第12話 【金狼】ミカルド

 ――時は少し遡り、【城塞都市エヴァンス】では破壊された転送装置トランスポータルの修復が終わろうとしていた。

 ルシフェリア王国魔法部隊の隊長であるミカルドは、前線基地へ戻ろうと街に残った部隊を再編。

 そんな中、ガルバルク帝国魔法突撃兵団の副隊長、ユリアン・アイブリンガー率いる強襲部隊が隠者ステルスの魔法を使い【城塞都市エヴァンス】に攻め入ろうとしていた。



「終わりましたよ」


 修理をしていたナリクはため息混じりに言い放つ。

 当然、ナリク一人で修復していた訳ではないが彼の的確な指示が無ければこの短時間では終わらなかっただろう。


「おー、本当に五分で終わらすなんてやるじゃねぇか。さすがレヴィンの魔法生命体ホムンクルスだぜ。これで前線基地に行って暴れられるな!」


 ナリクの冷たい視線など意に介さず、ミカルドは豪快に笑っていた。

 皆気付いてはいたがこの男、戦闘行為が大好きである。

 様々なストレスを暴れて発散させる為、やり過ぎて時折味方にも被害を出していた。

 それでも隊長の座にいられるのは、抜群の戦闘能力と感性、そして優秀な副官や部下達がいるからだ。


「ミカルド隊長! 実は街の外で奇妙な反応が感知されまして……」

「あ?なんだそりゃ、具体的に言えよ」


 伝令の為に慌ただしく近付いてきた兵士に今から出撃というところに水を差され、また少し苛立つ。


「それがどうも隠者ステルスで隠されたような魔力反応だそうで…… 只今観測班が解析を行っております」


 隠者ステルスは対象の姿形を見えなくし、魔力反応を感知されないよう保護する魔法である。

 当然万能という訳ではなく、気配は感じ取れるしずば抜けた感知能力を所持していれば気付かれる事もある。

 結局は術者の力量次第である。

 ナリクは右手を顎に持っていき考え込む仕草をしていた。


「おいおい、まだ何か起きんのかよ……」


 ナリクは一つの仮説を立てる。前線基地狙いはフェイクで、実はこの城塞都市を狙ったのではないか?と。

【ルシフェリア王国】の結界術はそう易々と破られるようなものではないし、それも理解しているはずだ。並みの兵力や火力では消耗するだけだろう。


 各々が考察や議論をしている中、観測係が慌ててミカルドの元にやってきた。


「今度はなんだよ!」

「ハッ! 周囲の解析結果出ました。隠者ステルスの反応あり。恐らく三個小隊程の部隊が近辺で活動している模様です!」



 ***



 ユリアンは機を伺っていた。

 彼は父親と似ず慎重な性格である。慎重すぎて父親に幾度も臆病者と言われてきた。しかし本人は一切気にしていない。臆病だからこそ、今日まで生きてこれたと思っているからである。

 そんな彼も父親に似た部分もあった。それは、感の良さである。


「ユリアン様、まだ様子を伺っているので?恐らくこちらの存在はバレてしまっていますよ」


 ユリアンの副官を務める男はあえて進言する。


「あぁ、それはいいんだ。ていうかこの戦力であの城塞都市を落とすなんて厳しいから。狙いは別なんだよ」


 副官は何とも言えない表情をした。

 毎度の事ながら彼は独自の言葉で喋る為、部下には一回の説明で伝わらない。


「要はあっちの戦力だけ潰せば、負けはないって事だろ?だったら向こうから出てきて貰った方が楽なんだよね」


 そう言うと、大声で叫びだした。


「全隊に次ぐ! 今より我々は【城塞都市エヴァンス】に対し攻撃を仕掛ける! 総員、戦闘準備急げ!」


「ちょ、何大声出してるんですか!?距離もそんなに無いんだから聞こえますよ!?」


 慌てた様子でユリアンに迫る副官。

 だがユリアンは笑いながらあしらった。


「いいんだよ。むしろ聞こえないと意味が無い」



 ***



「じゃあ今から反応のあった場所行って敵倒してくるわ」


「待ってください! これって私達を外に誘き寄せてますよね? 絶対何か仕掛けてますって」


 ミカルドの即断に対し異を唱える副隊長。

 他の隊員も同意件なのか、口には出さないが皆、同意の表情をしていた。

 成り行きを見守っているのか、ナリクは黙ってその様子を伺っている。


「そらそうだわな。でもこっちから打って出ないと相手も動かねーよ? 前線基地落とされたらもっとデカい相手と戦わなくちゃならねーし。だからってここ放置するわけにもいかねーし」

