒い影に覆われる。

 しかしそれは以前のものとは違い半透明でドーム状というよりは霧に近かった。


「ゾンネ……あれを使うか。巻き添えはゴメンだが……」


 ディアマントが後退していく。

 それを見届け、ミカルドは【隠者ステルス】を使用。

 ディアマントの後を追った。



 正臣の周囲は霧に覆われていた。


「芸が無い。このようなもの消滅させてやる」


 正臣は右手を翳す。が、何も変化しない。

 変化があったのは、正臣の方であった。


「……痛い。何の痛みだこれは?」


陰鬱なる門ドゥンケルトーア】――

 能力所持者の過去受けたあらゆる苦痛を範囲内の全生命体に全く同じ苦痛を与える能力である。

 肉体的・精神的問わず、能力所持者が苦痛と思ったものがランダムで次々と襲い掛かる。

 それは転生前の物も含まれる。


 ゾンネ・ラインハルトの転生前の人物はいじめ、虐待を受けその苦痛から解放される為、自ら命を投げ捨てた。



 正臣の指が一本、また一本と折られていく――実際には折られていると錯覚させられている。

 同時進行で背中には高温の熱を押し当てられた感覚に何度も襲われる。

 続いて水に顔を押し付けられているかのような息苦しさ、鋭い針状の物を指と爪の間に突き刺される痛み。

 食事を一か月まともに取れない精神状態。周囲からの罵詈雑言。この世に存在してはいけないかのような強迫観念。

 その全てを正臣は味わった。

 彼は痛みに弱い。

 それは今まで痛みを感じたことが無かったからだ。

 仮初の存在である彼はこの苦痛に耐える事が出来ず、精神が崩壊していた。


 時任正臣は【表裏一体リバーシブル】により作り出された人格の一つである。



表裏一体リバーシブル】――

 能力所持者が絶体絶命の時に発現する能力の一つ。

 自身の【魂管理情報ソウルレコード】を改竄し、そのピンチを乗り越える事が出来る状態へと変化させる。

 変化後の制御は出来ず人格そのものが変わるが、状況改善が確認された時、自動的に元の状態へと戻る。

 状況改善とは主観によるものであるが、長時間の改善は元の人格への影響を濃くする。

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another world ~転生大戦~ TKS @_something_

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