第10話 覚醒の時
「――
膨れ上がった魔力が岩石で出来た複数の鋭い刃を形成し、
一つ一つが必殺の威力を持つこの魔法はルドルフ渾身の秘技である。
未だ鳴りやまぬ魔法攻撃は激しい音と砂煙を上げ続ける。
十秒余り経ったろうか―― 魔法を放ったルドルフは汗を拭いながら深く息を吐く。
「あ、やっと終わったか。結構頑張るね、おじさん」
砂煙の中から声が聞こえる。
(馬鹿な…… あの重症で軽口を叩く余裕などなかったはずだが。それに魔力値も感知できない…… どういうことだ?)
攻撃地点を起点に竜巻が発生、砂埃を巻き上げ、一気に吹き飛ばした。
中心にいた人物は、全く見覚えの無い少年。
年は10代後半くらいだろうか。言動から幼さを感じさせる。
真っ赤な髪は逆立っており、白と赤を基調としたローブを羽織っている。
眼つきが鋭くニヤッと笑った口から八重歯が見えていた。
「それじゃこっからは俺のターン……」
喋っている途中で青年の姿が消える。
刹那、ルドルフは背中に気配を感じ、後ろを振り向くことなく防御魔法を構築する。
「――だね!!」
ルドルフの後方に空間転移した青年が両手から魔法弾を浴びせる。
防御魔法が間に合ったのか、被害を最小限に抑えながら距離を取る。
「んー、座標設定が難しいな。転移は無暗に使わない方がいいか」
「……精密な計算が空間転移が戦闘に使われないのは座標設定のミスから、転移先に移動できず空間に飲み込まれる事故が多発したからだ」
「え、マジ?こっわ!!ちょっと慣れるまで使うのやめよ。ありがとーおじさん!」
ルドルフは困惑していた。
あまりに軽いこの青年と先程【転生者】と認識していた青年とではあまりに人物像が違いすぎるのである。
しかし、先程の青年の死体はおろか、肉片一つ確認できない。
「お前は何者だ?」
突如現れた存在に、皆が注目していた。
「よくぞ聞いてくれました!」
青年は空中に浮いたまま半身をルドルフに向け、徐に左手を突き出した。
「やぁやぁ、遠からんものは音に聞け! 近くば……? えっと、なんだっけ」
そして左手を戻し、親指を自らに向ける。
「まぁいいや! 俺は【ルシフェリア王国】の救世主にしてこの世界で最も偉大なる【転生者】――【
女神の方を向き首を傾げる。
【転生者】を自ら名乗っているという事は先程の青年と同じ存在なのだろう。
だが姿形が全く別の人間になるどころか、戦闘能力が段違いに上昇・変化している。
加えて、一瞬にして瀕死状態からの完全回復。
そのような能力者がかつて存在しただろうか?
「例えどのような存在だろうと、邪魔をさせるわけにはいかぬ!」
「――
ルドルフの魔力が身体を纏い、鎧のように形どる。
目視出来る程の強大な魔力は、触れただけで対象を破壊出来るだろう。
「おー! カッコいいな。俺もそれ使わせてもらお!」
灯魔も魔力を自身に纏う。ルドルフのそれとは比較するまでも無く弱々しいが、それでもそれなりの形にはなった。
その魔力は炎のように揺らぎ、周囲の景色も歪んで見える。
「あっれ、案外簡単じゃんこれ。大袈裟に叫ぶから特別な魔法かと思っちゃったじゃん」
ルドルフは礼儀を重んじる、昔気質の軍人である。
突如現れた無礼な少年の物言いを不快に感じていた。
年長者を敬う事もなく、更には溺愛している双子の【転生者】とも同じ肩書を持つ存在という事にも腹が立つ。
「なんと生意気な小僧…… 我が国の双子の方が遥かに礼儀正しいわ!」
相当頭に血が上っていたのか。
常に相手の実力を冷静に分析し、最小限の力で勝ってきた歴戦の英雄とは程遠い姿がそこにあった。
ルドルフは右手に全身全霊の魔力を込め、大地を蹴り灯摩目掛けて突進する。
極限までに
「塵と化せ――!
灯摩は少し身構えて魔法を構築していた。
魔力を凝縮させたであろうその両の手は左右で異なる色を発していた。
「行くぜ……!
