第6話 襲撃

「こんなのどうです?」


 時計屋に案内されたのが約三十分程前。

 名無しはてっきり自分のを選んでくれるのかと思っていたが、アスレットは店に入るや否や、女性物を扱っているコーナーに行き、それっきりである。


「これも可愛いー。どう思いますか?」

「あ、うん、それも似合うね」


 買うつもりがあるのか判断出来ない以上、彼は話を合わせるしかなかった。

 そして、女性を放置して自分の都合を優先出来るほど、彼の神経は図太くなかった。


「あー、もうこんな時間ですね。お腹空きません? ご飯食べに行きましょ!」


(ナリクに借りた時計はまだ返せないな…)


 心の声を押し殺し店を出た。

 また明日にでも見に来ればいいかと、その時彼は思っていた。



 ***



「無理言って悪かったなぁ、ナリク」


 金髪の中年男性ミカルドと、黒髪の少年ナリクが指令部とも言うべき場所で人知れず会話をしていた。


「いえ、むしろ助かるとレヴィン様が仰ってました」

「しかし本当ですか?他国の【転生者】が近々此処に攻め入って来るというのは」


「さぁな、俺の感だ」


「ならそうなのでしょうね……」


「んだよ、俺がいるならどうにでもなるだろ」


 暗い雰囲気を吹き飛ばそうとしているのか、ミカルドは少しおちゃらけて言う。


「大体【悪魔の双子】なんて大層な名前なんてついてるが、ガキ二人だろ? 余裕どころか可哀想じゃねーか」

「こんなおっさんにボコボコにされるんだぜ?」


 笑いながら言うも、心の底からの言葉では無いこともナリクは読み取っていた。


「それは可哀想ですね。トラウマにならないといいのですが」


「んで、あの勇者様はどうすりゃいいんだ?」


「双子のどちらかにぶつけます。片方は貴方がなんとかしてください」


「大丈夫かよ…… 逃げ出すんじゃねーか?ありゃ戦士の顔じゃねーからな」


「えぇ、しかし心配は入りません。戦士ではなくても偽善者です。きっと自ら進んでその役目を受けますよ」



 ***



「ふー、お腹いっぱいですねー」


「ありがとう、ご馳走様でした」


 恥ずかしながらこの男、無一文である。

 当然、奢られなければ食事も満足に取れないのだ。


「いいんですよ、これも上司の役目です!」


 いつの間にか部下にされていた。


「上官殿、何処までもお供します!」

「宜しい、ならば前進だー!」


 互いにふざけあい、主に彼女の買い物に付き合った。


(なんか平和だな……)


 女性と二人きりで出掛けるのも何年ぶりだろう。

 この世界の前は仕事が忙しいのと出不精なのもあり、外出すらまともにしなかった。

 買い物はネットで完結し、食事をする為に徒歩5分圏内の店に足を運ぶ。

 だらだらと街を歩くことすら久しぶりの出来事だった。


「アスレットは休日いつもこんな感じなの?」

「んー、あまり外出ないんですよね。仕事でこっち来ても前線基地に居ることが多いんで、こんなにゆっくりできたの久しぶりなんです」

「勇者様に感謝ですね!」


 恋に落ちる音がした。


 そう、この男、女性に免疫が無く警戒心が強い癖にすぐ惚れてしまう…つまり、チョロいのである。

 何度も泣きをみていてその度に「俺、もう人を好きになれない」などとほざく癖に、一週間も経てば別の人に好意を寄せている。

 本音と建前を読み取れない、ある意味で純粋な心の持ち主とも言えよう。

 だがそれ故、まともに女性と付き合った事がなく、素を出そうものなら女性に引かれてしまう残念な男なのだ。


「またアスレットと、その、こんな感じで、出掛けたいなぁ、なんて」


 気持ち悪いのである。

 出会って二日でまともな会話をしたこともなく、更に国賓レベルの扱いをしなければならない【転生者】の立場を理解せずにデートに誘う。

 これは最早セクハラである。

 更に誘うなら最もらしい理由はいくらでもあるはずなのに、誘い文句のチョイスも誘い方も童貞級である。

 しかし彼はそれではない。ないが、学生の頃に勢いで一度だけ、しかもそれっきりなのである。

 つまり、それと同義といっても過言ではない。


「え? あ、そうですね… 時間があれば、また」


 この言葉を好意的に受け止めてしまう程、彼は拗らせていた。

 態度にはなるべく出さず、しかしニヤニヤが止まらない状態であった彼は、例え容姿が多少レベルアップしていたとしても女性から見たら少し引いてしまう程度のにやけ顔をこの男はしていた。


