第8話 英雄の力
前線基地は混乱していた。
【ガルバルク帝国】の魔法突撃兵団が突然で攻めてきたのだ。
加えて転送装置の不調で【城塞都市エヴァンス】への転送が出来なくなっており、街の方向からは爆煙が昇っている。
状況の把握も出来ず、隊長、副隊長を欠いた状態で部隊は浮足立っていた。
「あら、ひどいものですね。これから敵が攻めてくるというのに」
混乱している指令室から突如、女性の声が聞こえてきた。
「私は女神、この【ルシフェリア王国】を守護する存在。そして彼こそが私がこの国に呼び出した【転生者】です」
本来、突然現れた怪しい女性の言葉など、誰が信じよう。
しかし彼女の声は不思議と安心感と、ある種の威厳を感じさせた。
「敵部隊の狙いはこの前線基地ではなく、【城塞都市エヴァンス】です」
「何故そんな事が分かる?」
「女神だから、です」
根拠の無い不審者の言葉など、誰が信じよう。
だが彼らは信じてしまう。
何故なら、それが彼女の能力であるからだ。
精神操作系特殊能力【
相手の精神状態が不安定な時、自らの言葉の信憑性を極限まで高め、相手の心理状態を操る事が出来る。。
対象は個人・複数問わず使用可能。
精神力の強弱には左右されないが、特殊な精神状態の者、耐性能力のある者、類似能力保持者には効き難い。
範囲は、能力所持者の声が届く範囲内であれば、無限である。
「敵の指導者は私達が排除します。雑兵はお任せしますよ」
女性は彼らの僅かな心の隙を突き、不安を取り除き自らの価値を高める。
「貴方達には女神が、そしてこの国の救世主である【転生者】がついています。必ずや、勝利は【ルシフェリア王国】のものとなるでしょう」
この時点で、この場の半数以上が女神を自称する彼女の言葉を信じていた。
前線基地は女神の手に落ちた。
ミカルド達は予備の転送装置の設定作業を待っていた。
時間はかかるが、街から前線基地まで行くよりは早い。
それは皆が分かっている事だった。
しかしただ待つだけというのは、状況が状況なだけに非常にストレスを感じさせる。
「お話は分かりました」
アスレットが口を開く。
「誰のせいでもねぇよ。今一番怪しいのは女神を騙った小娘だろうが、たった一人で何も出来やしねぇよ」
ミカルドが苛つきながらも部下を慰める。
声が大きいのは、他の隊員への配慮もあるのだろう。
(とはいえ、未知数の相手だ。結界をすり抜けて個人で転移可能となると、相当魔術操作Lvが高いんだろうな…… めんどくせぇ)
Lvは世界共通の位置付けである。
Lv1から始まり、認定試験を経てLv5まで用意されている。
一芸に秀でていると判断されればLv2。
通常では辿り着けない境地がLv3。
国からも認められ、歴史に名を残す程でLv4。
Lv5になると
但し、あくまで指標に過ぎず、また認定されなければ上がらない為、埋もれた人材も多いだろう。
「あと十分程時間を下さい」
「五分だ」
「……善処します」
一方、【ガルバルク帝国】の魔法突撃兵団は着実に【城塞都市エヴァンス】に向けて進軍していた。
「ルドルフ様、間も無く敵国側の前線基地の索敵圏内です。如何致しますか?」
「当初の予定通り、一個小隊が囮となり敵を引き付け、残り二個小隊で迎え撃つ。
「畏まりました」
戦力は互いに一個中隊程度である。
互角の戦力でブラフをかますには派手さが必要だ。
「私が一個小隊を率いて前線基地を襲撃する。ユリアン、必ずや城塞都市を陥落せよ」
「お任せ下さい。必ずや落としてみせましょう。この命に変えても……!」
「うむ」
自らの息子が命を捨てる覚悟を口にする事は、軍人としては嬉しく、父としては悲しくもあり、複雑な胸の内を隠すかのように、ルドルフは言葉少なに会話を終わらせた。
「皆の者、準備は良いな?今よりは皆が魂を燃やし、自らの役割に殉じる時。我が祖国の為、皇帝陛下の為、民の為、そして、各々が大切に想う人々の為に」
「――突撃せよ!!!」
「ルドルフ様の隊に続くぞ!二個小隊、突撃!!」
ある程度の距離を保ち、他部隊も
それを見届けてから、残された部隊は
「我らが一分一秒でも早く任務を遂行する事が、ルドルフ隊長の為にもなる。絶対に成功させるぞ!」
慎重に、しかし俊敏に別ルートで【城塞都市エヴァンス】に向かうのだった。
「敵襲!!この魔力値は……英雄ルドルフです!この進軍速度は
前線基地指令部がざわついた。
今まで最前線に出ることが無かった敵軍の大将が一個小隊のみで襲撃してきたのである。
「一個小隊ならば数で勝る我々に勝機がある。ここで英雄狩りをし、一気に殲滅するぞ!直ぐに隊を編成、全戦力で迎え撃て!」
隊長不在の中、隊を任されている小隊長が指揮する。
女神はそれを静観していた。
「ルドルフ様。敵部隊展開中の模様です。この数は恐らく全部隊かと」
「うむ、大量に釣れたな」
「餌が大物ですからね」
二人は静かに笑い合う。
「しかし、あちらにはミカルドと思われる反応がありませんね」
「エヴァンスで何かあったのだろう。何にせよ好都合、隊はお前に任せる」
「ルドルフ様は?」
「一騎駆けよ。久し振りに全力を出す」
「それは恐ろしい、被害を受けぬよう距離を取らせます」
(ユリアンにミカルドを任せねばならんが……)
一瞬の不安が心を過るが直ぐに切り替える。
「先に行くぞ」
ルドルフは特殊な能力など持ち合わせていない。
国や軍からも戦術面が評価されており、一戦力としての実力は知る者は居なかった。
だが、直属の部下達は知っていた。
ルドルフ・アイブリンガーの単純な個の力を。
「来たぞ!