「遅いわっ!!」
ルドルフは既に灯摩を拳で捉えていた。
拳は腹部を貫通し大きな穴が開く。
背中越しにルドルフの姿が見えていた。
「遅かったのはあんたの方さ」
灯摩は腹部に大きな穴を開けたまま、それが普通とばかりに喋る。
ルドルフは右腕に異変を感じていた。
(右指の…… いや、右腕全体の感覚が無い。これは……)
彼の右腕は凍結していた。
そして目の前の少年の姿も揺らいでその場から消える。
ルドルフが拳を突き立てたもの、それは氷の像であった。
「それ幻だよ。氷の像には
ルドルフは右拳に
「私は貴様の掌の上で踊らされていたという事か……」
「時間稼ぎはさせないよ。これで終わらせるから」
灯摩は左腕に
刃は鋭く、離れていてもその切れ味が分かる程の魔力を感じさせていた。
「だが最後に勝つのはこの私だ!帝国の為、民の為、皇帝の為、そして愛する者の為に私は!」
ルドルフは右腕の回復をやめ、全ての魔力を左腕に集中させる。
「絶対に負けるわけには――」
ルドルフが、その先の言葉を発する事は無かった。
距離を保っていた筈だった。
どのような高速移動でも、転移の隙も分かるように最新の注意を払っていた筈だった。
しかしそのような警戒も無駄に終わり、今、ルドルフは氷の刃をその首にあてられている。
「ごめんね。これも戦争って事でさ、許してよ」
灯摩は
熱と冷気を操り、自らの幻覚をルドルフに見せ、まるで其処にいるかのように錯覚させて。
「化物が――」
その言葉を最後に、ルドルフの首と胴体は切り離された。
逞しい首からはおびただしい量の血が噴水の如く溢れ出ている。
灯摩の白いローブは返り血で赤褐色に染まっていた。
戦場は静寂に包まれていた。
英雄ルドルフの凄さを目の当たりにし萎縮していたルシフェルア軍の兵達が、今度はその英雄を圧倒した味方のはずの【転生者】に恐れを抱いている。
ガルバルク帝国軍の兵達は、圧倒的な強さを誇るルドルフが無残に殺された事に怒りを感じる事を忘れ、恐怖に竦む。
「ルシフェリアの兵よ――!」
響き渡る、【転生者】の声。
「ガルバルクの英雄、ルドルフ……」
(ルドルフ・アイブリンガーです)
女神のフォローが入った。
「ルドルフ・アイブリンガーは、【ルシフェリア王国】の救世主にして勇者、【転生者】であるこの、久瀬灯摩が討ち取った!」
左手に持ったルドルフの頭部を掲げ、更に言葉を続ける。
「これより始まるのは一方的な虐殺である。帝国の兵士を一人たりとも生かして帰すな!」
「示せ、王国の威光を。そして与えよ、我らに仇名す者どもに正義の鉄槌を! お前たちは選ばれし神の兵である!!」
一瞬にしてルシフェリア軍の士気が上がる。
高揚した兵達は獣のような雄たけびをあげ、帝国軍の兵士へ襲い掛かった。
それは先程までの戦況とは違い、まさに一方的な虐殺であった。
過剰殺傷は勿論、逃げ惑う者を執拗に追いかけ止めを差す。
その姿は第三者から見れば神の兵とは程遠い、悪魔の所業と言えよう。
「お見事です。まさか貴方がここまで覚醒するとは」
女神が灯摩に歩み寄る。
「なに、女神様のお導きあっての事。感謝してますよ」
「テレサです」
「え?」
「テレサ・ミューズ。私の名です」
すっと、テレサと名乗った女神が右手を差し出す。
「もう
「全く、その名前も恥ずかしい限りで」
灯摩もそれに応え右手を出し握手を交わす。
「ようやく捕まえた」
《
《
灯摩の右腕から魔力で形成された光の帯がテレサの右腕に絡み始める。
右腕を固定されたテレサは逃げる事が出来ず、光の帯はテレサの全身に絡み始めた。
「灯摩!これは一体!?」
灯摩が手を離しても拘束は続き、頭頂部から爪先まで、その全てを帯が覆った。
テレサは身動きが一切出来ずその場に倒れこむ。
「あんた、かなり警戒心が強いな。その割に人を信頼したがってる」
「次からは誰も信じない方がいい。人を騙すつもりならな」
かつて女神だった女性は光に包まれた。
やがて光が晴れると、そこに倒れこんでいたのは女神を自称していた女性ではなく、10代後半程の少女であった。
髪色はブルーアッシュだろうか。
長過ぎない後ろ髪は少しウェーブがかっており、前髪は不揃いだ。
「一体何が……」
女神の姿の頃とは違い、年相応の声質だ。
彼女は自らの姿が変わって――
否、
【
【転生者】である久瀬灯摩の
発動条件は
能力発動後、対象の
――【
無機物、有機物問わず細かく設定されており、その内部データを僅かでも弄るとその存在は別のものになってしまう。
怪我や病気も
ちなみに【転生者】は
つまり灯摩の能力は【転生者】にとって、最も恐ろしい能力である。
復元ポイントを任意で設定可能な為、一部能力のみを解除する事も可能である。
「私の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます