第13話 悪魔の双子
「なんだ今のは。不快感の塊のような声だな」
ディアマント・ラインハルトの表情がまるで汚物を見たかのように歪む。
「噂に名高い【金狼】ですな。口の汚さと戦闘能力の高さは有名です」
ディアマントの副官はそう告げると部下への指示を再開した。
「ふーん……殺しにいこっか?」
ディアマントの弟、ゾンネ・ラインハルトが俯きながら言うと、姉が少し微笑む。
「心配いらんよ。あの程度の男にかき乱される我が軍ではない」
「ならいいんだ。ところでさ、爺さんどこ?」
その一言は場を凍らせた。
【転生者】と言えど空気が読めるようになるわけではない。
ディアマントは少しの間、眼を閉じ思案した。
すぐに眼を開ける。
「恐らくは討死したのだろう。魔力感知にも引っ掛からない」
冷静に言い放った一言はゾンネの精神をかき乱すには十分であった。
***
「あー、少しはすっきり出来たな。おい、【転生者】どこ行った?」
近くにいた兵士に声をかけるミカルド。
教えられた場所は上空であり、そこには
「灯摩様は単身であの英雄ルドルフを打ち破りました! 素晴らしい力の持ち主ですね。彼には【悪魔の双子】でさえも敵わないでしょう」
やたらと褒め称えられているが、ミカルドからしたら得体の知れない存在である。
加えて【城塞都市エヴァンス】を混乱に陥れたと思われる人物と共に居るのだ。
「何がどうなってやがる――」
「今の声はミカルドさんか。これで勝ち目が見えてきたな」
灯摩は女神と共に地上へと降り立つ。
あれ以来砲撃は止み攻撃を仕掛けてくる様子もない。
未だに持っているルドルフの頭部が邪魔くさく思え、前線基地へと向かおうとしたその時。
黒い刃が足元から伸び、灯摩に襲いかかってきた。
いち早く察知して上空へと躱すが刃はくねくねと伸びてきて灯摩の右手を薙ぎ払った。
ルドルフの頭部が下へ落ちる。その先には大きな影がまるで穴のように広がっていた。
「お前がやったのか……」
影の中から少年の姿が現れる。
ルドルフの頭部を抱えたまま。
「お前が……やったのかって聞いてるんだよっ!!」
少年が眼を見開き、叫びながら片手を振りかざすと、影の中から更に刃が伸びてくる。
躱しながら周囲を観察すると、同じような影が四つほど出来ていた。
灯摩は、女神に先に基地へ行けとジェスチャーで知らせ影と対峙する。
「あぁ。だけど同じ事をお前達もやってるだろ? お互い様ってやつさ」
「お前らの事なんか知るか。絶対に許さない」
頭部を影の中に落とし、ゾンネはその影を身に纏った。
影を纏ったその姿はまるで悪魔のようにも見える。
ゾンネが両手を広げると、纏っていた影が一斉に拡がり二人を覆う。
外から見ると真っ黒なドーム状になっていた。
「宜しいのですか?」
ガルバルク魔法砲兵団の副官は単身で乗り込んでいったゾンネが心配であった。
元々精神的な部分が弱く過剰殺傷や拷問等を好む彼を味方も恐れていた。
彼が心配なのはゾンネの身ではない。
その矛先が我等に向かないか、という一点である。
「そう心配するな。あれは一対一では絶対に負けんよ」
ディアマントは表情を変えずに答える。
副官の問を適当にあしらい部隊に告げる。
「たった今、ゾンネが敵側の【転生者】を抑えた。これを機に一気に勝負をつけるぞ。砲兵隊、援護射撃をしろ」
「ハッ! ディアマント様は?」
「久し振りに暴れてくる。三分後に開始せよ。私の事は居ないものだと思え」
ディアマントは宙に浮き、前線基地へと向かった。
「さて、殻を破り中身を引き摺り出してやろう……!」
前線基地の中は混乱していた。
今まで前線基地から離れていたミカルドに対し不満の声が上がり、指揮系統が機能しなくなっていた。
「小隊長、今までよく頑張ったな。そこの女はこちらで身柄を預かる。後は俺達に任せて少し休め」
