第7話 戦の始まり

 【ガルバルク帝国軍】の部隊は、【城塞都市エヴァンス】から約30km程の距離に陣を取っていた。

 【ガルバルク魔法突撃兵団】――

 かつての【ガルバルク帝国】にて最強と名高い部隊である。

 隊長のルドルフ・アイブリンガーは歴戦の兵であり、帝国軍内での発言力は未だ高い。

 小国ながらも他国から侵略を受けずにいられたのも、ルドルフの手腕の賜物である。


 しかし、【転生者】が誕生してからルドルフの名は影に潜めていった。

 他国に侵略戦争を仕掛け始める頃にはルドルフの部隊は一部隊の扱いに過ぎず、圧倒的殲滅力を誇る【魔法砲撃隊】の戦果に比べれば微々たるものであった。

 当然部下達は英雄ルドルフの扱いに不満を抱いていた。


「ご報告申し上げます!【城塞都市エヴァンス】にて、爆煙を確認!偵察部隊によれば内部より火の手が上がっているとの事です!」


「何かあったに違いない、至急出陣の準備を」


「それと本部より連絡です!【天使の双子】が部隊を率いて此方に出向かれると……」


 会議室内がざわつく。

 このタイミングでの援軍は軍としては有り難く、喜ばしいはずだ。

 だが、寧ろ彼らは疎ましくさえ感じていた。


 他部隊を使い敵を消耗させた後、双子が率いる砲撃隊で殲滅。

 これが今の【ガルバルク帝国】の必勝パターンである。

 砲撃の威力は並みの防壁では防ぎきれず、また装填の合間には双子が圧倒的魔力で襲いかかってくる。

 【転生者】のいない国に勝つ術は無く、蹂躙される一方であった。


 その背景に、砲撃隊以外の部隊から露骨な消耗品扱いについて不満が挙がっていた。

 だが国は結果を重視する。

 その戦法は今尚使われ続け、かつての英雄ルドルフでさえも同じ扱いを受けていた。


「ちっ、まーた美味しいとこ取りかよ…… 天使どころか悪魔だな」


 皆に聞こえるよう大声で皮肉を言い放ったのはルドルフの息子ユリアン・アイブリンガー。

 戦闘能力の高さと、持ち前の感性で部隊を指揮する事から次世代の英雄との声も高い。


「やめよ、ユリアン。皆も落ち着け」


 静かに、しかし言葉に圧を乗せ、ルドルフが口を開く。


「【転生者】あってこその我々である。【転生者】あってこその【ガルバルク帝国】である。その事に異論がある者のみ、口を開け」


 ルドルフは自身の扱いに不満はない。

 それどころか双子に使われる事を良しとしている。

 孫のような年齢の子供に使われるなどあってはならない、と部下は陰で言う。

 しかしルドルフは違った。

 帝国の安寧こそが願い、そして。


(早くディアマントちゃんとゾルネちゃんに会いたいのぉ……)