小隊長の指示のもと、魔術師が魔力を練る。
この世界の戦闘は主に魔法による空戦である。
互いに遠距離魔法でに牽制、殲滅、または空からの奇襲で戦闘が終了する事が殆どである。
よって自己強化よりも付与や回復などの補助魔法。
接近戦闘能力よりも、魔法操作力や精神攻撃、単純な魔力量が軍では重宝されていた。
「…
魔力を帯びた薄い岩石がルドルフを半球体状に覆う。
「氷の矢、効きません!」
「打ち続けろ!結界士は座標予測と固定、急げ!」
「
盾の役割をしていた半球体状の岩石から鋭く尖った岩が射出される。
体積は減る事なく盾としての機能も継続している。
「くっ、中距離戦に入るぞ!炎術、風術隊は前へ、水術隊は後方で
ルドルフがある程度距離を詰めると今度は炎が空からの降り、見えない刃が前から襲いかかってきた。
その全てを大地の盾で防ぎきり、更に進み続ける。
「来るぞ… 水術隊は最大圧力で放て!」
距離が離れると精度・威力共に落ちる為、主に近~中距離戦の奇襲用に使われる事が多い。
適切な距離で放つ水銃は岩をも砕く。
大地の盾は多数の水銃の前に砕け散ったが、その後ろに居る筈のルドルフの姿は無かった。
「……不確定未来予測演算、完了しました。座標固定します!」
「結界術、指定座標に発動。逆結界展開」
「全部隊、タイミングを外すなよ……
盾があった場所の遥か上空にルドルフは移動していた。
突如、ルドルフの目の前に視認出来ない壁なようなものが現れる。
その壁を蹴り方向転換しようとするが、既に彼の全方向に壁が存在しており、その壁がルドルフの全身を覆う。
身体は麻痺状態となり、言葉を発する事が出来ず、思考速度は低下する。
ルドルフは空中で身動きが取れない状態となってしまった。
(これは…… 【複合魔法】……!)
【複合魔法】とは、様々な効果の魔法を同時・連鎖的に発動させ本来一人では到底使用不可能な次元の魔法を使用する為の手段である。
と同時に、身体操作系・精神操作系の魔法を連鎖的に発動する。
その結果、結界内部にいる対象は時間が停止したかのような状態に陥る。
個々の魔法に耐性があったり魔力値に差があるとかかりにくいのが欠点だが、組織的に魔法を発動する事で人間種であれば、ほぼ全ての存在に通用する。
「対象の停止を確認!」
「ここで仕留めるぞ。全属性の魔法攻撃隊、目標と定め片っ端から撃て!!」
全部隊の意識がルドルフへ集中した時―
「第一小隊、放て!
「第二小隊、追撃をかけろ、
「第三小隊、敵を切り裂け!
突如としてルシフェリア軍の前方・左右の三方向から【ガルバルク魔法突撃兵団】の三小隊が現れた。
ルドルフが引き付けている間、
属性の違う突然の広範囲の魔法攻撃に大打撃を受ける。
「な……!どこからの魔法攻撃だ!何故感知していない!!」
結界が解かれ複合魔法の効果が切れる。
自由になったルドルフが右手に魔力を凝縮させた。
「征くぞ……
膨れ上がった魔力をルシフェリア軍にぶつける。
直撃を受けた部隊は全滅、膨大な魔力は大地に裂け目を作り、残った部隊を飲み込んだ。
倍以上の兵力を有していたルシフェリア軍の部隊は、六割近い被害を出していた。
「ルドルフ様、ご無事ですか」
「うむ。【複合魔法】は予想以上の効果だったが寧ろ注意を引けたお陰で戦果は上々だな」
「肝を冷やしましたよ…… 少しでも遅れていたら死んでましたよ、あれは」
残党狩りを突撃兵団の部隊に任せルドルフは一息ついた。
「さて、前線基地を占拠してこのまま
目標を前線基地に切り替えた時、ルドルフは二つの人影を捉えていた。
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