「そろそろ前線基地に行きましょうか。訓練もしなきゃいけないですし」


 一瞬で現実に引き戻される名無しネームレス

 残念な気持ちも表に出るほど、上げて落とされたという思いが強かった。


「こっちに転送装置があるので、それで……」



 不意に、爆発音が響き渡り彼女の言葉を遮る。

 彼女が指を指した方向には爆煙か立ち上ぼっていた。


「―――!!」


 アスレットが何か叫んでいるが聞き取れない。

 爆音は止む事なく続き、煙の中には炎も見える。

 微動だに出来ずその様子を眺める。

 いつかテレビで観た、海外のとある国で起きた内紛の映像を思い出しそれと重ねていた。


 バチン、と音がなった気がした。左頬に痛みを感じる。

 アスレットはそれでも呆けている彼の手を取り、走り出していた。

 この状況でも、否、この状況だからこそ、彼の意識は現実の外にいた。



***



「何があった!」


 ミカルドは大声で状況を求める。


転送装置トランスポータルが破壊されたようです! しかし敵と思われる者の姿は感知出来ず……」


 慌てながらも適切な情報を伝えに来た部下を労い外に出る。


「すまん、ナリク。アスレットとあの小僧のとこに行ってくれ」


「ミカルド、貴方は……」


「素敵な贈り物を貰ったんだ。お返ししなきゃいけねーだろうが!」


 彼は笑みを浮かべている。

 しかし先程まで浮かべていた笑みとは異なり、背筋が寒くなる程の殺気を含んでいた。


「お気をつけて…… すぐ応援に向かいます」


「いらねーよ! テメーの身を案じやがれ!」

「おら!手の空いてる奴らは俺に続けよ! 魔力強化ブースト全開で行くぞ!!」

「「「ハッ!!!」」」


 十数人程度の部下と共に爆撃地点に向かう。


「のんびりしていたのが幸いしましたね……」


 前線基地へ向かっていたら戻る手段も無く敵と戦うしかない。

 混乱状態にある城塞都市を放置したままである。


(しかし結界術が常時張られている状態での襲撃となると、内部からの破壊活動か…… どうやって警備の目を掻い潜ってきた?)


 確証の無い考察に時間をかけるつもりは無かったが、相手の手際が良すぎてつい深く考え込んでしまう。


「さて、名無し様の元へ向かいますか」


 少年が手渡した時計には追跡魔術トレースが付与されていおり、それを元に名無しの反応を探る。


(こっちか……)



***



「このまま真っ直ぐ行くと駐屯所があります。私の部隊員と結界士が数名いるはずなので名無しさんはそちらへ」

「私は爆発現場に向かいます」


 俺も、と声を発しようとしたが躊躇してしまう。

 俺が行って何が出来るんだろうか。もし敵国の兵士や工作員が居たとしたら戦闘になる。戦えるのか?万が一【転生者】が居たら?

 様々な可能性を考えて暗い顔になる。


「大丈夫、私達が絶対守ります。すぐ終わりますから、ディナーもご一緒しましょう」


 そう言って彼女は、本来自国を救う筈の存在を残して颯爽と駆け出して行った。

 勇者と呼ばれ、召喚された彼は、自分の不甲斐なさに思考も停止させ、ただ其処に突っ立っていた。


「何をしているんですか」


 聞き覚えのある声が聞こえる。


「貴方は勇者でしょう?【転生者】でしょう?……男でしょう」


 その声は、一度は夢の中で。


「ちょっと好きになった女の子に任せて何もしないつもりですか?たかが爆発程度で」


 二度目は城の一室で白い人影として。


「私は貴方が命すら簡単に投げ捨てられる程、人生に絶望していたから候補に選んだのです。今更、命が惜しいのですか?」


 しかしこの声の主は目の前に居る。

 居る筈が無いのに、その人がそうである筈がないのに。


「貴方は何のためにこの世界に来たのです。人生を楽しみたいからでしょう?人の顔色を伺って、やりたくもないことをやり、評価もされず、空気のように生きるのが嫌だからでしょう?」

「また同じ人生を歩むつもりですか?」


「女神さ……ま……?」


「はい、貴方の女神です」



***



 少年は宙を蹴り、空を飛ぶように駆けていた。

 この事態は予想もしていなかったし、何より現場に不審者は"誰も"いなかった。

 つまり、イレギュラーな出来事であった。


(仮に間者が入り込んでいたとしても、私やレヴィン様が見落とす筈がない)


【ルシフェリア王国】は、徹底した監視大国である。

 自国民、入国者のDNAを摂取したのち、魔力監査局で番号登録、管理している。防衛システムにデータを入力し、国内では登録者が何処にいるのかが魔力探査可能。

 加えて各都市に入る際、また関所などで登録済みかどうか確認され、未登録の場合であるなら軽い罰則後に登録が必要である。

 登録者以外が王国領土内でまともに暮らす事は出来ず、例え暮らせたとしてもそれは文明的とは言えない。

 現在は生体反応と魔力探査の結果を擦り合わせ、未登録者を探しだし対処を行っている程の徹底振りである。


 当初は猛烈な批判が挙がっていたが、レヴィンは登録者に対して医療費の大幅な引き下げや雇用・福祉の強化、義務教育費用の基本無料化など、大量の"飴"を投下した。

 三年後には八割の国民が自発的に登録、七年後には登録自体が当たり前となっていた。

 主に反対していた権力者が他国に情報を流していたり、国際的な犯罪を犯していたりと、不正者が殆どであり、またそれが世間に明るみになったというのも大きかった。


 レヴィンはその膨大なデータを処理するための魔力演算装置を造り、管理するためのシステムを構築した。一部の人間、ホムンクルスには限定的ではあるが、システムへのアクセス権が与えられている。


 ナリクはその権限をもっていた。

 この街に限るなら登録者の場所は全て把握出来る。それ故、今回の出来事には不可解な点が多かった。

 爆発地点には人の反応はあったが、それは兵士や一般市民のみ。当然登録者の反応ではあるが、ナリクは生体反応の感知も可能な権限を与えられているホムンクルスである。

 そのナリクが、不審者はいなかったと判断したのだ。


(始めに疑うなら事故だが、あの爆発量だ。その線は薄い)

(次に人為的な破壊行為…… 可能な存在は限られる。名無し様は位置を把握出来ているし、それを行うメリットがない。他国の【転生者】ならば、何かしらの能力を使用すれば可能だが……)


 ナリクが名無しネームレスの元に辿り着く。


「或いは、あらゆるシステムの枠外にいる存在……」


「あら? レヴィンの魔力生命体ホムンクルスではないですか」

「そんなに怖い顔をして、どうしたのです?」


 ナリクは考えてはいけないことを、その時考えていた。

 

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