 かつての英雄は使われる事に喜びを感じていた。

 頼まれると嫌と言えず、また嬉しくも思う。

 孫のような存在である双子を溺愛してしまった、まさにお爺ちゃんなのである。


「【転生者】が来られる前に進軍すべし。奴らの前線基地を奪取すると見せかけそのまま【城塞都市エヴァンス】に攻撃をしかける」


「背後はどうすんだよ!?がら空きじゃねーか!」


「隊を二つに分け時間を稼ぐ。さぁ、戦を始めるぞ」



 ***



「こいつぁ……どうなってやがる……」


 ミカルドは滅茶苦茶に破壊された転送装置トランスポータルを目視していた。

 だが爆発の規模に対して被害がその装置のみであることに疑問を感じていた。

 周囲にも火移りは無く、ピンポイントで破壊された形跡は、人為的に引き起こされた事を示していた。


「隊長!まだ街に居たんですね!」


 アスレットが息切れをしながら現場に辿り着く。

 被害状況を確認しつつ、ミカルドと同じように推察する。


「破壊工作というよりは陽動に近いですね……」


「アスレット……【転生者】の小僧とナリクはどうした?」


「あ、名無しさんは駐屯所へ行くように伝えました…… ナリクさんとは遭遇していません」

「まさか……!名無しさんが目的では!?」


 ミカルドもそう思ったが、口には出さなかった。

 思考の誘導をされているような気がしたからだ。

 結界術が健在であればどのみち外部からの攻撃は通用しないはず。

 現状最も手薄なのは前線基地… だが、その基地を攻め落とすのにはどう頑張っても時間がかかりすぎる。

 装置は予備もある為、時間稼ぎにはなるが決定打には程遠い。

 戦争とは無縁の存在が起こしている気がしてならないと、彼は直感で思った。


「アスレットは此処で周辺の警戒だ。あと班を幾つか作って街の見回りを頼む」


「かしこまりました。隊長は?」


「ガキのお守りに行ってくるわ」



 少年は目の前の女性を注意深く観察していた。

 色はブルーアッシュ。少しウェーブがかったロングヘアーで歳は23、24歳程か。

 若干猫目で黙っていても感じる威圧感は、少年が知る女神とは異なる印象を受けた。


「貴女は何者ですか?」


「さぁ…… 何者でしょうか」


 悪戯っぽく微笑むと、彼女は目線を名無しネームレスに移した。


「女神様が……どうして……?」


 女性は呆然と立っている彼に近付き手を取る。


「貴方が心配でつい、この世界に降りたってしまいました」


 少し低く、しかし頭の中にすぅっと入るような通る声で、彼女が語りかける。


「私は制約があるので全てを語れません。ですがこの世界の状況では貴方が不利なので、多少の手助けをしても構わないと、許可を得たのです」

「だから何も心配はいりません。私が道を示しましょう」


 名無しネームレスは過度なストレス状態にあった。

 戦とは無縁の世界から異世界に転生させられ、そこに自らを転生させた存在が、手を差し伸べている。

 すがりたくもなる状況だろう。

 それを狙った幻覚や精神操作系の魔法という可能性もあった。


名無しネームレス様、冷静に考えて下さい。彼女は本当に貴方が知る女神ですか?確信がありますか?」


 ナリクの言葉が癇に障ったのか、彼女の威圧感が一層増す。

 しかしそれはナリクにのみ向けられたものであり、少年が感じている不安感、不信感も一方的なものであった。


「この声は間違いなく女神様だよ。姿は見たことないけど、前に見た人影に背格好は似てるかも……」


 少年は女神の声を知らない。

 レヴィンから得た情報のみである。


(ここは対立して二人を敵に回すよりも、一緒に行動する方が得策か……)


 我を失った者を正気に戻すには、元凶から離すのが手っ取り早い。

 そう判断しその機会を伺う為、少年は女性と向き合う。


「大変失礼致しました。なにぶん、私には女神様の情報が乏しいものですから、つい警戒してしまいました」


 あえて隙だらけにし、敵意も悟られないよう対応する。


「分かっていただけたならそれで結構ですよ」


 彼女の威圧感が薄れる。


「さぁ、名無しネームレス、街の外に行きましょうか。貴方の大切なものを蹂躙しようとする悪い人達が押し掛けてきますよ。」

「貴方は彼らを撃破して、やっと新たな人生を歩む事が出来るのです。そう、過去と決別し、真の意味で生まれ変われるのです」


 彼女が名無しネームレスの左頬に触れながら喋り続ける。


「貴方は自分で思っているよりもずっと上手に魔法を扱えるはずです」


 彼女が妖しく光輝く。


「魔法とはイメージです。貴方の中の魔法がそのままこの世界でも使えます」

「この意識が変わるだけでも、貴方の力になるはずです」


 光が収まり、彼女が問う。


「今の気分はいかがですか?」


 名無しネームレスが掌を空に向ける。

 魔力が収束し、炎、氷、雷に該当する魔法が僅かに発動する。

 それぞれの属性を帯びた魔力は球体となり、彼の周囲を飛び回っている。


「これが魔法か。凄いな……」


 魔法とはこの世界の誰もが扱える能力である。

 火を起こしたり多少の風を起こす程度ならば一般市民どころか子供にも可能だ。

 ただし、何かを同時に行う事は難しい。

 ましてや属性の異なる魔法を安定させて五つ同時に発動させる事は、王国に属する魔術師でも限られるはずだ。

 少年は【転生者】の真の力を垣間見た気がした。


「では、参りましょう。貴方が真の勇者になる時です」


 刹那、彼女と名無しネームレスの姿が消える。

 転移魔法だろうか。少年が思案していると、見覚えのある姿が近付いてきた。


「ナリク!【転生者】は何処行った!」


 ミカルドが息を切らしながらナリクに迫る。


「先程まで一緒に居ましたけど、連れていかれました」


「連れていかれました、だぁ?どういう事だ!」


 凄まじい剣幕で怒鳴りつけるミカルドをよそに、ナリクは思案し続けていた。


「聞いてんのか!?」


「場所は分かりますよ。前線基地まで転移したようです」


「ナリク…… 分かってること全部話せ」


「ミカルド、今すぐ部隊を集めて街を出て前線基地を目指しましょう。恐らく【ガルバルク帝国】が攻めてきます」

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