第11話 新たな転生者

 テレサ・ラングフォードは【ガルバルク帝国軍】の侵略により滅亡した国に転生した【転生者】である。

 彼女の主要能力メインアビリティは相手の心に入り込む精神操作系の【煽動者アベター】。

 この能力で国を手中に収め、第二の人生を謳歌していた。

 加えて自らの容姿を自在に変化できる【魔法変身トランスフォーム】と隠者ステルスを駆使し、より神秘性・秘匿性を高め、絶対に自らの正体がばれないよう細心の注意を払っていた。


 国が滅びた後もそれらの能力を使いそれなりの生活を送っていたが、大国である【ルシフェリア王国】に【転生者】が召喚された事、【ガルバルク帝国】との戦争が激化し始めた事で、【ルシフェリア王国】に取り入って、あわよくば再び国を牛耳りたいという欲に駆られてしまった。

 しかし少女は自らの能力に絶対の自信があった。既に王国内には協力者が居た。その協力者から殆どの内部情報を教えられていたし、【煽動者アベター】と【魔法変身トランスフォーム】の組み合わせが人間のみならず魔法生命体ホムンクルスにも有効だった。つまりと手を組めば、それが可能である事は明白である。


 ――それ故、少女は現実を受け入れられなかった。

 自分が疑われていた事も、【魔法変身トランスフォーム】が解かれてしまっている事も、絶対の自信があった【煽動者アベター】から抜け出された事を。



「テレサ・ラングフォード、ね。偽名の部分が姓だけってのは、身バレすると不都合でもあんの?」


 テレサは灯摩の顔を見上げる。

 その顔は驚愕を隠し切れない。


「名前は復元の過程で見かけたから…… ま、それはいいや。とりあえず、女神を騙ったからには――覚悟、出来てんだよね?」


 灯摩から殺気が発せられる。

 今の状態の彼なら躊躇なくこの少女を殺すだろう。

 テレサは追い詰められたこの状況で必死に生き延びる方法を模索していた。


「もうすぐ此処に【悪魔のツヴィリング・双子トイフェル】が来るわ」

「そんな出まかせで命乞いかい?」

「私の情報に間違いは無いの。この能力ならどこの国にも入り込めるしどんな相手からも信用されるから」


 最も、どんなものにも例外はあるけど――

 テレサは心の声を抑えた。


 灯摩は少し考えこんでいるように見える。

 彼から感じられる殺気は少なくなり、テレサはそこに活路を見出した。


「実は私も【転生者】なの。帝国に自分の国を滅ぼされてからは表に出ないようにしてたけど……」


 テレサは言葉を選びながら慎重に話をしている。

 目の前の【転生者】は命を簡単に踏み潰すからだ。


「帝国に復讐したいの?」


「それが出来るなら……いえ、それをする為に貴方に近付いたの」


 灯摩は黙って彼女の表情を読んでいた。

 【転生者】であれば戦闘面でも相応の力を持っているはず。利用するには手に余るし、彼女の能力は非常に厄介だ。特に人の心を操り続けてきた者を相手と会話を重ねる程、不利になる。


 ならば、やはりここで始末する方が楽なのではないか――と。


 僅かな殺気を感じ取ってか、テレサが慌てて口を開く。


「わ、私には利用価値があるわ! 滅ぼされた国は【ラングフォード共和国】よ」

「私は大統領の娘として転生したの。まだ国際的な価値が残っているはずよ!」

「それに今の私が持つ情報網は多分……いえ、絶対世界一よ! 主要国家には必ず情報提供者を忍ばせてるんだから」


 なりふり構わず自らの価値をアピールしてくるこの少女に対し、僅かながら同情してしまう。灯摩の中には、最早彼女を殺すという選択肢が消えていた。


「わかったよ。一応拘束はさせてもらうが、殺しはしない」

「但し、少しでも不穏な言動をしたら容赦しないよ」


「分かっているわ……」


 テレサは立ち上がり、再び女神の姿へ魔法変身トランスフォームした。


「女神の姿の方が今は都合が良いでしょ。」

「あぁ、ただ他の力は使うなよ。最も俺には操作系能力の類いは一切通用しないけどな」


 その言葉に、テレサは僅かに抱いていた希望が薄れていくのを感じた。

 ブラフかもしれないが、彼は言葉の駆け引きよりも武力で解決するタイプだろう。これで彼を操り事態を好転させる、という案が消えた。



 一方、戦場では帝国軍が壊滅状態にあった。

 既に勝敗は決し、散り散りに逃げていく帝国兵に追い討ちをかけている。このままルシフェリア軍の勝利でこの戦闘は幕を閉じる―― 筈だった。


 突如、落雷のような轟音が戦場に鳴り響き、巨大な砲弾が空から降り注いできた。砲弾は魔法で強化されており、敵味方関係なく全てを吹き飛ばし着地点に巨大なクレーターを作り上げる。


「ぼ、防壁を! 急いで基地に戻り防壁を張れ!」


 前線基地を任されていた副隊長は慌てて指示を出す。


「奴らが来たわ……」


 テレサは少し怯えたように呟く。


「奴ら?」

「ガルバルクの魔術砲兵団と【悪魔の双子】よ…… この砲撃は連中の牽制なの。」


 灯摩はその惨状を見た。

 今尚続く砲撃は、結界術で守られている前線基地を除き生存者を見付ける方が大変ではないかと思う程、悲惨な状態であった。

 しかし流石は世界に誇るルシフェリアの盾、結界術である。

 あれだけの砲撃を受けきろうが破られる様子も無い。


「牽制でこの被害って、牽制で大体終わるんじゃねーの?」


「そうよ。だから双子が戦うところを見た人が殆どいないの」


 それなら何故これ程まで恐れられているのか。

 灯摩の表情を読み取ってか、テレサが口を開いた。


「多分、これから分かるわ」



***



「聞こえるか、ルシフェリアの狗ども。私は、ガルバルク帝国軍全軍を率いる【転生者】のディアマント・ラインハルトだ」


 戦場全体に少女の声が響き渡る。

 感情を乗せず淡々と喋る少女のその声は、普段聞くのならとても可愛らしいと思えるのだろう。

 しかし、この状況下で聞くとまるで悪魔が喋っているかのように聞こえてしまう。


「我らが砲兵団の実力はお分かり頂けたであろうか?これを見てまだ抵抗しようなどと思っているようなら愚か者の集まりという訳だが」


「もしも降伏しよう、と思った聡明な者がいるならば、例え狗でもこの私、ディアマント・ラインハルトが責任をもって保護しよう」


「但し、これ以上戦闘行為を続けようと思っているのなら―― この私が自ら手を汚さねばならないのだが」


 降伏勧告なのか挑発なのか分からないが、タイミングは最悪だろう。

 一撃で一個分隊が吹き飛ぶ程の威力を持った砲撃を散々しておいて降伏を促してくるのだ。

 ここで抵抗する者は強い信念を持った者か――


「なんだ、今のクッソ寒い演説はよぉ? ちょーっと俺様の城前線基地を空けてたらしょーもねぇガキが調子乗りやがって!」

「いいかぁ、よぉく聞けよこの糞ガキ。テメーみてぇな生意気なガキは帰ってママのミルク飲んで寝ろ! 大人に迷惑かけるんじゃねーよ!!」


只の愚か者だろう。この場合はどちらか、明言は避けるが。

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