「それは出来ません、隊長。彼女は我が国の女神です。身柄を預かるとはなんですか?突然現れてそのような物言いは問題ですよ」
ミカルド達にとってこの女神は限りなく黒に近いグレーの存在だが、前線基地の部隊にとっては【転生者】と共に自らを救ってくれた、正真正銘の女神である。
その根底があるからこそ、【
「そいつがエヴァンスの
「それは結果論でしょう。そもそも女神様がそのような事をするはずがありません。メリットは何ですか? 何故そこまでしておいて我等に救いの手を差しのべるのでしょうか?」
「ゴタゴタうるせぇな! 部下が口答えすんじゃねぇよ! 俺がそうだっつったらそうなんだよ」
(最悪だ……)
ナリクが頭を抱える。
どうやら女神と
頭ごなしに言ったところで話を聞く訳がない。
話の中心になっている女神は聞いてるのか聞いていないのか、ずっと無言のままである。
「隊長、少し落ち着いて」
「落ち着いてだぁ? あのなぁ、これだけの人数が裏切ってんだぞ! 落ち着けるか!」
「裏切る!? それはこちらの台詞です! 隊長の発言は国に対する反逆ですよ!」
「反逆だぁ!? なめたこと言ってんじゃねぇぞコラ!!」
《静まりなさい》
それは耳からではなく、頭に直接呼び掛けてくるかのような声であった。
「今仲間同士で争っている場合ではありません」
「どの口が言ってんだ?」
女神に迫るミカルド。
彼を制止する為に剣を抜く兵達。
「剣を収めなさい。彼は理解しています」
じっとミカルドを見つめるテレサ。
緊張感漂う中、時間だけが過ぎていく。
「そろそろ来ますよ。貴方だけが彼女を抑えられます。どうするのですか?」
「……ちっ、話は全部終わった後だ」
「アスレット! 援護に来い! ナリクは適当にやってくれ」
禍々しい殺気が向かってくるのを感じる。
ミカルドは久し振りに死を身近に感じた。
「ねぇ少年。この術って人間使えないやつだよね? もしかして本物の悪魔?」
影の刃を躱しながら近付こうとするが攻撃範囲がやたらと広く、また手数も多いので中々距離を詰めれない。
加えてこの暗闇である。
影に覆われた状況ではルドルフを倒した能力も使いにくい。
「さっきの頭の家族かなにか? でもさ、君達が殺した人にも同じように家族がいるんだよ。それについてはどう思ってるの?」
無言で攻撃を繰り出すナリクに口撃で応戦する灯摩。
反応はいまいちだが、彼の口は開いたままである。
「ワンパターンなんだよねぇ、これ。黙ってても相当苛ついてるの分かるよ。もっと冷静にいかないと」
「
ゾンネの周囲に人影が五体現れる。
人の倍はある体躯。そして影でありながら発する殺気は鋭い。
「うーん、こりゃダメだな」
灯摩は少しため息を吐き距離をとる。
刹那、瞬間移動でもしたかのように影傀儡の一人が目の前に現れた。
大きな腕の先には鋭い爪が生えておりまるで魔物のようだ。
その腕を振り下ろしてくる。
灯摩は後ろに逃げるが、退路にも影傀儡が二人、左右に一人ずつ既に移動していた。
「僕の傀儡は影の中を自在に移動出来るんだ。切り刻まれて死ぬんだね」
一気に距離を詰めてくる影傀儡。
灯摩は宙に移動しようとするが、上から影の刃が降り注いでくる。
最早逃げ道はなくありったけの魔法を放つが影に吸い込まれてしまう。
同時に防御魔法も構築するがいとも簡単に突き破られた。
影傀儡の爪は身体を切り裂き、空から降り注ぐ刃が傀儡ごと灯摩の肉も骨も切り裂いていく。
灯摩は右手を自らの胸に添えたまま、抵抗もせず攻撃を受けていた。
攻撃が止み灯摩は影の刃に貫かれたまま、串刺しの状態になっていた。
ゾンネは異変を感じていた。
そもそもからおかしいのだ。
魔力値は全ての人間から感知されるものであり、それは
しかしこの男の魔力反応は一切感知出来ず、
《
「やれやれ……久瀬灯摩は諦めたのか」