「もうメンドクセーからさっさと終わらせて前線基地行こうぜ」


 ミカルドの言うことは最ものように聞こえる。

 アスレット達は押し黙ってしまった。


「うん、それで行きましょう」


 ナリクがぽんっと両手を合わせてミカルドの意見に同意した。

 ミカルドが驚きの表情をしている。

 反対される事を承知で発言しており最悪一人で行こうと思っていたのだが一番反対しそうなところから同意を得られたからである。


「だって反対してたら勝手に行っちゃいそうですし」


 ミカルドの行動は読まれていた。

 このナリクの一言で外で待ち構えているであろうガルバルク軍に対して売って出る事となった。

 相手は約三百名程の部隊。反対に此方の戦力は三十名程度、戦力比は単純に十倍の開きがあった。

 普通に考えるとどうしようもない状況に、ナリクが口を開く。


「ここはミカルドさん一人にお任せしましょう」



 ***



「よし、二小隊は街を囲むよう散開しろ。残りの一小隊は俺と一緒に正面で待機。俺の予想だとミカルド一人で突っ込んでくるからそれを一小隊全員で耐えるぞ」


「一小隊だけで……ですか」


 不安の声が漏れる。

【ルシフェリアの金狼】と呼ばれているミカルドは、英雄ルドルフと正面から戦い続けた数少ない戦士である。

 あのルドルフの実力を知っているからこそ、全隊で挑んだ方がよいのでは、と全兵士が思っているのである。


「俺じゃ不安っていうのか?」


「いえ! そういうわけでは……! 魔力反応を確認、【金狼】と思われます!」


 ユリアンが歓喜に震えた。父親と同格以上と評される男と戦えるのだ。彼に勝てばその評価はそっくりそのまま自分の物になるだけでなく、父親を超えた存在と自国で語られるであろう。そうなれば本国も自分を含め、部下達も軽視はされまい。

 そう、彼は自らの居場所の為に戦おうとしていた。


「予想以上に早いが作戦通りに行くぞ! 一小隊は俺について来い。戦闘補助を頼む!」


「ハッ!」


 魔力強化ブーストをかけユリアンを筆頭に一小隊が城塞都市に向かって進撃する。

 一つの人影を捕捉する。ミカルドは隊を率いている様子はなく、ただ一人、其処に立っているようだ。


「先手必勝――打ち砕け! 大地の戦鎧グラントパンツァー!!」


 ユリアンの魔力が膨れ上り鎧を形成させる。父親であるルドルフの魔法技の一つであった。

 さらに部下からの支援魔法を受け、ユリアンの魔力値は通常の五倍以上になっていた。

 全身に込められた魔力を右腕に瞬時に移動させ対象にぶつける。

 あまりの威力に周囲の木々がなぎ倒されミカルドが立っていた場所は地形が変わってしまった。

 だがミカルドは、ユリアンの放った渾身の一撃を平然と右手一本で受け止めていた。


「おう、ご苦労さん。きっと来てくれるって信じてたぜ」


 ミカルドは左手を広げユリアンに向ける。

 一瞬で魔力値が高まるのを、ユリアンは感じていた。

 信じられないことにそれは父親の力を遥かに上回るものであった。


「馬鹿な…… それ程の力があれば我が軍など容易く壊滅出来ただろうが……」


「それじゃ楽しめないんでね。だがそれもこれで終わりだ。先にあの世で待ってろよ、親父も同じ場所に送ってやるよ」


「ちっ…… 俺は最後までダメな息子だったな。すまん、親父――」


 放たれた閃光がユリアンの身体を包み込む。

 圧倒的な魔力により骨も残らず、ユリアンの存在はこの世から完全に消滅した。

 あっけない幕切れであった。ガルバルク軍は司令塔を失い混乱状態に陥っていた。


「ガルバルク軍の皆さん」


 突如響き渡るナリクの声。


「このまま撤退するのであれば見逃します。抗戦するのであれば遠慮はいりません、彼に挑んでください。勝つ自信があるなら、ですが」


 当然、受け入れられるハズが無い。だが相手はユリアンを一瞬で屠った【金狼】ミカルドである。

 ユリアンが率いる筈だった一小隊の一部は上官の仇とミカルドに襲い掛かったが、被害を出すばかりであった。

 通常ならば聞き入れられる事が無い撤退勧告ではあるが、司令官を失った事と、一小隊がたった一人の人間に蹂躙されている様を見せつけられ、ガルバルク軍は素直に聞き入れ前線基地方面へと撤退していった。

 安堵する一同、そして上機嫌なミカルド。だがナリクの表情は険しい。


「前線基地がどうなっているのか全く分からない上に名無しネームレス殿の様子も気にかかります。急いで向かいましょう」


「よっしゃ、俺が一番乗りな! お前らは後で来いよ!」


 転送装置トランスポータルに勢いよく乗るミカルド。

 その様子に呆れながらも、ナリクは転送装置トランスポータルを起動させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る