串刺しのまま男が喋る。
彼は先程まで【久瀬 灯摩】という【転生者】だった。
燃えるような赤い髪を逆立たせ、若さ故の生意気な性格。
それが彼である。
しかし、この男は別だった。
「だが、所詮奴は人の域を出られぬ人格よ。真の【転生者】の力、その身に味わうが良い」
灰色の髪は片目を隠し、黒のコートを纏っている。
「何なんだよ、お前……」
「我が名は【時任 正臣】――人の種の限界を超えし者だ」
ディアマント・ラインハルトは前線基地の前に立っていた。
そう、待っているのだ。自らを楽しませてくれる存在を。
「どうした? わざわざ待ってやっているのだぞ。それとも臆したか、【金狼】よ」
「あー、うっせーうっせー。ちっ、やっぱ可愛らしいお嬢ちゃんじゃねーか。こんなガキ殺った日にゃ寝覚めがわりーよなぁ」
「安心しろ。永遠の眠りにつかせてやる」
ミカルドが何の前触れも無く突進してくる。
その速度は通常の
「悪いがさっさと終わらすぜ」
何もない空間から巨大な剣を創り出す。
ミカルドの魔法能力【
自分が理解している武器を無から作り出す魔法である。
離れた場所から空間移動させているわけではなく、また実際の武器よりも性能面では劣る事が多い。
しかし魔力が尽きない限り、呼び出す武器に制限数は無い。
生成後に魔法効果を追加するという手順を踏む必要があるが付与効果も持たせることも出来る為、非常に汎用性の高い能力と言える。
ミカルドは創り出した武器でディアマントを殴りつける。
ディアマントはそれを回避し魔法攻撃に移ろうとしたが、目の前から槍先が伸びてくる。
先程回避した武器の姿は無く、ミカルドは左手に持った槍を投げつけていた。
瞬間、右手に短剣を創成。一気に距離を詰め切りつけてきた。
「くっ、やるではないか」
「まーだ喋る余裕あんのかよ。さっさと黙れクソガキ」
右手に短剣、左手に長剣を持って連続攻撃をしかけるミカルド。
この世界は魔法戦が中心ではあり、物理攻撃を仕掛けてくる者は少ない。
実際、魔法の方が威力も高いし広範囲に影響を与える事もでき、破壊活動以外にも役割がある。
武器を持って接近戦など、もはや時代錯誤のロートルである。
しかし、それ故にどちらも極めたミカルドは強い。
「おら、どうした。喋る余裕無くなってきたのか?」
怒涛の攻めにより、ディアマントは魔法を構築する暇さえなかった。
本来中距離戦を得意としている彼女にとって、超接近戦は不利を通り越して未知の世界だからである。
それでも未だ傷一つ無いのは、彼女もまた、尋常ならざる能力の持ち主だからである。
「ふ、ふふふ、フハハハハハ!」
「この死が隣り合わせの感覚、素晴らしい。素晴らしいぞミカルド・エルグランテ!」
「埒が明かねぇなチクショー!」
両手に持っていた武器を上空に投げる。
それはディアマントを狙ったものではなく意識を逸らす為であったが、少女の視線はしっかりとこちらに向けられていた。
「あーあ、可愛げのねぇやつだよ!」
両手に短剣を創成し、それを只管に投げつける。
それを躱す、躱す、躱す。
「ぐっ……」
大量に投げつけられる短剣。
躱すのにも限界はあり、太腿、肩、脇腹を掠める。
「はーしんどっ! だがどうだ、傷付けてやったぞコラ!」
「あぁ、嫁入り前の少女を傷物にしてくれたな」
「うるせー! 誰もテメーなんざ嫁に欲しいと思わんわ!」
「中々楽しませて貰った。次は私の番かな」
ディアマントを中心に魔力が爆発し、ミカルドは吹き飛んだ。
宙に浮くディアマント。
「さぁ、踊れ。
奇しくも同じ武器創成能力。
相違点としては、彼女は重火器の創成に特化している、という点である。
そこに加え、ガルバルク軍の砲撃が開始された。
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